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2009年6月

2009年6月30日 (火)

虹とわたしのかくれんぼ。

◆ゴールドシアターを見る。生きていること、生きている時間はやがて終わることに、ぐらぐらと心揺さぶられる。ケラさんの本が素晴らしい。なんであんなに足取り軽く劇的時間を歩けるのか。もう、やられたといか言いようなく。帰り道、何度も台詞を反芻する。
アンドゥを演じた中野さんは、人生への執着を飄々とかつ骨太に演じ、我が母や父の青春、やがて来る死を思わせて、涙が止まらず。
蜷川さんに、静かに敬意を表して帰ってきた。


◆久しぶりに秩父に出向く。大好評だったコンサートを振り返りながら、すでに10月公演を見据えて過ごす。
帰り道、急に雨に降られたと思ったら、あっという間に陽が射した。
その早業が、なんともクリアな虹を呼んできた。
7色はっきりと見えるきれいなアーチを見ながら、ACCIDENTSとイサムさんの戯曲を思う。
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見つけ出せなかった七つの虹は、恋にも化けたし、夢にも化けた。……虹とわたしのかくれんぼ。かくれながら、探してくれる誰かを待っていた。……虹を探しながら、かくれている誰かを待たせていた。……もういいかい? が聞こえるけれど……もういいよは、言わないわ。

この台詞で終わるオムニバスは、7本の短篇で成っていた。
いちばん若い出演者に、「7本は、虹だったんですか?」と、公演後聞かれたことを思い出す。

◆毎日、稽古をしている。
4つのグループというか、団体と、継続的に稽古を続けている。
今年は、俳優教育を本格的に志した一年目だから、とても幸せな状況なのだが、どれもまだ公演を見据えた稽古でないため、モチベーションを保つことにひどく苦労する。

明日は、POLYPHONICで、これまで3ヶ月やってきたの総ざらえをする。
わたしが彼らに3ヶ月で何を伝えられたのか、過ごしてきた時間を問う。

2009年6月28日 (日)

アンナの力。

アンナ・ポリトコフスカヤの裁判、その後。
以下、asahi.comからの引用。

【モスクワ=副島英樹】ロシアのプーチン前政権への批判で知られたアンナ・ポリトコフスカヤ記者が06年に殺害された事件で、ロシア最高裁は25日、被告全員を無罪としたモスクワ管区軍事裁判所の判決を取り消し、審理を差し戻した。検察当局が上告していた。ただ、被告の中に事件の首謀者は含まれておらず、当局側が黒幕を解明しないまま「有罪」を勝ち取ることで事件の幕引きを図ることを、遺族側は警戒している。

 銃撃を手配したという元内務省職員と見張り役とされる男2人の計3人が起訴され、軍事裁判所の審理では陪審団が証拠不十分などとして無罪評決を出した。最高裁は無罪取り消しの理由として、「目撃者証言が検察側によって曲げられた」など被告側弁護士の違法な発言が陪審員の判断に影響を与えた——など手続き上の問題を挙げている。

 この事件は、ロシアの言論状況を象徴するものとして国際的に注目されている。同記者の死にはロシアの現体制に責任があると考えている人が多いため、政権側が誰かを有罪にして幕引きを図ろうとしている、との見方も出ている。

 遺族とその弁護士は25日、再審理ではなく、捜査自体のやり直しを求める声明を出した。


記事中では「との見方も出ている」とあるが、「チチェン やめられない戦争」「プーチニズム 報道されないロシアの現実」「ロシアン・ダイアリー」と彼女の著作を読み進めてきたわたしは、そうに違いないと確信する。
彼女の勇気と、平和を希求する強靱な精神は、死してなお、ロシアの闇を揺さぶり続けている。
わたしは、ただ、アンナに関する報道を追い、彼女のような人がいたことを、人に伝えていくくらいしかできない。それでも、どれほどか大きな「闘う勇気」をもらっている。

負けそうになった時、思い出す女性二人。
レニ・リーフェンシュタールとアンナ・ポリトコフスカヤ。


追記

今回の顛末についてのモスクワ新聞の記事
英ガーディアン紙
(チェチェン総合情報annexより。)

2009年6月27日 (土)

