Information

■■■■Theatre Polyphonic 第2回公演

石丸さち子の企画演出ユニットTheatre Polyphonicでは、
結婚式場アンフェリシオンの披露宴会場REGALOを劇場に選び、
7月10日〜12日、チェーホフの名作「三人姉妹」を上演します。

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──── 結婚式場で演じられる「三人姉妹」────

出演:杵鞭麻衣 朱永菁 竹中友紀子 渡辺樹里
   難波真奈美 飛鳥井みや 塩見陽子 中谷弥生

   青山達三 堀文明 河内大和 杉浦大介 小栗剛(キコ qui-co.)
   塚越健一(DULL-COLORED POP)藤尾姦太郎(犬と串)
   齋藤穂高 吉木遼 宮里豊(Guitar演奏) 他

作:A・チェーホフ  訳:神西清  演出:石丸さち子

美術:伊藤保恵     照明:山口明子
衣裳:中埜愛子     演出助手 : モスクワカヌ
協力 : アンフェリシオン 企画制作:石丸さち子

7月10日(火) 19:00
11日(水) 13:30 19:00
12日(木) 13:30 19:00

4000円(1drinkを含む) 

 会場:結婚式場アンフェリシオン 6階 REGALO
   東京都江東区亀戸1-43-22  地図

チケットのお申し込みはこちらから!(5/20(日) 券売開始予定)





■■■■アンサンブル室町『塔にみる夢、未来に捧げる祈り』
かけがえのない、わたしの仕事のひとつの軌跡になるような、素晴らしい時間を過ごしました。 無事、終演。 芸術監督:ローラン・テシュネ 
作曲:山下恵・酒井健治
演出:石丸さち子
振付:山本裕
出演:河内大和 野口卓磨 長尾純子 秋草瑠衣子
   池川恭平 高橋純一 船木こころ 山本裕
指揮:鷹羽弘晃
演奏:アンサンブル室町
芸術監督: ローラン・テシュネ

平成24年3月11日(日)
15:00開演(14:30会場)



◆◆◆◆俳優私塾POLYPHONICは、演出家石丸さち子が主宰する、年齢経験一切不問の俳優塾です。
12月に私塾公演を終えて、1月は新しいレッスンが始まります。
次のような方、是非、稽古場をのぞいてみてください。
そして興味を持ったら稽古に参加して、一緒に面白い稽古場、面白いワークショップを作っていきませんか?
・声を育てたい方(発声に特化した稽古時間が多いです。)
・戯曲をもっと読みたい方(稽古場で声を出し、体で読み解いていくのが楽しい。)
・次の仕事、次の舞台まで、演劇する体と心を保ちたい方。
・演技の基礎に立ち戻りたい方。
・心と体を解放したい方。
・正しい日本語を身につけたい方。
現在は、週4回稽古をしていますが、参加人数によっては、回数と企画を増やしていくつもりです。
詳しい稽古、レッスン料の実際は、HPをご覧ください。
そして、気軽に稽古場を見学に来てください。
いつでも、声を出しに、体を動かしに、心を揺らしに行ける稽古場を開けておく、というのが、目標です。お待ちしております。
詳しい情報、お問い合わせ、申込はこちらから!

◇◇◇◇ご来場ありがとうございました!
Yasuhiro Ito Solo Live
Sololive1 Sololive2
Sololive3 Sololive4
12 / 16 (Fri.)14:00/ 18:00 / 20:00
(open13:45/17:30 / 19:45)

伊藤靖浩(Vo.) 伊賀拓郎(Pf.)
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東京都墨田区千歳1-3-4 1F TEL:03-6659-3939
JR両国駅 徒歩8分 都営大江戸線/都営新宿線森下駅 徒歩10分
Music Charge ¥2500 + 1Drink ¥500



◇◇◇◇俳優私塾POLYPHONIC 第3回 公演「赤鬼」好評のうちに終了。
Web


◆◆◆◆IN-Project Vol.2「Breath & Beat 鼓動と呼吸の120分」
無事、終演しました。ご来場ありがとうございました!
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【企画・主催】IN—Project(Ishimaru Sachiko & Nishitani kunito)
【構成・演出】石丸さち子
【出演】 西谷国登・石丸さち子
     ゑ川史子酒井亜矢
     伊藤靖浩

     柳本雅寛 (プロフィール
     広崎うらん
     若菜大輔 (プロフィール
     高木拓哉・吉木遼・塩見陽子


◆◆◆◆秩父市民ミュージカルドラマティックコンサートVol.3
    「秩父より愛をこめて〜世界を愛する歌の花束」
ご来場の皆さまに、愛される公演となりました。ありがとうございました!


