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2009年3月

2009年3月31日 (火)

業務連絡。よくあるお問い合わせ。

俳優私塾POLYPHONICに、今日お問い合わせを下さった方へ。

ご指定のメールアドレスにご返答したところ、宛先知らずで戻ってきてしまいました。

ほかにも、同じようなお問い合わせをよくいただくので、
この場でお伝えします。

******

稽古場の場所と費用についての質問にお答えします。

私たちは、残念ながら、
現在、固定の稽古場を持っていません。
稽古毎に、レンタルスタジオや小劇場などを借りています。
その代わり、自由な私塾ですので、
場所をどの辺りにするか、稽古時間をどう設定するかなどを、
参加メンバーに意見を聞いて決めていきます。
たとえば4月は、
参加予定者の意見を採り入れた結果、
稽古場は新宿周辺が主に、稽古日は火曜日から土曜日になっています。

今月のスケジュールをご覧ください。

参加者を待って、稽古場押さえが遅れたので、バラバラの場所になっていますが、
これからは2〜3カ所の稽古場に落ち着いていくと思います。

場所に関しては、このような現状です。

参加費用に関しては、

全稽古日(土曜を含む)に参加する俳優修行コースが、
(週約4回の稽古)
初期費用 3万円  1ヶ月 3万円

土曜日の稽古にだけ参加するSATURDAY LESSONが、
初期費用 2万円  1ヶ月 2万円
です。

現在は、全ての稽古には出られないかもしれないという人も、
俳優修業コースを希望する場合が多いようです。

*****

興味がおありの方、
また、どのような稽古なのか確認してから決めたい方には、
稽古の見学、体験参加を、おすすめしています。

何日頃に見学したいということをご連絡いただければ、
その日の稽古場の場所など、詳しいご案内をさせて頂きます。

開講してからも、引き続き、
若干名を募集しております。
どうぞよろしくお願いいたします。

稽古場にて。

個人レッスン3日目。
若手俳優と二人きり、13時半から始めて休憩も取らず19時まで。
わたしは、いいタイミングで休憩をとる効用も必然性も十二分に知っているのだが、今日は必要なかった。
お互いに夢中になっているうちに時間が過ぎた。
最初は、書かれた言葉にすぎない台詞が、少しずつ、俳優の心と体から生まれた言葉として生き始める瞬間が好きだ。
自分を生きることと他者を生きることの中間で、揺らめき、熱を帯びる、そういう曖昧な瞬間を読み取るのが好きだ。

2009年3月30日 (月)

さいたまにて。

久しぶりにさいたま芸術劇場へ。
井上ひさし新作は、心地よく成り行きを楽しんだ後、なんともストレートなオチが後半用意されていた。あまりにストレートな台詞に面食らうが、その先もちゃんと用意されていた。
時軸はもっと曖昧に、次元さえどこかに放り出されたようだが、そこもまた輪廻転生の中。
穏やかな僧の台詞は、この場の冒頭で聞いたもの。
時が戻ったのか、時軸は点在するのか。
……ウロボロスのように、始まりも終わりもなく、無限の場所にある命たちにさえ思えてくる。
今をときめく売れっ子二人に、先輩たち、仲間たち。
長丁場、頑張ってと思いを残し、楽屋を出る。

大稽古場では、別カンパニーの新作稽古。
主演俳優は、2年前大きな仕事で一緒に闘った人。
陣中見舞いをして帰る。
ここでもまた、いるべき場所にいないことを心配されるが、その都度「大丈夫」と答える。
わたしは静かに始める準備をしていますから。

昨年ミュージカルで一緒だった女優さんと挨拶。
挨拶のつもりが、あれよあれよと言う間に彼女のソロライブの構成を手伝うことになった。
わたしに電話をするかどうか迷っていた時に、わたしが折良く姿を現した。
「呼んだかな、わたし」と喜んでくれるので、わたしも喜んで呼ばれる。
よしよし、自由だ。
なんでもやりますよ、自由ですから。

2009年3月29日 (日)

