« 2009年6月 | トップページ | 2009年8月 »

2009年7月

2009年7月28日 (火)

訃報。

川村カオリさんが亡くなった。
面識があったわけじゃない、
長くファンだったわけでもない、
それでも、悲しい。

昨日、竜巻のニュースを見ながら、
ぼんやり、死にたくないと思った。
夜更け、明け方には、
祈るように死にたくないと思っていた。
そんな翌日、
どうしても死にたくなかっただろう、
人の死を知る。

彼女のブログに、
わたしが敬愛するタゴールの詩が紹介されていた。


危険から守り給えと祈るのではなく、
危険と勇敢に立ち向かえますように。

痛みが鎮まることを乞うのではなく、
痛みに打ち克つ心を乞えますように。

人生という戦場で味方をさがすのではなく、
自分自身の力を見いだせますように。

不安と怖れの下で救済を切望するのではなく、
自由を勝ち取るために耐える心を願えますように。

成功のなかにのみあなたの恵みを感じるような
卑怯者ではなく、失意のときにこそ、
あなたの御手に握られていることに気づけますように。

(ラビンドラナート・タゴール『果物採集』より 石川拓治訳)


あまり、言葉を発したくない夜だ。
明日になれば、稽古が始まって、
わたしはこれでもかと言葉に頼り、言葉で人を導く。
でも、タゴールの或る詩によって、
いつも自分を見つめ直すことになる。
仕事に疲れると、いつもこの短詩を思い出すことになる。


死んだ言葉の塵がお前にこびりついている
沈黙によってお前の魂を洗え。

(山室静 訳)


黙して、祈ろう。

突風。

ああ、わたし今、死にたくないなあ。
人並みに、死んでやるなんて思った青春もあったけれど、
今は、死にたくないなあ。
生きても死んでも大してちがわねえよと嘯いたこともあったけれど、
今は、死にたくないなあ。
目の前に、楽しくてしんどそうなことが山積みで。
目の前に、守ってあげなきゃいけない人がいて。
死にたくないというのは、幸せなことだなあ。
でも、いつ死ぬかわからないから、人生だぜ。

2009年7月26日 (日)

やばい。

ずっと先の仕事だけれど、
準備を始めた仕事のテーマが、
「愛」で、
わたしはここのところ、
「愛」のことばっかり考えて過ごしている。

「愛」のことなんか考えていたら、
痛かったり、苦しかったり、辛かったり、大変なわけで。

本屋に行ったら、
過去と未来の「愛」を求めて、
大きなお札二枚くらいぽんと出しちゃうし、

今日なんか、
夕食の買い物のスーパーで、
「愛」のことばっかり考えていて、
レジを終えてかごを見たら、
食パンのつもりが、いちごジャムパン、
卵の20個パックを2パック買っていた。
うちに10個あるというのに。

ごはんを作っていても、
懲りずに「愛」について考えていて、
メンチカツを作ったものの、
揚げてから味付けしてないことに気づき、
食後洗い物をしていて、
出し忘れたおかずが一品フライパンに眠っているのに気づく。


やばい、
わたし、やばい。
やばいでしょう、わたし。

2009年7月19日 (日)

「チェンジリング」

二曲目の構想と歌詞をあげようとするも、自分に火をつける何かに欠ける。
このところ、過去の名作ミュージカルナンバーを聞きすぎていて、
何か自分が練り直し作業をしているような思いに囚われたからか。
昼間、若き演劇人と会った時の自分に嫌気がさしたからか。

3時半にベッドに入り、
すでにMacのディスプレイを眺めすぎてしょぼしょぼした目で、
映画を見始める。
薦められていながら見逃した「チェンジリング」。
見始めると、ドラマの虜になり、見終えるとすっかり朝。
2時間半で、これだけのことを語ってしまう映画。
映画の時間。
連れ去られて2時間半。
誕生は悲劇の幕開き。生きているだけで悲劇。
悲劇のただ中で、喜びや笑顔を見いだそうとする人たちの、
凛とした立ち姿。
時に笑顔。
実体を失いかける愛情。
希望として蘇る愛情の実体。


わたしは、自分の仕事で、
次に立ち向かう2時間で、
その次に立ち向かう2時間で、
何を語るのか。
呆けたように考える時間は、
無駄に過ぎていく。
今日も、朝がきた。
空はすでに、白と空色に塗り分けられた。


タゴールの短詩、二篇。

「すべての嬰児は神がまだ人間に絶望してはいないというメッセージをたずさえて生まれて来る。」

「水に住む魚は黙し、地上の獣はかしましく、空の小鳥は歌う。しかし、人間は彼の中に海の沈黙と地のざわめきと空の音楽を持っている。」

2009年7月17日 (金)

ふくふく。どきどき。

市民ミュージカルの新作に向け、
一曲目を詞先で発注したのが2日前。
それが早くもあがってきた。
「出来ました」のメールから30秒後にはもう聞いてた。
……いいんだ……これが。
ああ、興奮してきたよ、わたし。
ものすごく実験的で大胆な作り方をしようと考えている公演だけれど、
こんな風に音楽が、軽やかな足取りでやってきてくれると、
なんだって出来そうな気がしてくる。