◆◆◆◆谷賢一さん主宰DULL-COLORED POPの第10回公演、
    「Caesiumberry Jam」に、俳優として出演しました。
Up0012Up0015 ■出演
東谷英人・大原研二・塚越健一・中村梨那・堀奈津美・若林えり
(以上、DULL-COLORED POP)
石丸さち子(Theatre Polyphonic)・井上裕朗(箱庭円舞曲)
加藤素子・佐賀モトキ・芝原弘(黒色綺譚カナリア派)
田中のり子・細谷貴宏・百花亜希・守美樹(世田谷シルク)・吉永輪太郎


◆◆◆◆「ペール・ギュント」終演しました! 

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◆◆◆◆ありがとうございます!!
IN-Project Vo.1
「命と祈りの120分」
音楽で語り/演劇で奏でる、命の輝き/喜び、そして祈り

お客様から頂戴しましたチケット代の中から、
劇場を通じて、30万円を義捐金として寄付して参りました。
皆様のご好意が、被災地に届きます。
ありがとうございました。感謝いたします。



BBS7.COM
MENURNDNEXT

2012年5月20日 (日)

人は何で出来ているか。

人は、何で出来ているか。

今日のわたしの答えは、再構成された記憶と、無駄。

とある食事について、かつてわたしは書いた。
ズッキーニのフリットを、恋人と一緒に作って、恋人と一緒に食べた夜のことを書いた。
もう10年近く前のこと。
美味しい関係と美味しい食事だけでも、記憶に残るものなのに、わたしは書いてしまった。
だから、時を経ても、それは、より記憶に残る。
現実だの経験だのって奴が、書くという時間で再構成されて、自分の都合で色濃くなっているわけだ。
でも、その産物は、人の記憶にも何かしら爪痕を残す。
だって、書いたのは、ネットで誰でも読めるブログって媒体だったからね。
ある友人が、思いがけずそのズッキーニのことをfacebookで書いてくれて、わたしは「記憶」で自分が出来ているのを認識する。
しかも再構成された記憶。
……記憶の集合体であるわたし。

とある昔の仲間の、幼い頃の写真。
もう、現在の日本にない場所で、何かを見据えて立っている。
その見据えている何かは、時間なのか、場所なのか、わからない。
でも、切り取られた写真という記憶は、写真として残ってしまった以上、記憶として彼の構成物のひとつとなる。
その、幼い彼を構成していたElementsたちは、彼の心身に残る。恐らく墓場まで。

ああ。
街を歩けば、記憶ばかり。
あらゆる風景に記憶がしみこんでいる。

これは、実際の経験だけじゃあない。あらゆる芸術的体験の記憶からも。
そう、例えば海を越えた地に立つ時。
わたし、翻訳文学に埋没して、小さい頃からどんなにか旅行してきたから。
ベルリン、モスクワ、ロンドン、ニューヨーク、ロス、ペテルブルグ、そこら辺は、わたしの妄想の中で都市像がはっきり出来ていて、実際その地に立つと、「あ、変わっちゃったのね?」「変わらないなあ」という感慨になる。
文学に接することも、経験。もう、わたしはその地に飛んでいるのだ。
記憶から解き放たれた時、また、新しく出会うことになる。


今日。
わたしの人生にとっちゃあ、何てことない、事務的な、無駄な時間を過ごしながら、
今目の前にある、再構成された記憶にきっとなるであろう現在を生き、
今、この手で触れられるものに、手を伸ばし、甘えて、
甘えるということは、時として逆に距離感を感じることであったりして、
息苦しくなった。

この無駄な時間に、わたしの10年後が秘められている。恐らく。
泣きそうになりながら、涙を止めるちょっとした美学に酔いながら、
しっかりと、一人であることを、噛みしめる。
酒の肴って、いつも極端にふたつ。
愛されている喜び
か、
一人きりだという諦観か。
酒の肴は、いつも、甘いものと辛いものが、交互に欲しくなる。
きっと、そんなものなのだ。