俳優たち。

■また映画館に足を運んだものの、愛のむきだし体験が激しいので、熱めの韓国映画も何やらあっさり感じてしまう。
「愛のむきだし」が思い出させたのは、原田眞人監督の「KAMIKAZE TAXI」。
やっぱり、かなりの長編だった。
「愛のむきだし」が新興宗教なら、「KAMIKAZE TAXI」は当時水面下で流行していた自己啓発セミナーを扱っていたっけ。長々と延々と、弱い心が楽な連帯に傾いでいく時間が描かれ、気分が悪かった記憶がある。高橋和也の荒ぶる魂柔らかな魂は、足下覚束なくいつも揺らめいていて、誰に向けられるかわからないナイフのようだった。
「愛の……」の三人の若い俳優もそうだけれど、若い時しか演じることの出来ない役がある。
たくさんの、本当にたくさんの人が俳優になりたいと夢みるけれど、25歳までくらいに、そんな特権的な役を演じることのできる俳優は幸せだ。いや、それ以降演じるものがなくなってしまうかと思うと、不幸。って言うか、俳優の幸せってなんだ? この答えは、俳優の数だけありそうだな。

■若手俳優の個人レッスンは、ちょっと結果が見えてきてうれしい。1日きりだったはずの稽古が、4日間に伸びる。2人きりで、かなりの長時間。残りあと2日になった。うまく導けば、ちゃんとどこかにたどり着ける時間だ。
彼は、自分の実力や経歴からすると、あまりにも大きい役をオファーされていて、プレッシャーと闘いながら役と格闘を始めている。
俳優がうまくなる一番の近道は、いい役をやり続けることだ。自分の現在では越えられそうにない山を越えること、飛べそうにないハードルを強引にでも飛び続けること。
そうして、お膳立ての揃ったところで闘い始める俳優もいれば、何の手がかりもなく、闇を模索して歩き、闘う相手を探す俳優たちもたくさんいる。
4月から始めるわたしの私塾が、そんな俳優たちに光を投げるものになればいいと願う。

2009年3月27日 (金)

愛のむきだし。

とんでもなく面白い映画を観る。
魂抜かれて、終映後、呆然。
丸々4時間。
聖も俗も清も濁も……ああ、なんだか美しかったり汚かったり許せなかったり分からなかったり変態だったり高尚だったりエロだったり最低だったりくだらなかったり憎悪だったり憧れだったり軽蔑だったり尊敬だったり怒りだったり許しだったり懇願だったり哀願だったり勃起だったりレズだったりパンチラだったりマリアだったり盗撮だったり教会だったり暴力だったり静謐だったり混沌だったり爆弾だったり悟りだったり発見だったり血だったり涙だったり……ああ、もうわからん、もうわからんほど、あらゆるものが、むきだしてむきだして、愛に向かう。
主演の満島ひかり、こんな役に出会えて幸せだろう。
可憐な外見に震える魂と大きなマグマ。
主演の西島隆弘、
なんて柔らかなハート、なんて強靱なハート。
そして、躍動し、沈潜し、興奮する肉体。
安藤サクラの若き才能は、まぎれもない悪を演じて信じさせて、大人までも嫌な気持ちにさせるほど。
そして、何よりも、脚本監督の園子温さんなのだろうなあ。
なんだか感動しすぎちゃって、びっくりしすぎちゃって、才能に嫉妬する暇もないや。
だって、見せられたものが、世界ぜーんぶって感じなのだものな。
世界は、ひどいね、ずいぶんと大変だ。
でも、やっぱり、愛なんだな。
愛だよ、愛。
子どものように、うんうんとうなずく。

東京ではK's cinema(新宿)でしばらく観ることができます。


2009年3月25日 (水)

闘う男たち。

日本中が感動している時、わたしも例に漏れず、仕事そっちのけでテレビ観戦、感動していた。
闘う男たちに、泣いた。ふだん泣かない自分がかなり泣いた。
この間は、日本を出てまで闘う辰吉丈一郎38歳の負け試合に、泣いた。これもかなり泣いた。

わたしの仕事に、明確な勝ち負けはない。
だから、「勝負する」という言葉を使うとき、それは闘う精神の表明という意味になる。
勝ちと負けが厳然とある世界は、明快すぎて怖い。
闘う男たちを見ているときに泣いてしまうのは、感動なんてものじゃなくって、どうも自分のやわな精神が悲鳴をあげているんだという気がする。

筋書きのないドラマという、陳腐な言葉を持ち出したくなる。
いや、筋書きがあったとしか思えないような圧巻の結末に、かなわないよなあフィクション、と呟きつつ、愛すべき野球というスポーツの面白さに酔いしれる。
そして、指揮官としての原辰徳さんに敬意を表する。