覚書。

◆ガラスの仮面で知り合った装子さんのコンサート、成功に終わる。
ほんの少し手伝っただけなのに、短い時間のパートに、思い入れ満載。
商業演劇で一緒になるだけでは見ることのできない、闘う姿が好ましく、大事な初コンサートを迎える時間に、少しでも役立つかしらと思いながら過ごす。
気持ちのいい時間だった。
秩父でも常々感じる、歌の力。歌を生きる時の喜び。

◆今日も一日中の稽古。午前中から、かなり激しく。
このところ、俳優をかきたてるために、経験値からエチュードを引きだしてくるのだが、どうも暴力的で激しいものが多い。まずいなあと思いながら、俳優がうまく変わってくれたり、魅力的なものが出てくるのでやめられない。心と体に傷がつかないようにと、いつも気をつけてはいるものの、思わぬ怪我がないかと、帰ってから心配になる。

◆マイケル・ジャクソン、50歳で急逝。
……スリラーが出た頃、わたしは大学三年生だった。時代、ドンぴしゃ。
レコードは全部、物置に眠ってる。
人の一生の曲折に、何やらもの悲しくなり、ニュース映像を視界におさめながら、しばし呆ける。

◆わたしの現在は、かなり新しく出会った人たちで成っている。ほとんどが、ここ1年で出会った人たちではないか……。出会う人出会う人、大事な人になって、これからにつながっていきそうな予感に満ちている。
古巣を離れて、あえて、これまで一緒に闘ってきた人やお世話になってきた人から離れてやってきた。
30年この業界にいるわけだから、一緒に頑張ってきた人たちがたっくさんいる。時々、もう身もだえするくらい会いたくなるスタッフや俳優がいたりするのだけれど、今はなんだかやせ我慢して、新しい世界に身をおいている。……もちろん、わたしがもうちょっと態勢を整えたら、彼らに仕事を頼めばよい話なのだけれど、うーん、経済的には遠いな。
……明日は、古巣の公演へ。


2009年6月23日 (火)

日々。さらに。

Amazonに注文していた村上春樹さんの新作が、ようやく届いた。
エルサレム賞の影響か、出版社の戦術に乗せられてか、こんなに売れるのもどうかと思う。
「ノルウェイの森」が売れすぎた時も、何かイヤな感じがあった。
村上さんにとって、小説を書くという行為(或いは欲望)は、果たして、人口に膾炙することに結びつくだろうか?
そして小説を読むということは、人にとって、いったいどういう行為(或いは欲望)なの?


ヘアスプレーを厚生年金にて。
アパルトヘイト問題をミュージカルで、が作品創りのスタートラインだとしたら、よくぞここまでキュートで楽しい作品になったものよと、感心する。
60年代のボルチモアが舞台。主人公のよーく太った女の子が、朝目覚めて「Good Morning Baltimore」を歌い出すところから始まる。
晴れやかな朝の歌には、コートを突然広げて局所を女性に見せて興奮する類の露出狂だの、朝まで酒に溺れて「俺の人生失敗だぜ」って感じでパブの薄汚れたガラス越しに濁った目で街を眺めるおじさんとかが、主人公が愛する街の、お決まりの朝の風景として登場する。
え?って思う。この、自分の街を愛するパワーって、何なの?
景気が悪いとか、治安が悪いとか、出来そうな人間は他の街に流出してしまうとか、そんなことおかまいなしに、「わたしの街!」と歌う底抜けの明るさに、冒頭からわたしはやられてしまった。

それにしても、いい曲ばっかりだな。
余計な欲がない。シンプルなリズムとメロディー。ここには、小さな日本人であるわたしまでが愛してやまない、アメリカの音楽がある。
歌い踊る登場人物たちの向こうに、ELVISの姿が、ボルチモアという小さな街の夢の向こうに見えてくる。
そして、ELVISの無残に壊れてしまった夢が人生の痛ましさを喚起する。

人生という奴は複雑なので、作品を作る時に、どこまで多面的に深く光をあてるか、その加減が問題。
ヘアスプレーは、シンプルに、難しいことは抜きにして、ざっくりと、まばゆい光度の光をあてる。
それがいい。その先の想像力は、観客の中にある。

映画版も見たが、何と言っても、クリストファー・ウォーケンの父ちゃんがいい。「ディアハンター」のクリストファー・ウォーケンが、びっくりおもちゃの店主を。ミシェル・ファイファーに言い寄られて目をくりくりさせているなんて。そして、ジョン・トラボルタの母ちゃんと歌い踊る。トラボルタと言えば、サタデーナイトフィーバー、わたしは高校の修学旅行で、「Night Fever Night Fever」と歌って踊っていた世代だ。タランティーノのキャスティングで復活してきた時も嬉しかったっけ。
なんだか、懐かしい家族を見るようなほんわりした気持ちで、「Timeless to Me」を聞く。