2012年5月16日 (水)

長い一日の終わりに。

朝から、いろんなことがあった1日だった。

ずっと、お互いにわだかまりを抱え続けていた仲間と、向き合って話す時間。
そんなに長い時間じゃあなかったけれど、ちゃんと話すということが、長い時間をかけて縺れたものを、ゆるゆるとほどいてくれる時間。
こういう時間を過ごすと、わたしは自分をわかっていないなと、つくづく思う。
人に映ったわたしを目の当たりにして、ようやく自分が見えてくる。
そして、愛し合うには、どんなにか傷つけあう時間を過ごさなきゃいけないってこと。
愛し合えば愛し合うほど、傷つけ合って。
でも、基本、お互いを尊重する気持ちがあれば、歩み寄れる。
また、思いあって、愛し合える。
そこには努力も必要。
そこには赦しも必要。
でも、それは愛しあってれば可能で、かつ、手を取り合って、先に進めるような気がしている。
そんなことを感じる時間を過ごした。

私塾の稽古では、それぞれの抱える問題を、しっかり洗い出して、打破するきっかけと糸口を探し。
それぞれの現在を、がっかりするほど認識して。

個人レッスンでは、社会人ながら舞台に立つことになり、一から教わろうとする人と出会う。
わたしとひとつ違いの、きっちり前を向いて、教わろうとする姿勢のしっかりした人だった。
教える者の能力は、教えられる側の姿勢が引きだしてくれるものだ。
わずかな時間の積み重ねでも、責任をもって、伝えようと心する。

21時に稽古を終えて、「三人姉妹」の演出助手モスクワカヌさんが、家まで事務仕事を手伝いにきてくれる。徹夜態勢で。
出来上がった台本の印刷、発送の準備。
券売の準備。
稽古スケジュールの作成。
メーリングリストの作成。
色んなことを二人で手分けして。
いつも2時には寝るという彼女が、4時半までも一緒に作業してくれた。
ここのところ、一人深夜の事務作業に没していたので、なんと心強かったことか。
ありがたい。
わたしは夜に強いので、こうして、台本の印刷待ち。
ワカヌさんはわたしのベッドの中。
6時くらいに、交代しよう。

長い一日。
わたしは、長いつきあいの人や、
今日知り合ったばかりの人や、
これから長いつきあいになりそうな人や、
いろんな人に囲まれて、幸せだった。


2012年5月11日 (金)

不眠の夜の、ささやかに幸福な独白。

昨夜は、今朝が締切だった仮チラシを作ったり、Webサイトの作成などしていたら、もう5時半。
眠りまでと思って、ベッドでチェーホフの手紙を広げたら、また興奮してしまって、最近書き始めた「チェーホフ日記」を書いてみたり。
すると、夜送ったたくさんのメールに、早朝返信が届き始め、それにまた返信をして、調整をして……。
気がついたら、9時だった。
11時に起きて稽古へ。
不眠などものともせず、稽古は楽しい。
そして、明日は7時起きでフライヤー用の写真撮影へ!さあ、早く寝るのだ!と、1時半に早々とベッドに入ったのに、またチェーホフを開いたのがいけなかったか?

こうして起き出して、興奮を覚ますために書いている。

忙しいことがいいことだとは、ちっとも思っていない。
日々を、もっとゆったり過ごせたらな、と思う。
でも、叶わないことがある。
この一度っきりの人生は何のため?
と、問いながら、わたしはあくせく動き続ける。
喪うもの、多数。
でも、せめてもの救いは、わたしは生活に倦むことは、ほぼないということ。
若い時は、他者との交わりを避けることが多かったわたしが、
こうして歳をとり、人と交わることが仕事になっている。
人と交わり、関わっている限り、倦む時はない。

こんな夜は、いつも同じ言葉を思い出す。
清水邦夫さんの「血の婚礼」の台詞。

とにかくわれわれは動き出してしまったのだ。
ささやかながらも。
これを旅と呼んでいいのかもしれない。
え? 旅と呼んだっていいじゃないか?
だとしたら、ヘルマン・ヘッセ風に言って、
旅する術というものを学ぶべきだ。
目的だけをひたすらに追い求めるような視線には、
さすらいの素晴らしい風景や事件は、飛び込んでこない。
そんな視線の前には、森も、川も、ずっと閉ざされたままだ。
旅する者だけが持つ無心の輝きが、
憧れの星の前で色褪せないように、
足取りも軽く、時にはスキップもして、
世界のあらゆる輪舞の中へ入ってゆき、
踊り、ざわめき、歌いながらも、
愛する遠方にはきっちりと目を向けている。
それが旅する術だ。