夕刻より、打合せ。
新しい仕事が始まった。
台本を書き起こすところから始まる、長期にわたる遠大な仕事。
波瀾万丈の人生を、聴き取り作業しながら、まとめていく。
楽しそうだ。
スタッフも、みんな新しく出会う人たち。
そして、明日も、単発ではあるけれど新しい仕事。
予習しなければ。
闘うぞ。

2009年3月24日 (火)

昭和歌謡漬け。

ディナーショーの構成・演出協力するために、とある歌手のシングルカットA面B面を片っ端から聞いている。
1966年の録音をスタートに丁寧に追っていくと、それはまるで膨大な人生の物語を読むよう。
そして、昭和の歌謡曲の歩みを読むようでもあり。
一曲一曲、楽譜に起こす時間はないので、簡単に音階表記をつけながら歌えるようにしていく。
なかなか大変な作業。
今度はそこに、俳優の個人レッスンの話が転がりこんできた。
このレッスン、始まる前に所定の台本を勉強しておく必要があるのだが、これまた昭和の歌がちりばめられている。入手困難な楽譜をどうしようかと考えながら、検索をかけてみると、YOU TUBE で、古いテレビ映像が出てくる出てくる……。
これは、ざっくりと楽譜に起こしていく。
根っから楽譜が好きなので、苦にならない。
右手にMIDIキーボード、左手にテンキーを置き、Finaleでぽんぽん打ち込んでいく。

譜起こしをしていると、昭和の歌謡界を支えた作詞家作曲家編曲家たちの気持ちに、わずかだけれども触れる気がする。
海の向こうからやってきたものへの憧れ、それを自分のものにするための創意工夫、時代を追う仕事、音楽を愛する仕事、埋もれた仕事、粋な仕事。オリジナルがあれば、二番煎じがあり、主流があれば亜流があり……。
今みたいに娯楽は溢れておらず、情報が少ないから、好みは多様化しておらず、人びとはこぞってしょっちゅう同じものを愛し、その選ばれ愛されしものが、時代を作っていった。
そんな大きな流れを、感じながら仕事する。
昭和歌謡漬け。
今度は、これを昭和史年表とリンクさせていこう。
ひとり、もくもくと仕事する夜。

2009年3月21日 (土)

指揮する人。

来年の舞台の打合に出向く。
異性でも同性でも、「あ、この人は……」と、同じ匂いがする人に出会うことがよくある。
年上の女性だが、そういう人がいて、向こうも同じことを感じてくれているらしいという、ちょっと幸せな感じ。踊り手と演出家で、すぐに、一緒に作品を作るという話に発展した。
お宅に招ばれ、打合せ。
はじめて会う彼女の仲間とも合流。
すでに昨年から作品を作り始めているユニットなので、途中参加のわたしが大事なものを壊さないように、そっと入ろうとするのだが、舞台の話となるとすぐに熱くなる。ゆっくり、ゆっくりねと、自分に言い聞かせつつ。

「コーラス」という映画をDVDで見ていたら、主人公が少年のコーラスを指揮するシーンで、無意識にわたしも振っていた。
人生をもう一度繰り返せるなら、迷わず今度は指揮者になりたい、などと思う。
音楽ものの現場や、特に市民ミュージカルの稽古に行ってはしょっちゅう振ることになるのだけれど、そのたび、知らぬことの奥行きの深さと面白さにくらくらする。

39歳のカルロス・クライバーが、シュトゥットガルト放送交響楽団のお歴々たちを、リハーサルでどんどん巻き込んでいき、自分の創りたい音楽の方向に持っていき、本番を迎える姿が、映像資料で残っている。指揮する姿の魅力だけでなく、指揮官としてのあり方が素晴らしい。
時々、もう時代遅れになってしまったレーザーディスクを引っ張り出しては見て、聴いてみる。
……指揮官と言えば、このところの、原監督の厳しさと逞しさに、ずっと瞠目している。
東海大相模の高校生だった頃からファンだったのだ。引退試合だって行った。ずっと見てきた。
彼を見ていると、真っ直ぐに、真面目で、真っ向から……といった、少し気恥ずかしいことが、やはりとても大事な、大人になるための基本なのだと思いだすことになる。
正しい大人になり損ねた感のあるわたしは、テレビ画面に食い入って、闘う男を追いかけている。

