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2012年5月13日 (日)

「三人姉妹」の翻訳を巡って。

「三人姉妹」の上演台本が、ひとまず出来上がった。

今回、基本的に、神西清さんの訳を使うのだけれど、「結婚披露宴会場で演じられる」という今回の趣旨、演出意図に沿って、また、俳優の個性によって、少しずつ手を加えている。
早稲田の第2外国語で履修したロシア語の知識を、なんとかなんとか使って、原文の意を汲んで、言葉を選んでいった。
ああ、高い学費を出してもらって大学に通ったのに、わたしはなんて劣等生だったんだろう!

それはさておき。

今日気がついたことは。

詩人ででもある神西さんの訳があまりに美しいので、わたしは今まで、神西訳の「三人姉妹」しか知らなかったことだ。
かつて、演出助手で「三人姉妹」についた時、マイケル・フレインの英語訳から訳した小田島さんのものも使ったし、中村白葉訳、湯浅芳子訳、松下裕訳、浦雅春訳、福田逸訳、どれも読んでいるのだけれど、やっぱりわたしにとっては、神西さんがすべてで、あらゆる台詞は、神西さんの選んだ言葉で耳に聞こえてくる。

言ってみれば、わたしは、本当に「三人姉妹」を知っていたわけではなかったんだ。

今日、気づいたこと、いろいろ。
時間に限りがあるので、第一段階では、原文にあたったのは、気になるところだけ。
でも、稽古場で、もっともっと気づきはあるだろう。
これからわたしは、ようやく、チェーホフの「三人姉妹」と出会えるんだな。

それにしても、ロシア文学の翻訳って、本当に特殊な日本語。
ロシア語翻訳文体って、昔から、ある。

米川正夫訳のドストエフスキーに慣れ親しんだわたしは、(学生時代、阿佐ヶ谷の古本屋で全集を9800円で見つけて小躍りしたっけ)亀山郁夫さんの訳は面白くて読みやすいのに、わたしにとっては何か物足らず……ああ、伝統的なロシア語翻訳文体でないと満足できない、趣味人になってしまったのだなと思った。
というか、それは人生の中で、得がたい、連続した経験だったのだと思う。

さて。
今回、わたしは、どんな言葉で「三人姉妹」を語っていくだんろう。
こうして、今は、戯曲と向き合う時間。
でも、そのうち、俳優という生きた文体と出会う。
どんな化学反応が起こっていくのか、もう今から楽しみでならない。

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