世界のあらゆる輪舞に入ってゆくこと。
わたしが、若い時にはなかなか為せなかったことだ。
人と交わる前に、わたしは、厄介な自分と向き合うという大問題を抱えていた。
そして。
こうして普通なら体力の衰える時期になって、
わたしは、この人生で一番踊り、一番ざわめき、一番歌っている。
もちろん、愛する遠方にはきっちり目を向けて。
演劇がある限り、わたしの周りに人が集まってきて暮れる限り。
この眼差しの向くところは、きっと狂わない。

こうして独白していると、
なんて恵まれた人生だろうって、穏やかな気持ちになってきた。

眠れるかもしれないな。

2012年5月 7日 (月)

よき種銭であれ。

若き俳優田島優成さんが企画出演する、中津留章仁さん作の「黄色い叫び」。
今年3月11日に、「エッフェル塔の花嫁花婿」で共に闘った一人、河内大和さんが出演するというので、五月快晴の空の下、自転車を飛ばして観劇に出かけた。

彼の芝居は、蜷川さんの舞台で見ただけだった。
また、若いナイーブな俳優が出てきたな、と、そう思ったけれど、
わたしからは遠かった。
でも今日、下北沢の小劇場で、彼が昨年3月11日以来、長く深い心の旅をしてきたことが、痛々しいほどにわかる舞台を見て、わたしは客席で、何度も彼と共振してしまった。
このどうしようもない世界に、まだ青い自分ができること。
考えたこと。
どうしようもないこと。
行動したこと。
絶望したこと。
希望をもらったこと。あげたこと。
あの立場、この立場で、想像したこと。
忘れてはいけないんだと、声をあげてみること。
声をあげずにはいられない自分を、いろんな鏡に映してみること。

今日、心を震わせ、体を震わせ、声を震わせ、黄色い叫びをあげていた彼を見て、わたしは、先日サザンシアターで観た、こまつ座「闇に咲く花」を思い出していた。

どちらも同じ。
忘れちゃいけないことがあるっていうこと。
忘れたら繰り返す、だから、忘れちゃいけない。

そして、彼と、彼と共に舞台に関わる人たちみんなが、種銭に見えてきた。
「闇に咲く花」にね、出てくるの。種銭。
お財布にいれておいて、それが種になって増えていくっていう、あの、種銭。

叫びが虚空に消えても、
不完全燃焼のまま消え去っても、
彼は、彼らは、大事な種銭。

そして、わたしも、いい歳をして、どうもまだまだ青臭い味で生きてるので、
種銭でありたいと、思うのだ。

=====

さて、今日は7月公演の情報公開をすませた。
ようやく、ここまできた。
そして、ここからが本当の始まり。

そうだ、そうだ。

種銭のような台詞、「三人姉妹」でもヴェルシーニンが語りますよ。

「だからと言って、あなたがたは空しく消え去るのではない。なんの影響も残さずに終わるわけではない。あなたがたのあとに、あなたがたのような人が、今度は六人でてくるかも知れません。それから十二人、それからまた──というふうに殖えていって、ついにはあなたがたのような人が、大多数を占めることになるでしょう。二百年、三百年後の地上の生活は、想像も及ばぬほどすばらしい、驚くべきものになるでしょう。人間にはそういう生活が必要なので、よしんば今のところそれがないにしても、人間はそれを予感し、待ち望み、夢み、その準備をしなければなりません。」

まあ、ヴェルシーニンの幸福論は、己の現在の不幸を肯定するところから来ているので、ちょっと屈折していますが、ここだけ読むと、「種銭」ですね。でも、増え方は、そんなに単純じゃない。

チェーホフは、日露戦争開戦の前日に息をひきとった。
あれから、日本は、三つの大きな戦争を越え、幾つかの天災人災を越えてきた。
100年が過ぎて、さて、世界は?