2009年3月19日 (木)

火照った心。

西巣鴨にゴールドシアターを観にいく。
「ガラスの仮面」の、娘のように可愛がっていた奥村佳恵が、女0を演じる。

青年を演じる横田栄司のパーソナリティーが、戯曲の方向性を決めている。
アジることに、本質的に快感を覚える人と、痛みを覚える人がいて、彼は後者だ。
極めて痛みやすく、極めて心優しい。
自分に戸惑い、世界に戸惑う姿が痛ましい。
かつての心の火照りが、彼をアジテーションに走らせる時、たくさんの他者の心が動き始める。
集団でありながら、強烈な個の履歴が、舞台に匂いたつ。

ずっと、近くでその成長を追ってきたゴールドの俳優たちが、集団としては時期的に、個人としても年齢的に、きっとたくさんの問題を抱えているのだろうが、舞台上で非常に美しい。「生きているぞ、生きているわ」とざわめいている。「俺を見ろ、わたしを見て」と、存在の仕方が姦しい。それが、実に人間的。わたしの心も火照り出す。

それに比して、行列の中の一部の若い奴らの自己主張のなさときたら。
古くさい演技してる奴が多いね。なんだよ、服だけ今っぽくても、存在が演劇の勉強してる若者って感じじゃないの。そんなきれいな言葉しゃべらせてもらって、意味わかって言ってるの? 自分の痛みから出てきた言葉、声じゃないでしょう、と、アジりながら見る。
稽古場でも、ずっと叩かれてきたに違いない。でも、まだまだだよね、蜷川さん、と師匠を思う。

終演後、演出助手の後輩から「僕のイメージキャストは、青年が蜷川さんで女0が石丸さんです」なんて言われる。ちょっと笑う。
でも、今わたしの行こうとしている道は、青年の道だ。
なぜやるの? まだやるの? と背中に聞こえる声など聞こえないふりして、自分の火照りで人を熱くすることだ。

佳恵にとって、これを11回公演することは、素晴らしい経験になるだろう。まだ知らないことも、体験していないことも、一生体験しないですむようなことも、本番を生きることで、自分のからだに入ってくる。経験になる。柔らかい心と体を剥き出しに、そこに存在できれば。……いい役を演じる俳優の特権だ。

そして、ゴールドの次回公演は、ケラさんの書き下ろし。うーん、なんて幸せな人たちだろう。

旧知の演劇プロデューサーと、久しぶりに、少し深酒。
カンパニーを離れて、独りで始めたわたしを、みんな心配してくれている。
大丈夫。ACCIDENTSを開けた頃から、演劇の神様がついてくれてるような気がしている。
一畳の場所と、俳優が一人いれば、演劇は出来る……とは、師匠の言葉。
わたしは、きっとそんなところから始めるのだ。

2009年3月15日 (日)

美しすぎるシェイクスピア。

Shakespeare

何年か前に、わたしたちがずっとシェークスピアのイメージとして信じていた絵が、顔料の分析から、死後200年以上後に書かれたものだと発表された。左がそれだ。
RSC公演でストラドフォードを訪ねた時、街を歩いても、シェイクスピアの生家を訪ねても、どうにもあの禿げあがったルックスと結びつかなくて困った。かと言って、「恋におちたシェイクスピア」のジョセフ・ファインズが出てくるわけでもなかった。どうも違う。
Flower_shakespear
その戯曲の言葉たちは、今を生きる自分につながる生命力溢れるものだとしても、思い込んでいたルックスがまるでおとぎ話の中のような人だったので、あの場に行くと彼が実に卑近で、生々しい存在に感じられて、そのギャップに戸惑ってしまったのだ。生家の庭に咲く花々に囲まれて、なんだか胸がずいぶんとざわざわした。
わたしが、POLYPHONICの扉絵に使っている写真は、そのざわざわしている時に撮った、シェイクスピアの生家の庭に抜ける扉だ。
Ishot82

