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2009年4月

2009年4月27日 (月)

教える心得、教わる心得。

iPod Touchを買ってから、なかなか見る時間のとれないDVDを、持ち歩いて見るようになった。
便利だし、これが以外と集中して見ることができる。
今日は、電車に乗る時間が往復で4時間。
じっくり、たっぷり。
薦められていた「カンフー・パンダ」をようやく見る。
……いやあ、ただの娯楽映画じゃすまない、なかなか深遠なものだった。

「教える」立場の心得。それは、教える相手の可能性を誰より信じていること。
言葉にすると簡単だけれども、これは大変なこと。どれほどか体力と精神力が必要だ。
そしてもう一つ、相手の個性に寄り添った指導をすること。
……これはずっとわたしが信念を持ってやり続けてきたことだ。
確かに、この作業はそのまま、相手を信じることに直結しているのだろうな。

「教わる」立場の心得。
教わる対象が、ただひたすらに好きであること。
ただひたすらに、やりたいと思っていること。
導く人を信じること。

……まったく、教える教わるという関係は、それだけでなんとも深遠なことだ。
でも、今のわたしは、そのことにウキウキワクワクする。
信じてもらえるまで、まずはわたしが、相手の可能性を信じて突き進む。

自分が夢や目標にそぐわない者だと落ち込むパンダに、
導師が言う。

君は「これまで」と「これから」を心配しすぎる。
明日は未知のもの。
今日は天からの贈り物(present)。
だから現在(present)なんです。

「これまで」と「これから」に囚われてしまうのは当たり前。
わたしは、「これまで」に囚われず、「これから」に囚われず、贈り物である現在に輝きや意味を見つけて、みんなに渡していく立場なんだと思う。

いやはや、「カンフー・パンダ」にはびっくり。
教わりました。

2009年4月23日 (木)

疲労困憊なれど。

10時半から18時の稽古を終えると、くたくた。
帰ってからのデスクワークが、なかなか捗らない。
ハイペース過ぎるなと思いながらも、加減をしたくない。
教えられる方だって、大変。
みんな、きっとぐったりしながら帰る、或いは働くのだ。
どんなに疲れても、また明日の稽古が楽しみになるような日々を重ねたい。
わたしの喜びは、彼らが変わっていくことだ。
開講してまだ1ヶ月もたたない。
まだ、8回稽古しただけだ。
今のところ、稽古場には笑いが絶えず、発見の驚きと喜びが溢れている。
週に4回、毎日毎日顔をあわせて、
この新鮮さが1年続くというのは、奇跡に近い?
だったら、奇跡を起こそう。

2009年4月21日 (火)

過ぎゆく時間の中で。

目の前のものをひとつひとつこなすことに明け暮れて、先のことになかなか手がつけられない。
1年先2年先を考えていないと仕事が発展しないことはわかっていながら、現在に追われている。
とは言え、フリーで仕事を始めてから、まだ4ヶ月。
もう30年業界にいながら、自分の名前を正式に看板に掲げてからはたった4ヶ月なのだ。
目の前のものも、目先のことも、もうただひたすらやっていくしかないな。

心が折れてしまった女性が、一曲の歌と出会いつきあう中で、少しずつ自分を取り戻す過程に寄り添っていたり。
自分の訳詞した歌詞が、その歌の中で驚くほどの生命力を持つことに感動したり。
それぞれの夢や希望に向かって、稽古場を訪れる塾生たちに、どんどん愛情を覚えたり。
心はいつも熱く、じんじんしている。
看板をあげて、多くの見知らぬ人に応対していると、がっかりすることも多いけれど、いやいや、人間はやっぱり面白いぞ素敵だぞってことの方が、まだまだ多い。捨てたものじゃあない。

リズムをしっかり刻んだり、フレーズのまとまりの中にリズムを包含してレガートで歌ったり、と、様相を変えていく歌声は、旅する足取りに似ている。ヘルマン・ヘッセ風に言えば……と清水邦夫さんが書いた旅する足取りに。
思いがけず、人に歌の指導をすることになったことが、人生の喜び方を上手にさせてくれている気がする。
自分の人生の残りがわずかだからと、あせって足掻くと余計に喪うものが多いのだろうな。
しっかりと、軽やかに、行こう。
他人のものさしで時間を計ると、落ち込むからやめておく。
言ってしまえば簡単だけれど、物心ついてから30年以上、これが出来なかったのだ。
さあ、少しずつでも進もう。

