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2008年2月13日 (水)

喪ったもの。

7年ぶりに引っ越しをすることになった。
空いた時間、苦手な片付けに追われる。
すると。
押し入れから、物置から、部家のあちこちから、自分の書き散らした言葉たちが顕れる。
20代30代、ワープロで書くかたわら、レポート用紙に、集計用紙に、便せんに、白紙に、原稿用紙に、大学ノートに、ポケットノートに、広告紙の裏に、とにかく書き続けた言葉たち。
考えるときは、書きながら考えた。
悩むときは、書きながら悩んだ。
その筆勢と、選んだことばたちが、過去の時間を連れてくる。
かつての自分が仄かに立ち上がってくる。

他者を導いたり、若い後進たちに教えたりと、自分自身が揺るがない存在にならなければならない年齢になり、
わたしは揺らぎながら書くことを忘れてしまった。

かつてのわたしが書いた瑞々しい言葉たちを前に、獲得したものと喪失したものを思う。Carver_3


右のノートは、レイモンド・カーヴァーのもの。
社会に当たり前には適応できなかった彼は、
あまりに早く逝ってしまったが、
その言葉は、風に揺らぐ水面のように、
輝きを放ち続けた。
ゆらゆらと、何かの形におさまることなく。

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