そして。つい最近、この美しい肖像画が、唯一シェイクスピアの生前描かれたものだろうと発表された。彼の死の6年前、46歳の頃だと言う。
なんて美しいんだろう。今度は美しすぎて戸惑いを隠せない。
ストレートなまなざしを投げる右目に魅入られると、ちょっと斜視気味の左目が、何かを見透かしたように視線を外す。視界がずいぶんと広そうだ。
彼の言葉は、我々を魅了し、幻惑し、撹乱し、捉えて離さないのに、どうも実体はするりといつも逃げていく感じ。……シェイクスピアは一人じゃなかったって説があるくらいだから、仕方ないか。
たとえばモーツァルトの音楽、たとえばシェイクスピアの言葉。ひと一人が一生で出来ることをはるかに超えて生まれてきた、そんな所産に、対峙する畏れと喜び。
この美しい人の絵は、4月からストラドフォードで公開されるそうだ。
彼の地で対面すると、何か語り出すだろうか?

さて。わたしは頻繁にシェイクスピア戯曲に関わる仕事をしてきたのに、一対一は、なかった。
これからだな。
さて、何から対峙しよう。
ああ、言葉、言葉、言葉。

2009年3月14日 (土)

今日のわくわく。

昨年秋、とても面白かったイキウメの短編集「図書館的人生Vol.2」。
「悲劇喜劇」の3月号に掲載されている。

2月の演出作品「ACCIDENTS」の企画は、まずタイトルから決まった。
なんたって、とんでもないアクシデントに見舞われていたから。
(ちょっと分かり易すぎるかとも思ったけれど、結果的にはこのタイトルが、観客に支持されることになった。)
そして、アクシデントに見舞われた人たちの芝居を探した。
その時、いちばんに思い出したのが、イキウメ前川知大さんの『やさしい人の業火な「懐石」』だった。
上演許可をもらいに訪ねようかと思ったくらい。
結局、宇野イサムさんの短篇で統一したけれど、前川さんの作品をいれていたら、「ACCIDENTS」は、もっと苦い作品になっただろう。

人のよい夫婦が、親切な夫婦が、街角で助けた男をそのまま家に招くのだが、男は殺人の罪で出所したばかりだった……そうとは知らず、夫婦は彼を家に招き、食事とお酒もふるまうことになり……。

夫の方がより理想主義で体面や面目を気にするタイプだったり、妻の方が現実的で俗物的という、多少の違いはあるけれど、基本的には、善人二人。
この「善人」が、他者から「善人面」と思われた時の恐怖。恐怖。恐怖。
「人と人は話し合えばわかりあえる」と信じたい人への答えは、理不尽な暴力。
他者は自分を映す歪んだ鏡となり……。
イキウメの公演では、男を演じる俳優が非常に真面目そうに見える人だったから、善人の夫が、暴力に見舞われながらも、相手を信じようとする愚かさが際だった。命をかけて、「善人面」ではなくて「善人」である証明を求めているようでもあった。
ああ、居心地が悪い。
どんな俳優をキャスティングするかで、見え方が微妙に変わり、この居心地の悪さも変わってくるだろう。
ああ、いい本だな。
如何ようにもなる、これは。

新しい俳優たちとの出会いを待っている今、
戯曲を読むのがとても楽しい。
今日は、二人の申し込みを受ける。
どんな出会いになるのか、本当にわくわくしている。

今日は、さらに、尊敬する女性から電話を頂き、
その方のディナーショーのお手伝いをすることになった。
台本・構成のお手伝いなのか、演出までできるのか、まだ不明ながら、
これもわくわくする。
まずは、膨大な彼女の持ち歌を聞くことから始めよう。

2009年3月12日 (木)

俳優私塾開設に向けて。

俳優の仕事は、自分の心と体を使って、他者を生きることだと言えるでしょう。
■人は、あらゆる可能性を持って生まれてきますが、
生きていく中で自分の可能性を選び取っていきます。
この選び取るという作業は、
ほかのあらゆる可能性を捨てていくという作業でもあります。
俳優の仕事は、このたくさんの捨ててしまった可能性、
「もしかしたらありえたかもしれない自分」
を生きる、生きなおす、仕事だと言えるかもしれません。
俳優は、一度しかない人生で、複数の人生を選び取れる、
稀有な職業なのです。
そしてまた、複数の人生という鏡に映った自分と出会い、
生きている実感をより色濃くする職業でもあります。