これって、ものすごく贅沢な遊びみたい。
演劇も、音楽も、わたしには、くそまじめに人生かけてきた遊び。
やめられないわけだよ。

今日は新しい歌との出会いにふくふくしながら、
明日また訪れる予定の新しい出会いにどきどきして、夜を過ごす。

2009年7月16日 (木)

淋しくないし、楽しいし。

久しぶりの休みは一日宅内仕事だった。
今日ばかりではなく、いつもいつも細々とした稽古の準備やメールの送返信などの雑務に追われている。
これからは、10月秩父の楽曲発注と台本製作で、もっと追われる生活になるのだろう。
でも、あまり苦だと思っていない。
苦どころか、楽しい。
人は、このわたしの生活をかなり淋しいと見るかもしれないが、わたしは楽しい。
演劇と音楽に関わっていられれば、今のところ、それでOK。
ただ、もっと劇場に入りたい。
今年は年頭の仕事がそんなこんなで飛んだから、短い公演が二つだけ、計1週間ほどしか劇場にいない。
淋しすぎる……これがやるせない。
稽古場にはほぼ毎日いるけれど、劇場が足りない。本番が足りない。
今年は、覚悟の上で俳優教育を真面目に始めた訳だし、このまま淋しさこらえてやっていく。
来年は、がんがん劇場入りしたい。
準備にいそしむぞ。


作曲家に選んだ若き音楽家と、これから8月末までに12曲ほどあげる予定。
彼の資質として、どうも曲先が増えそうだ。
新しい曲がやってくるのを待つって、なんてワクワクすることだろう。
この間の訳詞から、詞の評判が至ってよいので、気分よく恐れ知らず、歌詞をはめていこう。これも楽しみ。

2009年7月11日 (土)

夜の読書。

毎日毎日、稽古稽古。アウトプットばかりしている。
出しても出してもまだまだなくならないので、いいのだが、ちょっとストレス。
で、いきおい、眠りを削って読書してしまう。

今夜はカズオ・イシグロの新作。
「わたしを離さないで」に泡だった記憶が四年経っても生々しく。
この度は軽めの滑り出しだが、音楽を軸に綴られているので静かな夜にふさわしい。
今日は、雨の音も風の音もしない。

音楽を言葉で読み始めると、「われらが歌う時」を再読したくなる。
春先に読んだばかりなのに。
音楽を、ああも美しく言葉で紡ぐ小説をわたしは知らない。
活字が並ぶページから、立ち上っていく五線が何度も見えた。
たゆたう五線のリボンは、たくさんの人をくくり込んではするりとほどける。
時間の摩擦で破れ、切れても、幻肢のように愛の記憶をまたくくり込む。
そして、彼ら有色人種の物語を追っていると、「もうひとつの国」に戻りたくなる。
以前読んだのは、どろどろの三角関係の中で喘ぎ喘ぎ生きていた時期だった。
朝から晩まで、舌も足ももつれてた。
「そんな時は、お前、あれだよ、ボールドウィンの『もうひとつの国』を読めば面白いよ」とわたしに進めたのは蜷川さんだった。
その読書は、忘れられない体験になった。
……今のわたしじゃあ、なんだか、怖くて再読できないな。
未整理な自分は、面倒くさくて二度と会いたくないタイプだけれど、時折ひどく懐かしくなる。
社会に適応した今の自分が、なーんだかつまらなく思えてくる。
イヤだな、こうして夜中に、心も体もうずうずしてくるのだ。

2009年7月 6日 (月)

幻の終演。

秩父に出かけて、ひょいと、6月頭のコンサートのあれこれが蘇った。
一人では現場進行しきれないと思ったので、SUPER MONKEYで知り合い、ACCIDETNTSで舞監をやってもらった山本さんに、またお願いをした。
心優しく気配りができて、仕事に熱い彼は、またしてもわたしを大いに助けてくれた。
甘えられる人。仕事好きな頼れる男。
そんな彼と秩父のリハーサルで久しぶりに会った時、
「今頃、大阪二日目ですよ。なくなっても、やっぱり一緒に仕事してることになってましたね。」
と言われ、わたしはハッとする。
喪われた公演、SUPER MONKEYの大阪松竹座のことだった。
「そうか、今頃、大阪だったんだ」と感傷的になる暇もなく、大変なリハーサルに突入して忘れていたのだが……。
今日、蘇ってきたのだ。
あの喪失感が。
7月になり、すでに大阪大千秋楽も過ぎた。
ようやく終わったのだと実感する。

でも、あの喪失が、今は出会いの喜びに変わっている。
ジュディさんとは、公私にわたってのおつきあいをさせてもらっている。
山本さんには、これからわたしの公演がある限り、声をかけ続けるだろう。
ACCIDETNSで、深く関わり合った俳優たち。
ACCIDENTSで「侵入者」の女を演じてわたしをイカセた女優は、POLYPHONICに来てくれている。
G-Rocketsとのつきあいも、改めて始まった。
中川くんとも、これから機会ある限り、一緒に仕事をしたい。

こんなにわたしの人生を変えた仕事も珍しい。
上演されなかった、幻。
7月を迎え、怒濤のような半年を送ったなと、振り返る。

« 2009年6月 | トップページ | 2009年8月 »