2009年4月16日 (木)

稽古が楽しい。

正味六時間半の稽古。
たっぷり稽古場で過ごす。

ストレッチから始まって、午前中はバーレッスンでじわじわと汗を流す。
ハードだけど、心地いい。
さんざん体を動かした後は、戯曲に書かれた言葉を、ひたすら唇にのせる。
自分の言葉にしようと足掻く。
それぞれが、それぞれの現在点を持っており、それぞれが現在の自分と闘っている。

その変化の過程を、足跡を、わたしは見逃すまい。

稽古場が楽しい。

仕事する幸せ。

プロが集まると、一気に仕事が進む。
その前には、一気に仕事を進めるための孤独な準備の時間もあるのだけれど、この仕事は、最終的には共同作業だ。幸せを呼ぶのも、人。痛み悲しみを呼ぶのも、人。
今日は、六本木から東京タワーを見ながら、一人、仕事先の事務所に向かった。
そして。
仕事を終えて、東京タワーを背に、魅力的なアーティストと六本木に食事に向かった。
……わたしに、軽やかな人生との闘い方を教えてくれるような、しなやかに強い女性。その人に、仕事のパートナーに選ばれる幸せ。
応えるために頑張ろうなんて思っていたけれど、頑張る前に、仕事は楽しかった。
彼女のレパートリーを勉強しなければって思う前に、夢中になって音楽を楽しんでいた。

仕事をするのが辛い時期があった。
人が、怖い時期もあった。
精神の痛みが、体の痛みになったりもした。
それが、今は、掛け値なく仕事が楽しい。
……色んな人に幸せをもらっているので、色んな人に幸せをあげなければ、とも思う。

2009年4月15日 (水)

進化が語る。

1日中、呼吸と発声・発音の話をする。
自分の横隔膜と知り合い、自分たちの発していた音がどんなメカニズムで生まれてくるかを伝える1日。
長い長い時間と、たくさんの俳優たちとの稽古から獲得した知識を、ひたすらに伝える。
音楽家のためのアレクサンダー・テクニークとボディ・マッピングは、呼吸と発音に関する経験値を体系的に伝えるときに、素晴らしく役立つ方法論。
俳優が、感情の記憶と肉体の記憶を再生するためのヒントが、そこにはぎっしり。

五十音を、母音と子音に分けて、何がどう働いて音が生まれるか、細かくチェックしていく。
こんなに複雑なことを、幼い頃から無意識にわたしたちは覚えてきたのだ。
わたしたちは、言葉を発するための進化を続けてきたのだなあ。
コミュニケーションをする動物なのだなあ、と、改めて実感。
演劇の勉強は、どこまで行っても人間の勉強だ。
言葉を発することにまつわる全てが、どこまでも神秘的で、知り尽くせない魅力がある。

2009年4月13日 (月)

旅する術。

週末の郊外は、まだまだ花粉の嵐ながら、ぽかぽかと素晴らしい陽気。
気持ち良く体を動かして、気持ち良く歌う。
昨年の10月から稽古毎にひたすら歌い続けてきたら、半年たった今、歌が変わってきた。
時間の、優しい効用。
カラオケでは絶対聞けない、日比谷でやっているミュージカルではほとんど聞けない、そんな歌をあそこで聞けるような気がしてきた。
いや、もう聞いてるな……。

私塾の方は、2日目を終えた。
相手と知り合いたいと思うと、つい熱くなってしまう。
まあ知り合ったばかりだと言うのに、長らく知り合っている俳優との稽古のように、ガンガンやってしまう。
わたしの長所でもあり短所でもあり。
のんびりいこう。

こんな時、思い出す、清水邦夫さんの戯曲のことば。

とにかくわれわれは動き出してしまったのだ。
ささやかながらも。
これを旅と呼んでいいのかもしれない。
え? 旅と呼んだっていいじゃないか?
だとしたら、ヘルマン・ヘッセ風に言って、
旅する術というものを学ぶべきだ。
目的だけをひたすらに追い求めるような視線には、
さすらいの素晴らしい風景や事件は、飛び込んでこない。
そんな視線の前には、森も、川も、ずっと閉ざされたままだ。
旅する者だけが持つ無心の輝きが、
憧れの星の前で色褪せないように、
足取りも軽く、時にはスキップもして、
世界のあらゆる輪舞の中へ入ってゆき、
踊り、ざわめき、歌いながらも、
愛する遠方にはきっちりと目を向けている。
それが旅する術だ。