ああ、それでも、やはり、よき種銭であれ。

=====

下北沢からの帰り道、あんなに快晴だった空はどんよりと攻撃的な灰色で、あっという間に突風、撲りつけてくるような雨。

種を蒔いてからも、大変だ。育てるって過程に、世界はなかなか意地悪だもの。

……おやすみなさい。明日のために。

2012年5月 1日 (火)

とっても大事なこと。忘れないために。

毎日が忙しくって忙しくって。
時間がまったく足りない中で過ごしていると、生活にゆとりがなくなり、いっぺんにたくさんの人を愛せなくなる。無償には愛せなくなる。
でも、今、目の前にいる人たちだけは、わたしの出来る限りで、自分がちょっとくらいすり減ったとしても、大事にしようと頑張っている。
交歓っていう言葉が好きだ。
そうでなきゃって思う。
私塾の俳優たちや、新しく第二次が始動したばかりの秩父市民ミュージカルや、これから一緒に仕事をする人たち……。
なんとか、なんとか、わたしと過ごす時間が、よきものになりますように、と。

というような日々を過ごしていたら、
一番ないがしろにしていたのが、大事な父母。

今日は、とっても大事なことを忘れないために、眠りを削って書き留める。
明日を思えばもう寝るべきなのだけれど、自分のこの先の人生を思えば、明日一日くらいなんてことない。

先週末、入院している母に会いに、実家の姫路に帰省した。
正月以来帰っていない、電話もなかなかかけない、正真正銘親不孝な娘が帰省した。
母は、大動脈の手術をしてから、ずっと静養の暮らしを続けていたのだけれど、このところ腎臓を悪くして入院している。そして、気管とと食道を分けてくれる喉頭蓋がうまく働かず、自分で嚥下できないので、一切口から食事や飲み物が取れなくなっていた。
口から、自分で、栄養をとれないことが、人をいちばん弱くする。
わたしが見舞った時は、小さな小さな氷を口に含むのが精一杯だった。
せめて、栄養ゼリーでも口から入れられたら、と、父と何度も話した。

かつて、母が手術から復帰した時に、わたしの差し出すスプーンから、桃味の栄養ゼリーを食べてくれた時は、本当にうれしかったっけ。
口から食べてくれるだけで、「ああ、明日は来る!」って思えたっけ。

そして。
疎遠にしていた弟から、わたしよりずっと親孝行な弟から、
「ママ、ようなったみたいやで」という電話。
父に、電話して聞いてみる。
母を助けたのは「歌」だった。

母が、自分を迎えにくる霊柩車の夢や死をにおわせる話ばかりして、父がかなり滅入っていた、その翌日。
病院にボランティアの音楽隊がきたそうだ。
父に言わせれば、あまりうまくない電子ピアノと、あまりうまくない歌と……
なのだけれど、童謡が聞こえ出すと、ママは、急に生き生きして、大声で歌いだしたらしい。
ちょっとトークみたいになった時間も、「はいはい!」と手をあげて、おおはしゃぎだったらしい。
……ママは、童謡が好きなのだ。
……思い出した。ママは、歌がうまくはないけれど、歌が大好きなのだ。
ママは、童謡をたくさん一緒に歌って、急に元気になった。
音楽隊が帰った後もずっと、「楽しかったあ、楽しかったあ」とご機嫌だったらしい。

そして、ゼリーを一個、吐かずに食べてくれたらしい。

このことを忘れずにいよう。

わたしの仕事。
わたしの仕事。
プロだから、お金を頂くから、これが生きがいだから、
わたしは作品を創る時は、作品の質にとことんこだわる。
でもね、
演劇の力、
音楽の力、
すごく本質的な力に支えられてるって、
そのことを忘れないように。
自分の力だけじゃないんだってことを、忘れないように。

ママを元気にしてくれた、「歌」にありがとう。
ボランティアの音楽隊の方々に、ありがとう。

そのことを忘れないで、また明日、稽古場に行こう。


2012年4月17日 (火)

もうすぐ正式発表しますが……。

もうすぐ正式発表しますが、7月上旬に、チェーホフ作品を演出します。
ああ、今すぐにも「やりまーす!」って宣言したいのだが、まだ細かい調整やら何やら、越えるべきものを越えてから。
でも、でも、こんなに、「やりまーす!」って世界中に叫びたいくらい興奮してしまうのは、アントン・パブロヴィッチ・チェーホフこそ、わたしが世界で最も愛する作家だからなのです。

