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2012年6月 6日 (水)

100年の時を越えて。

親愛なるアントン。

今日、稽古場に「三人姉妹」モスクワ芸術座初演の写真を持っていきましたら、ヴェルシーニン役のスタニスラフスキーの二枚目ぶりが、いたく評判でした。
あなたはもちろんご存じないでしょうが、日本の演劇人で、スタニスラフスキーを知らない人はいません。……それは言い過ぎだとしても、少なくとも過半数の演劇人が知っています。
彼の著作「俳優修業」は、わたしも大学性の頃熟読しました。
神さまみたいに思っている俳優も少なくありません。
日本では、メイエルホリドより、ずっと有名です。
彼は自分自身が生きた人生とは別に、後生に影響を与え指針を与える存在で、あり続けています。
あなた自身も、自分の作品が、これほどまでに後生愛されることになること、想像していなかったようですね。
人は、自分の一生を生きることしかできなくって、後生に生きる自分の面倒を見ることはできません。
でも、その一生の生き方が、一回こっきりの人生を、驚くほど長続きする存在価値に、変えうるわけですね。

あなたが、「三人姉妹」の稽古中に、スタニスラフスキーやネミロヴィッチ=ダンチェンコに宛てた手紙を読んでいると、新作「三人姉妹」をキャスティング中、演出中、稽古中の様子が伝わってきて、とても興味深いです。
神さまみたいな人たちが、わたしたちと同じように試行錯誤して作品を創り上げていった過程に、勇気さえ貰います。
わたしも今、同じように、何とも心強い仲間たちを得て、作品を創り始めています。
この、新しい「出会い」が、本当に充実しているのです。
素晴らしい仲間が集まりました。
今を生きるしか能のない我々には、この今の仲間が、どれほど宝物であるか!
そして、一回こっきりの人生の時間を使って、五回こっきりの舞台の準備を、ともに歩き始めているのです。

そんな、出会いと、この現世のことを考えていると、
思い出すのは、4幕のトゥーゼンバフの台詞です。

おや、あの木は枯れている。けれどやっぱり、ほかの樹と一緒に風に揺られている。あれと同じように、もし僕が死んでも、やはり何らかの形で、人生の仲間入りをして行くような気がする。

決闘の前の台詞としては、痛々しすぎます。
でも、今夜は、全く違う印象をもって、耳に聞こえてくる。
この台詞に、今夜、わたしは何を思いましょうか?
やはり、100年の時を越えて、わたしたちの人生にすっかり仲間入りしてくださっている、あなたを思うほかないのです。

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