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2016年8月29日 (月)

百年後の未来より。

親愛なるアントン。

 

実に三年、あなたに手紙を書いていませんでした。

昨年、あなたの「カシタンカ」と「黒衣の僧」を、
リーディング形式とは言え、上演したと言うのに……。
あなたのことを知らなかった若い男優たちが、
学問と芸術を愛するあまり神経を病んだ「コブリン」という男に夢中になっていく様を、是非ともお見せしたかった。

さて、こうして久しぶりに手紙をしたためるのは、
再びあなたの作品を創ろうとしているからです。

今回は、あなたの作品を上演するのではなく、
あなたの人生を、30分ほどの短いミュージカルに仕立て上げるつもりです。

短篇の名手だったあなたのように、
ほんのわずかな言葉で見事に普遍的な人間のあれこれを切り取ってみせた あなたのように、
さて、うまくいくのかどうか、わかりません。

もうその人生を終え、ここにいないからと言って、
他人(ひと)の人生を語るのは、とてもエネルギーと責任のいることです。
そして、そんな責任なんて忘れたふりして、勝手に作品を創る熱狂性も、必要だと思っています。
静かで知的なイメージの中に潜んでいた、
苦労人の横顔、家族の生活費を稼ぐのにあくせくして売文していた日々、
アイデンティティー探る苦しみ、愛情の渇望、芸術と平和を希求する熱情、
それらを、チャイコフスキーとの出会いをモチーフに描いてみたいのです。

そして、そんな大胆なものを創ろうとしていることを、ご報告します。

あなたがこの世を去った44歳の時、
わたしは、日本語に翻訳されたあなたの全集の短篇、500を超える短篇を2ヶ月かけて一気に読み、すべてのあらすじを記し、感想を書き綴るデータベースを作った変わり者です。

きっと日本でも十指に入るあなたのファンだと自認しています。
あなたがこの世界に生きたことを傷つけない、丁寧な仕事をしようと思います。

あなたは1860年生まれ。
わたしは1961年に生まれました。

あなたは作中の人物に、よく百年後の未来を語らせましたね。
苦しい現在に生きる自分たちが礎となって訪れる、素晴らしい百年後を、未来を生きる人に託しましたね。
わたしはまさに、その百年の中に生きているのですが、
世界も、人も、あなたの言うような美しい未来には生きていないどころか、
さらに混迷を極めています。

世界がそんなものだということくらい、
あなたなら知っていたはずです。
どうして、あんな希望を託す台詞を、あなたは敢えて書いたのでしょう?
わたしは、それについて考える度に、
小説、戯曲という作品を通じて、あなたが選びとったことを、感じずにはいられないのです。

わたしは、至らずとも、同じ道を行こうと思います。

30分という短い時間でも、小さな奇跡は起こせる。
あなたの短篇が証明しています。

書き上がった頃には、またご報告します。

 

敬愛するアントンへ。

 

 

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