仕事机に、チェーホフの写真を飾ってから、もう10年以上が過ぎました。
学生時代に、難解なロシア語を第2外国語に選んでしまったのも、彼を愛すればこそ。
授業で、「中二階のある家」を初めて原語で読んだ時は、興奮したなあ。
彼の戯曲はもちろん、愛する短編小説は全集で精読。
11巻までで五百篇余りの作品があるのですが、
すべてあらすじをまとめ、印象的なフレーズを抜き書きし、お話のタイプをカテゴリーに分けて、FileMakerで、データベース化しています。それはそれは、時間のかかる作業でしたが、その個人的な仕事にかかっている間、どれだけ幸せだったか!!
なんというか、熱狂的なファンですね。
だからこそ、だからこそ、なかなか演出にこぎ出せなかった。
愛しすぎていて、二の足を踏んでいた。
それが、とっても、とっても変わった形で、
自分の劇団、Theatre Polyphonicの公演として、上演することが決定した訳です。

興奮しちゃって……わたしったら、もう。

夏の暑い盛りに、チェーホフ。

そして、チェーホフ作品は、Theatre Polyphonicで、その後も企画が続きます。

年末は、ミュージカル2本を手がけますが、来年初頭、長年温めた作品を世に出そうかと……。

このところ、身の回りで起こるあれやこれやの対応に追われ、息も切れ切れで暮らしてきたけれど、こうして企画が立ち上がってくると、体調がちょっと悪かろうが、人生問題山積みだろうが、どうでもよくなる。
ただただ、自分の観たい舞台を妄想して、幸せになる。
さ、企画を詰めて、早く発表しよう!!!

2012年4月16日 (月)

心の蓋と、孤独とのつきあい方。

3月11日の公演が幸福に終わってから、幸福とは言いがたい時間が続いていた。

今日は非常に個人的な文章を書こうとしている。

心に何らかの蓋がされていて、その正体をつきとめるような時間を送っていた。
完全な精神の不調というわけではなく、稽古場に行くと発見は今まで通りあった。
心が動き出す。
ただ、演劇の現場を離れたとたん、わたしの心は行き場を喪って、ふらふらと彷徨いだす。

近しい人の心身の病気に対応、手当すること、それによって自分の心身の調子が乱れてしまうこと。これは、すべてものすごく、時間を要すること。
10月の作品の準備で英詞の歌を膨大に聴いて、さらに本を書くという仕事がひかえている。また、もうすぐ発表できると思うけれど、7月末に、急遽公演することになった。わたしにとっては心ときめく企画だが、すべて一人で準備している今は、目の前の山は高い。
こうして、とにかく時間の欲しい時に、仕事できない時間が過ぎていくあせり。
この時間を奪われるあせりというやつ、これは心の蓋の構成物としては、かなりな割合を占めるんじゃないだろうか。
落ち着いて、長い目で見れば、近しい人たちの心身につきあうことこそ、わたしの人生じゃないか。それはわかる。それはわかるのだが……。わかっているくせに、自分の腑に落とせないというのが、心に蓋がされている状態。

仕事のあせりで、周囲の人が見えなくなっている。
年をとって、生き方が巧妙になってきているので、人にばれるほどじゃない。
でも、自分にとっては致命的な、他人に対する思いやりのなさを自分で感じている。

それでも、稽古場に行けば、いつもの平衡感覚のある自分を取り戻せる。
演劇が自分と他者の間に介在してくれる時だけは、本来の自分でいられるような気がして、これまた、企画をたてることに奔走する。自分で段取りをしないと、演劇を介した幸福な時間は実現しないから。
そして時間にあくせくし、心の蓋が硬くなる。とってもわかりやすい繰り返し。

それでも。
今日、こんなことを書き出したのは、この「それでも」というのを書きたいからだ。

それでも。
わたしが時間をかけて関係を修復しようとしていたパートナーが、わたしより更に心を乱していた人が、自分を取り戻し始めている。
人の心が、本当に晴れた時は、声を聞いただけでわかる。その声を聞けて、わたしの心の蓋も一気に緩んだ気がしている。