2009年4月10日 (金)

無事、出航。

出会った乗組員たち。
偶然にも、
というか、
期せずして、
魅力的な人たちが集まった。

みんな、わかりやす過ぎないし、
それぞれが、皆、何かを抱え持って、集まってきた。

よく乗り込んでくれましたね、とお礼をこっそり言って、
わたしは、刺激的で実りのある航海を演出したい。

出航、間近。

POLYPHONICという船は、明日、無事出航できることになった。
俳優と、俳優を志望する人を乗せて。
どんな航海になるやら、漕ぎ出してみないとわからない。
なんたって、乗組員とは、明日がほとんど初対面なのだもの。

行き先の風景は朧。
きっと乗組員みんなが少しずつ違う風景を見ているはず。
そして、舵をとるわたしは、先人の見つけた航路をただ踏襲せず、
すすんで新しい航路を見つけながら行くつもりだ。
一日、一日と、真白き航跡を刻みながら。

面白そうなら飛び乗ろうとして岸で虎視眈々の人たち。
大丈夫、まだまだ飛び乗れます。

なんだか分からないけど、乗り込むことを決めてしまった人たち。
……今頃、緊張してるかな。わくわくしてるかな。
いよいよ、明日です。

2009年4月 9日 (木)

個人稽古を終えて。

個人レッスン。
「初めまして」から、1時間のカウンセリング。
そして、4時間、ほぼぶっ通しで稽古。
限られた時間で、伝えられる限りのことを伝えるための集中。
教える側も教えられる側も、かなり精一杯。
彼女は、稽古に興奮してわくわくしたと言う。
普通に生きていると、なかなか過ごせない、懸命な4時間だった。

明日は、マチネ観劇。
それにしても最近のミュージカルは、なんて高いんだろう。
ブロードウェイだって、ロンドンだって、ハーフプライスがあるし、
ベルリンでは、劇場まで足を運べば、半額以下の当日が買えた。
安い席を買って、2階の上の方から舞台を見下ろしていたら、案内のお姉さんが、「ほら、一階のあそこ空いてるから、後半はあそこで見れば?」なんて言ってくれたりして。(日本だったら、いい席に移ろうなんてしたらすぐに案内壤に注意されてしまう……。)
モスクワのボリショイでは、オペラを500円相当くらいで見たなあ。日本でチケットを手配していくと、○万円くらいするというのに。(それでも、劇場は観光客に毒されまくっていたっけ。あんなにフラッシュがたかれる劇場、はじめて見た。ひどい。今はどうだろう?)
芝居を観にいくのは、仕事の一部。
なるべくコネを使わないで、自分でお金を払ってみる。
そうしないと、何かが崩れていく気がするんだよな……。
いやあ、だからこそ、高いな、チケット代。
……なんとかならないのか? なんとかなりそうな気もするのだが、それはプロデューサーの仕事だな。
……うーん、今年は年頭から、あまりにひどい制作態勢を眼前にしてきたので、考えるにつけ空しくなってくる。


2009年4月 8日 (水)

稽古場探すぞ。

明日、若い女性の個人レッスンがある。
電話で話しただけの、初対面で、さてどれだけの稽古ができるか。
ちょっと気合いが入る。
わずかなりとも、たった一日ではあるけれど、とある人の人生にわたしが関わるのだ。

それにしても、このところ、ずっとずっと思っている。
稽古場探さないと……。
もう、何より、今は、稽古場だな。

欲しいって思い続けて歩いていれば何が出てくるか?
絶対、探す。
絶対、手に入れよう。

2009年4月 6日 (月)