***

人と出会うのは、大いなる喜びである反面、人生には「どうしようもないこと」があるのだと認めざるをえない悲しみになることもある。

4月から新しい生活に入って、人と出会うことの喜びと悲しみの両極端を経験し続けている。
そのどちらも、自分自身を映す鏡だと思って受け止めなければ。

その悲しい方がやってきて、かなりかなり落ち込んで帰宅して、玄関をがちゃりと開けて、電気をつけて、二階の自分の部屋にあがろうとして、なんというか、とんでもなく素敵なものと対面した。

わたしは、劇場占拠事件に遭遇してしまったロシア旅行以来、愛情や怒りや疑惑や、複雑な思いをロシアという国に抱えているのだが、そういう複雑さと全く無縁に、ものすごく単純に「マトリョーシカ」という人形が好きだ。
人形(ひとがた)が人形を内包する、あのフォルム。旧態依然の絵入れ。キッチュだ。
ロシアで買ってきたものは人にあげてしまったので、ずっと「欲しい欲しい」と思っていたものが、
突如、階段に一体ずつ並んでいた。

普通、マトリョーシカは、横に並べる。そして、並べるだけでパースがつくものだから、同一平面に置くのが普通。
それが、階段に一体ずつ、小さい方から大きい方へ、上へ上へと、導くように。
不細工な顔したちびから、すました大きい子まで。
みんなわたしを待っていた。
視線を感じる。
目の前から、斜め上から。
パースペクティブのちょっとした魔法。

家人の父が船乗りで、ロシア行でたくさん入手したらしい。実家から送ったもらったものを、並べて待っていてくれたわけだ。
思わぬプレゼントに心が躍った。

それ以来、マトたちは家の階段の常設展示になった。
慌ただしい朝、ダン・ダン・ダンと駆け下り駆け上がっていた階段を、視線を感じながらのんびり歩くようになった。

幸せは、難しそうで、時に簡単。
でも、幸せって何だろう?
わからないので、また明日も頑張る。

2009年6月11日 (木)

静謐への憧憬。

2009年が始まってから、創るときも導くときも、激しさが売りみたいに暮らしてきた。
「熱い」とか「激しい」とか「燃える女」とかいう言葉で、わたしはここのところ形容される。
それは、仕事するわたしにとって、偶然でも意図でもなく、必然だった。闘うために、安易な優しさから逃れるために、淡い欲望が好みじゃないがために。

昨年までは、我慢するとか抑えるとか自分を隠すという虚勢の生活が続いて、それに疲弊して新しい生活を選んだわけだから、自由に激しく生きるのも、まあ、当然なのだが、そういう自分は、実はちょっと気恥ずかしい。

グルジアの画家ピロスマニの絵が、ふとしたことで目に飛び込み、わたしに正対する人々や動物のまなざしにイコンを思い出し、またまたやるべきことそっちのけで、ロシア正教のイコン画集を取り出して延々眺めた。

トレチャコフ美術館でのアンドレイ・ルブリョフ「聖三位一体」との邂逅の記憶。
画集の印刷された色は、まったく別物といっていいほど再現性に欠けている。それはただ、記憶を呼び戻すための糸口に過ぎないけれど、眺めるにつれ、自分がこの目で見た光り輝く色への畏怖心が蘇ってくる。
そして、イコン全体からにじみ出る寡黙な強さ。溢れる感情の抑制。饒舌な人生を包み込む静謐。

わたしは、そうだ、こんな風なものが、とても好きだったのだと思い出す夜。
また、今は激しく熱く饒舌で過ごす自分が、たとえ道化のように思えても、それが必然なんだと信じる夜。
まったく、毎日毎日、自分が何を選んで進めばいいのか、相変わらず迷路を行く。
行動量と熱量は、自分の小さな選択の堆積を後悔しないための手立て。

静謐な生活への憧憬を秘めて、明日もわたしはきっと、走り、血をたぎらせて、吠えるのだ。

2009年6月 9日 (火)

