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2009年8月

2009年8月28日 (金)

日常の、ささやかな。

ああ、ご飯を食べたらすぐ仕事、寝て起きたらすぐ仕事、休む間なく仕事しているのに、時間はそれでも全然足らない。
仕事自体がすべて楽しいという幸福な状況、或いはワーカホリック状況。
時間が欲しい。

そんな中、来年の打合がてら、古巣の稽古場に出向く。
かつて仕事をした人たちばかりの場所で、
会えて嬉しいと抱きついてくる美しき女優たちの笑顔で、
あの不遇な時代にあっても、わたしはちゃんと仕事を重ねてきたのだなと、傷ついた過去の傷が癒えるよう。
会ってこんなに喜んでくれるとは、と、こっちが感動。
古い仲間たちも相変わらず。
人生、短いようで長いから、みんな元気だったり、元気じゃなかったり、それぞれの時代を生きている。ほとんど会うことがないのに、彼らがいるからわたしがいるなんて、泥臭いことを言いたくなってくる。
相変わらず頑張っているスタッフ仲間に敬意を表し、こんなに素敵なところに背を向けて歩き出した自分に活をいれる。

夜はトラム。
緊張感のある男4人の芝居。
カガワさんの自由さと、人間と人生を愛している人独特のユーモア、肩の力の抜けた生命力に感服。
「桜の園」でご一緒して以来、わたしは彼の大ファンだ。
中川くんは、がさつな言葉を吐けば吐くほど、かえってピュアなハートが見えてくる希有なキャラクター。歌わなくっても、ちゃんと一人の人間を信じさせていた。
ずぶ濡れになった子犬が、一生懸命からだをぶるるぶるると揺すって、水をはね飛ばしながら、震えているよう。薄汚れて、冷え切ったからだの中で、心臓が熱い鼓動をたてているような。
かなり辛い夏、辛い稽古だったようだけれど、いい仕事ができてよかった。
楽屋で、カガワさんに、自分の近況を。
この歳になって新しいことを始めようとするわたしに、
「遅いことなんてないよー。いつでもそれがスタートなんだから−。素敵じゃない。応援するよ。」と、なんとも言えない、開いた心、開いた笑顔、開いた声で、言ってくれる。
ふと、思い出した。昔、とある仕事があまりに理不尽で辛く、頑張っても甲斐ないことをこぼしたら、
長い知り合いのカツムラはこう言ってくれた。
「きっとさあ、今やってることがお前の足腰になってるよ。」
サッカー好きらしい言葉だ。奴はそんなこと忘れているだろうけれど。
いい俳優は、時として、深く激しく優しい。

劇場で偶然会った、ミホとシズカ、二人の若き女優を連れてごはん。
すでに売れている女優と、これからの女優、二人ともを愛しているわたしは、ただひたすらに彼女たちの幸運と成功を願う。稽古場では厳しいが、外に出るといつもわたしは母だ。(昔は姉だったのに……)

ああ、まだ仕事を残しているというのに、またこうして書いている。
でも、忙しいからこそ、時折、書き留めなければ。
日常の、なんでもないことの、ささやかな、喜びを。

2009年8月26日 (水)

光。

ものすごく嬉しいことがあった!
久しぶりに家の中が明るい。
わたしは光を探し求めていたのだな。

今日は台本と作詞作業にまったく手が回らず。
来年の計画を考えることと、事務作業でまた朝を迎える。

明日は、先の打合をしつつ、古巣の稽古を見て、
夜は、歌わない中川くんの芝居を観る。
大好きな香川さんとも久しぶりに会えるので嬉しい。

……さて、眠りが足りるか。

2009年8月24日 (月)

窓。

陽の高い間は、家の中に心乱れることばかり起きる。
人が寝静まる頃、ようやく、言葉が積もり始める。

何もかも少しずつ進み、実っていく。
何もかも少しずつ後退り、壊れていく。

どちらかだけ止めることは出来ない。

せめて窓を開け、ひと晩のうちに淀んだ空気を押し流そう。

2009年8月23日 (日)