そして、もうひとつ、「それでも」
同じ50代で、わたしよりちょっと上の、塾生の女性から、朝メールをいただいた。
低迷飛行をしていた自分が、わたしと出会うことでようやく浮上をしてきたと感じるという内容のメール。感謝の気持ちが溢れているメール。
……稽古場で、わたしには彼女の蓋が見える。そして、教えるわたしと教わる彼女の息があった時には、うまく蓋を開けることができる。
蓋が開いた時には、自由な閃きのなんとも素敵な瞬間が訪れて、わたしも、ほかの俳優たちもびっくりすることがある。
自分だって低迷飛行している現在なのに、人生のほとんどを賭けてしまった演劇を介してだからこそ、わたしはそれができる。 人の力になることができる。

この朝は、彼女からのメールで、ぽっと心に火が点った。

この仕事をしていると、お礼の言葉感謝の言葉は、ありがたいことに度々いただく。
慣れていると言えば慣れているし、日常と言えば日常。
でも、今日のは……格別だったのだ。
この週末は、入院している母の調子が悪いと知り、心乱れたものの、自分自身が体調を崩しているので帰れなかった。仕事もなかなか手につかなかった。
そんな時に、自分と同じくらいの年齢の女性から、自分と同じように低迷している女性から、もらった言葉が、きっと響いたに違いない。

わたしは、こうして、心を尽くしていれば、その人たちに救われる。
だから、蓋が取れなかろうが、なんだろうが、自分の現状現状で、心を尽くし続けるほかないのだ。
気をつけるべきは、50代からの「孤独」とのつきあい方。
最近の蓋の構成物は、「孤独への不安」というのがあるのではなかろうかと、感じていた。そこでわたしは、わたしにとっての、孤独とのつきあい方の教科書、メイ・サートンの「独り居の日記」を精密に再読している。彼女の著書を5冊ほどまとめ買いして、これから「孤独」を研究し尽くすつもりだ。
人生の後半を生き始めたメランコリアをうまく脱して、少しでも美しく生きられるように。

つまづくことも停滞することも、もちろんあるだろうが、その折々、自分が分析できていれば不安はない。自分をいつも分析できる余裕、極意をメイは教えてくれる。
それは、魔法が消えそうなので、ここには書かない。
答えはいたってシンプルだ。
今のわたしにとって、混乱を極めているとしか思えない人生というやつも、実は意外とシンプルなものなのかもしれない。

さあ、仕事自体はいろいろ後手にまわってしまったものの、分析を終えて、わたしはまた今週を生きる。

2012年3月27日 (火)

その一滴まで。

停滞、停滞、不調、不調。
次の作品の準備をしている時は、いつもこういう時期が来る。
無為の時間、関係ないことに夢中になってしまう時間、
何も考えない時間と、我が内蔵HDが回りすぎて訳わかんなくなっちゃう時間。
いつも、不安で自己嫌悪に陥ったりするんだけれど、
この先に、表面張力を破ってくれる「一滴」がやってくる。
意味のなさそうな準備や、不安の堆積や、妄想や、夢みる力が、いっぱいいっぱいに溜まって、やがて、「一滴」を迎えると、待ってましたとばかりに溢れる時がくる。
その時を、いつも信じてる。
今、抱えている、何本かの企画中。
それら、すべて。
いつか、それぞれの、運命の「ひとしずく」を迎えるまで、
わたしはうんうん唸りながら、頭を抱えて暮らすんだ。
でも、わたしには私塾があるので、
週に4日は必ず開ける稽古場があるので、
平衡は保たれる。
いつも稽古場に救われる。
でも、時折、どこまでも孤独になりたかったりもする。
贅沢な、ないものねだりだ。
きっと、わたしは、幸せなのだと思う。

2012年3月19日 (月)

自らのために二題。ピナと、3月11日と。

■「ピナ」を見る。
生きていること、存在していることの表明。
誰しもが持って生まれた、同じ体から生まれる表現は、時にぎりぎりまでそぎ落とされ、時に豊かに肉付けされ。時に孤独であることを潔しとし、時に他者と否応なくぶつかりあい、時に渇きを癒すように求め合い、時に幸福の輪郭を崩さぬように愛し合う。