POLYPHONICでは、いい俳優であるために何が必要か、既成の概念にとらわれずに、マンツーマンで探っていきます。
■20年以上、たくさんのプロの俳優たちと演劇の現場で仕事をしてきました。
そこで感じるのは、稽古の仕方は俳優の数だけあるということです。
それぞれ違う心を持ち、違う生活体験を持ち、違う環境で育っている。
それぞれ違う肉体を持ち、違う声帯を持ち、違う容姿で生きている。
だからこそ、俳優と導く者(演出家)とが丁寧に出会い、
個々に必要な稽古を探っていきべきだと考えています。

まずは、他者を演じてみましょう。
語りかけたい人や世界が、大きく遠ければ、
大きな声が必要です。
そこに、壊れてしまいそうな心があるなら、
命の通った囁き声が必要かもしれません。
難しいことを語るなら、複雑な真理を求めるなら、
明晰な日本語が必要かもしれません。
現代の若者を生きるなら、
現代の若者の言葉のリアリティーが必要かもしれません。
シェイクスピアをやるなら、
チェーホフをやるなら、
ベケットをやるなら、
ギリシャ悲劇をやるなら、
テネシー・ウィリアムズをやるなら、
三島由紀夫をやるなら、
三谷幸喜をやるなら、
野田秀樹をやるなら、
松尾スズキをやるなら、
……と考えると、偏った演技術などいりませんね。
そして、どれも面白そうです。
しっかりと地に足をつけて、
作品に出会っていきたいものです。
稽古場で、稽古の中で、手に入れたいことが、
どんどん出てくるはずです。

POLYPHONICは自由です。
■15歳から75歳までの年齢層で活動する市民ミュージカルを率いている経験から、わたしはどん な年代からスタートしても、俳優たる可能性があると考えています。
ですから、募集にあたって、年齢制限を設けません。
健康な心と体があれば、稽古を始めることができます。
また、少人数の私塾になりますから、
稽古の時間や頻度、参加の仕方も、
話し合いながら決め ていきます。
それぞれが、無理のない状況で稽古に臨めるように気配りできるのが、小規模な 私塾のよいところだと言えるでしょう。
1年間、演技のことだけ考えて暮らしたい人には、とことんつきあいましょう。
たくさんの戯 曲に立ち向かい、たくさんの台詞を覚え、たくさんの他者を生きてみましょう。
ダンスが必要 になる場合、歌が必要になる場合があるでしょう。その時には、一流のトレーナーが稽古に参 加することになるはずです。
穏やかに演劇と出会いたい人には、ゆっくりしたペースのカリキュラムを組みます。個人レッ スンがよい場合もあるでしょう。

わたしは、新しい俳優との出会いを待っています。

石丸さち子

2009年3月11日 (水)

備忘録。

■ずっとその存在を気にしていた、ダンサーであり振り付け家であり教育者でもある女性に、誘われてデートをする。
わたしは市民ミュージカルの稽古の帰りで体も心も火照っている。彼女も、公演を目指した稽古の後でだった。
気がつけば、舞台のこと、ダンスのことなど、夢中になって喋りたおしていた。
どんなボールを投げても受けてくれるし、
また返ってきたボールを受けるのが楽しい。
来年、彼女のユニットの舞台を、きっと演出することになるだろう。
是非やらせてもらいたい。

■かつて大変な仕事をともにしたプロデューサーと食事。
ずっと違う場所で働いていたのだけれど、「タンゴ・冬の終わりに」という、わたしのスタートラインになった舞台に、お互い参加していた。そして、20年を経て、また一緒に仕事をした人だ。
若い時に同じものに心を動かした経験があると、どれだけ離れていても、違う場所で歳を重ねていても、なんだかすぐに心が寄り添える気がする。
演劇の話、満載。
結局、だいたいが、演劇の話。
そうだ、アントニオ・ガデスとクリスティーナ・オヨスとパコ・デ・ルシアの話なんかでも、盛り上がる。若い人がいたら、無理な話題ばっかり。
それにしても、商業演劇から身をひいてしまい、彼女たちと再び仕事をするのはいつの日か?
毎日、中学生の少女のように「頑張んなきゃ」と思っている自分がいて、少しうざい。

