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2012年5月30日 (水)

「三人姉妹」読みあわせ。

昨日今日と、「三人姉妹」のほとんどの出演者がそろった状態で本読みが行われました。

稽古場に、机と椅子とをぐるり四方に並べての読みあわせ。

それで気がついたのですが、セリフを読みながら、今自分の前に座っている相手は誰なのか、どうなのか、を、キャストの方がよく見てる。

相手を見る、なんて当たり前と思うかもしれませんが、そうではなくて、私たちの普段の「見る」という行為が「撫でる」だとしたら、稽古場で交わされる視線は、相手を「斬って」或いは「斬ろうとして」いる。

そんなライトセーヴァーのような視線同士の、やり取りというか剣戦。斬ったり斬られたり、刃を交わしたり。

「三人姉妹」は、人物のなかで起こることはともかく、表われかたはそれほどスペクタクルではないのに、読みあわせからものすごくエキサイティングだ。

そんな現場にいると、見る目がある人というのは、相手を斬って中身を見れる、そんな刀のような視線を持っている人なのかと思ったり。

だけど同時に、見ているものに捉われない。セリフのやり取りでも、相手から生まれたよいものは受けて、そうでないものからは自由。一瞬間の取捨選択、ジャッジが厳しい。

ああでも役者って、その一瞬一瞬を、演出家に観客に俳優仲間にジャッジされ時には切り捨てられ、でも選ばれてきたから今この現場にいる人たちのことだ。

演出の石丸さんいわく、今回の布陣は、

「魅力的、個性的、華あり癖あり、美しくかつ化け物度も高い布陣」とのこと。

看板に偽りなし、です。

そんな「かいじゅうたちのいるところ」もとい稽古場の様子を、今後も定期的にこちらのBLOGでアップしていきますので、乞うご期待。

モスクワカヌ

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