これを見ながら、わたしは記憶庫にしまっていた言葉を激しく思い出していた。
秋元松代さんの言葉で、「これだけは言わなければ、自分の魂が滅んでしまうというようなことが、ひとつはあるでしょう? それを書けばいいのです」

でも、これはわたしの記憶違いだった。

わたしにはしょっちゅうあることだが、心を激しく揺すぶられた言葉を記憶庫にしまい込むうち、思い込みによる改竄を加えてしまうのだ。

原典を求めて、秋元松代全集を開いた。

正しくは、こうだ。
秋元松代さんが、生きる方途に迷って、戯曲の師三好十郎さんを訪ねた時のこと。
師は言う。
「何か書いて来てごらん」
秋元さんが言う。
「戯曲は書き方も知りませんし、書こうという気持ちも本当はないので、何を書けばいいのでしょうか」
師はこう言った。
「小学校時代に作文か童謡を書いたでしょう、原稿紙に二枚か三枚でいいのです。ただし、あなたがこれだけは、ぜひともいいたい、それをいわねば、あなたの精神の大切な部分が亡びてしまうと思うことが、一つはあるでしょう。それを分かりやすく、誰か一人の人に話しかける気持ちで書けばいいのです。」

……言葉の主は、秋元先生ではなく三好十郎で、言葉自体ももっと柔らかかった。

でも、わたしはこれからも、人生を賭けて表現し続けることを選んでいる女性に会うたびに、きっとこの言葉を思うだろう。
これを言わなければ、自分の魂が滅んでしまう……それを表現すること。


■3月11日、1回限りの公演が終わった。
東京芸術大学のローラン・テシュネさんが主宰するアンサンブル室町の演奏と、ジャン・コクトーの「エッフェル塔の花嫁花婿」のコラボレーション。
二人の作曲家が書き下ろした、西洋古楽器と和楽器のための現代音楽の中に、俳優の身体と演劇的な遊びを駆使した演出で、荒唐無稽な前衛劇を組み込んだ。
これがどうやったら面白くなるんだ? と問いたくなる戯曲を、びっくりするほど面白くできたことに、ちょっと自負を覚えている。
いや、いや、それより何より、わたしのインスピレーションを刺激してくれた俳優たちに、感謝をすべきだろう。彼らがいなければ、あの演出もあの公演もなかった。
俳優と演出家がタッグを組んで、幸福な偶然を呼び込み、丁寧に磨きをかけていった、そんな稽古だった。
3月11日に公演するということに、抵抗はあった。
作品の質から言えば、別にその日に拘る必要もないように思えたし、その日に合わせて創っていくつもりもなかったからだ。
これは、出演を決めた時の俳優たちも同じだったらしい。
でも。
本番を直前に控えて。
わたしも出演者も、心ひとつに、この作品をこの日に上演できる喜びを噛みしめていた。
劇場で今日も仕事をしているということ。
一心に、演劇のことを考えていられること。
目の前の舞台に心血注げる自分と仲間がいること。
元気であること。
観客が待ってくれているということ。

黙祷の時間は、客入れ中の袖で迎えた。
上手の一袖から客席をこっそり見て、暗みに戻ってから目を瞑った。
一緒にはいなかったけれど、出演者たちもそれぞれ、袖を選んでいたらしい。

モスクワに行った時、タガンカ劇場で観劇中に、隣町で、劇場占拠テロという悲劇が起こった。
あの時の、「わたしは一生劇場で働こう」という決意を思い出す。
3月11日は、静かに、自分の奥深くに沈潜していくような、再認識だった。

この機会を与えてくださったテシュネさん、
この上演を誰より喜んでくださったテシュネさんに、
心から感謝する。

311


2012年3月 2日 (金)

わたしは夢をみる。

わたしは夢をみる。
深く、熱い夢を。
それを笑う人がいるなら、笑えばいい。

わたしは歳をとりすぎている。
その通り。
わたしには、未だ名前も金もない。
その通り。
それでも、わたしは夢をみる。
その熱さを気恥ずかしいと思う余裕がわたしにはまだない。

これを伝えるためには、
からだごとしゃべんなきゃなんない。
いいよ、誰より大きな声でしゃべる。
いいよ、誰よりささやかな声に、思いをのせよう。

夢をみること。
とりあえず、死ぬまでは、わたしに与えられた自由。


«無題。新しい夜に。

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