■まとめてDVDを見る。仕事ばっかりしていて、ちっとも映画館に足を運んでいなかった……。

「フラガール」……蒼井優ちゃん、稽古場や舞台で見た線の細さが嘘のように、地に足がついて逞しい。そして、比類ない瑞々しさ。
それにしても、脚本は、実に屈折なく(屈託なく)優しい。
緊張が緩和に向かうのだと、転は結に向かうのだと分かっていても、取り込まれてしまうのがドラマだとしたら、予定調和すぎて、取り込まれない。
とへその曲がったことを言いつつも、自分と同じような立場の松雪泰子に、かなり感情移入して見ていたりする。

「東京タワー」……原作は感涙しつつあっという間に完読。封切り時に刊行された松尾氏のシナリオもかなりぐっとくるものだった。でも、映画はあえなくたくさんのエピソードをカットし、面白くないとは言わないけれど、ごくごく普通の作品になっていた。
おかんを演じる女優二人は、親子だけに顔が似ているものだから、リアル。
……なのに、演技の質が全く違うものだから、なんだか俳優が変わった時点で人格が変容しているように見えてしまう。
オダギリジョーは、やっぱり彼にしか出来ない表現があって、幾つかのカットでわたしは骨抜きにされてしまったりするのだけれど、でも、ちょっと彼の「ナイーブ」に食傷しているのも確かだ。
どうして最近の映画監督は、こうも、「ナイーブ」が好きなんだろう?
永瀬正敏が出てきた頃から、男優の魅力のひとつとして幅を効かせはじめた「ナイーブ」(と、わたしは思っていたのだが)、少し安売りされ過ぎている感があるなあ。

「接吻」……監督が演出している現場を見てみたかった。小池栄子がここまでいいのは、演出なのか、彼女のクレバーさなのか。
映画を見ている間は、そんなことを考える暇なく、小池栄子の演じる役に没頭してしまった。
殺人犯を一瞬にして愛する、殺人犯の目に一瞬にして自らと同じ孤独の匂いを感じ取る。その瞬間を信じられたら、もう疑念を差し挟む暇なくラストシーン。そして不可解なラストに戸惑うも、情感で信じ切るも、自由。……キム・ギドクがよくやるラストシーンの突き放し方に似ている。
脚本は、女の気持ちで読み進めていけば大丈夫だけれど、男の気持ちでいくと無理がある。無理があるはずなのに、そこを豊川悦司がうまく埋めている。観客のわたしは、だましてもらえて、うれしかった。

「12人の怒れる男」……今、チェチェンを描くこと、ロシアを描くこと自体が、驚きであり感動であり。密室劇に挟み込まれる戦場映像と12人の人生の向こうに、ニキータ・ミハルコフの憂える姿が見えてくる。
かつて、「機械仕掛けのピアノのための未完成の戯曲」で大役を演じたピアノが(自動ピアノ)、ここでは戦火に燃える。白鍵も黒鍵も赤く染まり、弦は音を立てて切れていく。
舞台に選ばれた小学校の体育館は、どこか北オセチアの事件を思わせ、荒涼としている。
そこで、12人と1人の人生を、そして、12 人のロシアとロシア人を憂える思いを、倦むことなく見届けた。
それにしても、ミハルコフが俳優として相変わらず何ともかっこよく、うまいことに、ため息をつく。最後においしいところを持って行きすぎで、なんともずるい。

「アンダーグラウンド」を再見。もう何年も、自分のベスト・ワンだと思っている映画。


2009年3月 3日 (火)

珠玉の短篇映画たち。

科学映像館というサイトで、チェチェン戦争と戦渦に巻き込まれた子供たちの映画を見ることができる。

子どもの物語にあらず

春になったら

衝撃的な二作品を監督、演出したのは、ザ―ラ・イマーエワというチェチェン人の女性ジャーナリスト。
履歴を見ると、わたしと同年の生まれだった。
これらを製作、制作、発表する勇気に、敬服する。

・同じサイトで、「音楽の先生」という映画を見ることができる。
演奏旅行中に開戦を迎えてしまったユダヤ人音楽家が、あえなく捕虜としてロシアに拘留された。
ウズベキスタンに強制移動させられ集団農業を営む朝鮮人の村が、画策して、彼を釈放させ、自らの村に住まわせた。
音楽を教わりたいからだ。
ユダヤ人が、朝鮮人に音楽を教える。
音楽でつながりあう。
そしてこれは、ノンフィクションだ。
リチャード・パワーズの「われらが歌う時」は偉大なるフィクションだったが、
この映画は、小品ながら、音楽の喜びを最大限に伝えてくれる。

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