あなたを知りたい。
親愛なるアントン。
あなたのことを考えていたら、すっかり朝じゃありませんか。
遮光カーテンを恐る恐るめくってみると、青い青い空。
快晴の朝が、どうやらもう訪れているようです。
五月を過ぎて、もう初夏の匂いのする朝です。
まったく。
あなたの戯曲。
読めば読むほど、知りたいことばかりです。
立ち稽古を前にして、俳優から、官等に関する質問を受け、受験生の一夜漬けのように、体系化して知ることのなかった知識を、はじめて自分の中にまとめました。
陸軍の階級について、はじめてロシア語から研究をしていきました。
すっかり目の悪くなってしまったわたしには、学生時代に使っていた辞書をめくる作業がなかなか厳しく……。大体、キリル文字は微妙に似た形が多いですから!
でも、発見はたくさん。
明日の稽古場にとって、大きなヒントが、やはりあなたの書いた言語の中にありました。
もうひとつ。
四幕で、チェブトィキンにマーシャが訊ねる台詞。
神西清さんが、「うちの人」と訳した、「Мой」について、1時間も、ああでもないこうでもないと、悩みました。
ここに関する疑問も、これまた俳優からの質問によって始まったんです。
こうして、疑問を覚えるたびに原文にあたっていると、どうして上演する前に、すべて原文で読んでいなかったのかと、自分にがっかりしてしまうのですが、それでも、こうして、少しずつ発見をする喜びはあります。
だから、興奮して、朝が来ても眠れないのです。
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昨日まで、少人数での読み合わせを続けてきましたが、明日から、とうとうほぼ全員が集まっての稽古が始まります。
これから出来上がっている芝居は、
必ずあなたが観たかったものにしたいですし、
また、
きっとあなたが想像もしないものになるでしょう。
わたしたちは、あなたと同じ人間ですし。
また、
わたしたちはあなたと違って日本人で、しかも21世紀を生きていますから。
わたしは、創り上げたいものをしっかり夢想しているのに、
同時に、
何が出来上がるか、さっぱり予想がつかないのです。
これが、いつの世も、演劇の喜びですね。
いつも、そこに自分が映り込んでいるんです。
生きている証は、できあがった舞台なんです。
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さあ、稽古のために寝なければ。
あ、そういえば、なかなか素敵な音の出る駒を、先日入手しました。
フェドーチクが持ってくる、あれです。
あなたは、海外旅行に出られた際、あの駒と出会われたのでしょうか?
ああ、何もかも知りたくなるんです。
ダンチェンコやスタニスラフスキーが、初演当時あなたから手紙を受け取って、作家のストレートな注文で舞台の指針を得たように、わたしは、あなたのことを、知れるだけ知りたいと思います。
知れば知るほど、創りあげる時には、稽古場では、自由になれるような気がするからです。
今度こそ、おやすみなさい。
いつまでも話しかけていたいのですが、
さすがに眠った方がいい時間です。
6時を過ぎました。
新しい稽古の日々が始まります。
あなたの戯曲を愛して、眠ります。
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