出会って出会って。

週末はだいたい、埼玉県のはじっこまで出かける。
そこには、感じやすい娘たちや、ちょいと風変わりな青年や、熱い男や逞しい母たち。
熱血青春中年や心優しきおばさまたちや、我が母と同い歳の張りのある歌声の持ち主や……と、思いがけず出会った市民ミュージカルのメンバーが待っている。
わたしがそこに呼ばれたのも偶然、彼らがそこに集まってきたのも偶然。
偶然で集まっているのに、今や、もう家族のように親しみ、何やらお互いがお互いに正しく優しい。
面白いものだなあと思う。
そして、わたしの彼らへの第一印象というのは、かなり読みまちがったものだった。
自分を売ることに少しは慣れている俳優やタレントたちより、彼らはなかなか本当の自分を見せてくれなかったからだ。
ここで、人とじっくり知り合う経験に、わたしはずいぶん育てられたような気がする。
これからしばらく、また、出会って、出会って、だ。
エネルギーは使うけれど、醍醐味でもある。
しっかり出会いたい。
……しっかし、忙しいな。まだ逃げて手をつけていない仕事のことも考えると……ああ。しばらくは、儲けなんか考えないで、ひたすら求めてくれる人のところで働こう。

2009年4月 4日 (土)

再会。

昨日書き上げた準備稿でプレゼン。
好評のうちに、企画が動き始める。
……これからだ。
仕事終わりで、そのままトレチャコフ美術館展へ。

7年前、単身ロシアに向かったのは、トレチャコフでアドレイ・ルブリョフの三位一体というイコンを見るためでもあった。
モスクワに着いてすぐに向かった美術館の入り口で「グジェ ルブリョフ?」ルブリョフはどこ?と聞いて、教えられた部屋にまっすぐ向かって、邂逅を果たした。
持ち時間のほとんどをイコンの部屋で過ごしてしまったものだから、ほかの絵はほぼ素通り状態。もう一度行くつもりが、劇場占拠事件でリズムが狂ってしまい……。
忘れえぬ女として有名な絵とも、チェーホフとも、再会を果たした。
この絵のキャンバスの向こうに、かつてチェーホフがいたかと思うと、絵の具の盛り上がりのささいなタッチにさえ、愛情が湧いてくる。

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2009年4月 3日 (金)

笑顔が溢れると、神様も微笑んでくれる。

朝から、野心的なミュージカル仕立てのショーの構成台本作り。
歌い手と、わたし、二人で熱い打合せ。

一日で10万枚を売ったという伝説のヒットソングに向かって、物語で歌を編んでいく。

内容を決め込むのに何日もかかるかと思っていたのに、アイデアを出し合っていくと5時間ほどですでに梗概が見えていた。

浮き沈み、苦あれば楽あり、道は平坦ならず、見渡せば敵ばかりで、人生は甚だ厳しい。
彼女の半生は、あらゆるモチーフの詰まった大河ドラマのよう。
それでも、どうでも、いつでも、笑顔を忘れない。

「笑顔が溢れると、神様も微笑んでくれる!」
という、彼女の言葉が、わたしの想像力に拍車をかけてくれた。

帰宅して、台本にまとめあげること5時間。

明日は、これをたたき台に、音楽プロデューサーも交えて打合せ。

2009年4月 1日 (水)

いよいよ4月。

個人レッスンは昨日で終わり。
たった4日間のレッスンだったが、打ち上げと称してプロデューサーと一緒に三人で美味しいイタリアンとワイン。集中力のあるいい稽古だった。
さて。
4月を迎えて、まず1週目はぎっしりと新しい仕事が詰まっている。
商業演劇の大きな流れに組み込まれていると、仕事があるのは割と当たり前のことで、スケジュール帳は自動的に埋まっていった。
それが流れを離れた今、すべて自分で決めなければ動き出さない。
誰かがわたしを指名してくれなければ始まらない。
仕事があるというありがたさが、身に染みてわかる。
そして、10日からは、いよいよ私塾が始まる。
企画をたて、HPを作り、チラシを作り、色々な広告を試み、募集要項を作ったり、稽古場を押さえたり、かなりかなり大変なことだったが、いよいよ始動するのだと思うとウキウキする。
新しい人たちと出会い、
週に6日は必ず稽古場にいるという計画が実現する。
始動したら、今度は、いつ劇場に入るか公演を打つかという、お楽しみであり試練でありが、待っている。
とにかく、せっかくわたしのところに来てくれる人たちの出会いを大事にすること。
かけがえのない時間を、プレゼントし続けること。
稽古場には、今まで一緒に仕事をしてきた俳優たちも遊びにくる。
開かれた場で、激しく厳しくおおらかに、演劇を楽しもう。

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