わたしに出来ること。

市民ミュージカルの舞台稽古、本番と、めまぐるしい週末。
いつものことだが、本番直前までは、一人きりの闘い。本番を迎えるにあたり、スタッフが揃って、ようやく人のありがたみを知る。感謝すべき人たちがたくさん。ありがとう。
東京からずいぶん離れた場所に、一流過ぎるスタッフが揃った。
石丸組は大変だけれど楽しい、燃える、と言われ、またありがたく、そして少し師匠を思う。

思えば、訳詞→打ち込み→カラオケ制作→稽古の順で、一曲一曲つくりあげてきた。
家のパソコンと電子ピアノのある小さな仕事部屋から始まって、たくさんの人を巻き込んだコンサート。
昨日の本番は、感動的。
誰しもが、本番で最高の姿を見せてくれ、緊張を乗り越えて、伸びやかな歌声を聞かせてくれた。
歌いきるまでの、様々な苦悩やドラマが蘇って、胸は熱く。
本番ってやつが好きだ。
本番でしか得られない、味わえない、たくさんのもの。
ああ、それにしても、歌は、いいなあ。

今日は、新しいプロジェクトの始まり。
新しい人たちと出会って、第一回目のワークショップ。
ドロドロに疲れているはずだったのに、心は熱く、体は軽やか。
一芸に秀でた人たちの集まりに飛び込んで、幾つかの角度から、演技を検証する。
歯に衣着せぬわたしの言葉で、傷ついた人もいるかもしれないけれど、そんなことくらい軽やかにはねのけて、ゴリゴリ押して、前に出てきてほしい。
愛情を持ってつきあうぞ!と責任を感じて飛び込むと、だいたいわたしは激しくなる。それを根拠のない強引さだと思われると、失敗。心が一瞬でも通わないと、稽古場が息苦しい精神疲労の場になってしまう。
さて、今日はどうだったか。
いつも、不安と背中あわせ。
依頼主に、感動しましたと言われ、胸をなでおろす。
わたしに出来ることは、まだまだありそうだ。
そう信じて、また、明日。

2009年6月 3日 (水)

何かよいものを。

今週末の、本番当日パンフレットだのMC原稿だの、やるべきことが山積みだというのに眠くなる。
仕方ない早起きしてやろうと、ベッドに入って、来週の仕事のための映画をiPod touchで見始める。
面白すぎて眠れなくなる。

ワークショップで使う「コーラスライン」を見直した後、映画館で見逃していた「ブロードウェーブロードウェー」を。「コーラスライン」再演オーディションのドキュメンタリー。
俳優としてオーディションを受けてきた記憶、これまでオーディションの審査員をしてきた記憶。
わたしの記憶庫がぐらぐら揺さぶられて、心臓が音を立てる。落涙して放心する。そこに、オーディションにまつわる全てがあった。
才能があるからといって受かるとは限らない。
優秀だからといって受かるとは限らない。
努力したからといって受かるとは限らない。
最終選考に到るまでは可能性や将来性や見込みで残されることがあるけれど、最終選考では、ただただ、そのときのその人がジャッジされる。
その日、審査員を動かした人が、役を得る。
……ポールの役を求めてオーディションにやってきたジェイソンの演技が素晴らしい。オーディションだなんて信じられない、他者の言葉をしゃべっていたなんて信じられない、哀切な肉声に、審査員が涙する。「僕が泣くなんて信じられない」と言いながら。審査員と役を求める俳優の最高の出会い。

もうずっとつきあい続けてきたサウンドオブミュージックも、ようやく今週末観客にお披露目だ。
わたしの訳出した言葉たちが、チームのメンバーの心と体を借りて弾みだす。
ピアノを弾いてくれることになった大先輩は、そのスコアの完成度に感動していた。やっぱり古くても、いいものはいい。わたしも一音一音スコアから打ち込みをする中で、作曲家の聞こうとした音を追いながら、ずっと感じていた。
いいものはいい。
時間と愛情と人生がたっぷりかけられた作品たち。
「コーラスライン」だってそうだ。
マイケル・ベネットが初演を開ける時の、愛情とエネルギー。それこそが彼の人生。

***

わたしは、もう若くはない。
おかげで、あせったり嫉妬したりという面倒な感情から、わずかに解放されつつある。
どうせ、乗り遅れているのだから、どうせ、かなり失敗の人生なのだから、何かよいものを作ろう。
時間と愛情と人生をかけて。


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