興奮状態。

昼間は事務に追われ、
夜は家人の調子が悪く一緒に過ごし、
深夜になって、さあ取り戻すぞと気合いをいれて一太郎を開いたら、
なんだかさくさくと進み。
気がつけば、あら、もう8時前なのね。

現在進行中の4つの仕事が、4つのフォルダになって、デスクトップに並んでいる。
TO DO管理も、メモしているだけでは追いつかなくなって、GTDに基づくソフトを購入。
取りこぼしがないように自己管理。
しかし、整理分類より、何より、実行。


早く眠ればいいのに、まだ何か興奮状態。


あ、そう言えば。
夕飯の支度をしようとしたら、
パンパンドンドンって、かなり激しい音。
雷?……いや、花火だ!
我が家のベランダから4階相当の屋上に上ると、
見える見える、多摩川方面に花火!
家人も呼んで、しばし見物。

この夏は、仕事から帰ったら家に缶詰で仕事。
朝まで仕事して、起きたらすぐ仕事に出向く。
こんな暮らしだから、花火なんてもちろん初めて。
海は、ギリシャ公演でエーゲ海に行ったきり、
もう何年も行ってないなあ。

ないない尽くしの暮らしの末に、
楽しい演劇の時間が、ちゃんとやってきてくれるかしら?

2009年8月16日 (日)

朝の色。



美しくも。
禍禍しくも。


新宿の朝が燃えていた。


Asa3


Asa1_3

同じ朝はない。
ひとつとして。

別の日の、朝の色。


Asa4_2

そしてまた、あれこれ。

●一緒に仕事をしようと思っている若き演劇人の公演を観にいく。
深い愛情を知っている人だけが持つあてのない怒りと苛立ち、が、言葉という武器を得て世界を切り開き、観客に見せつける。自分が愛し溺れた場所を、人々が見捨てた場所を。隣人が忘れた場所を。世界が背を向けた場所を。己の痒い場所、他者の掻き毟った場所を。
きっと彼は、演劇界を拓いていく人になるだろう。
言葉で。
公演中に、ほめるにしてもけなすにしても、人の芝居をあれこれ言うのは趣味じゃない。
批評家には、一生なりたくない。
でも、感動したのだから、最後の幕を閉じたら、一観客の思いを伝えよう。
つたない言葉で。

●稽古では、若い人たちと一緒に体を動かす。
いや、うちには50代も60代もいるから、40代のわたしも身をもって運動量をはからなければいけない。
そして、発声も一緒にする。演劇のための、そして歌のための、まあ、とにかく、声で表現をするための。
わたしは歌唱はプロではないが、最初からうまくはない人だからこそ出来る教え方がある。
声に関わることなら、なんでも教える。
知ること教わることがあったら、なんでも知りたい、教わりたい。
声を知るなら、声を発すること。己の声を聞くこと。骨伝導から、空気伝導から。
……と、なんでも一緒にやっていたら、ありがたいことに、体にも、声にも恩恵がある。

発声に、サウンドに出てくる「Do-Re-Mi」と「Do-Re-Mi Encore」を使っているのだが、これのいいところは、地声のレンジが狭い女性陣が、その日の自分の調子を知りやすいところだ。
使う音は、ドからレCからDまで。音の名前をそのまま歌うので、自分が何の音を歌っているか歴然。

わたしは、地声で使える音域はCまで。
これだって、俳優をやっていた20代は、Bまでだったのだ。
調子が悪い時はA止まり。
本当に狭い。情けなかった、悲しかった。
それが、人に発声を教えるようになってから、Cまで伸びた。
これは、そりゃあスゴイ感動だった。
泣いた。うれしくて。
教えの帰りの電車の中で。

それが、先日とうとう、稽古中、伸びやかにDを鳴らす自分と出会ってしまった。
なんだか、もう、歌う喜びが体中を熱くして、興奮を抑えるのに大変だった。
50代を前にして、こんな成長があるなんて……。
わたしは、信じる力を武器に、俳優たちと歩こう。
声帯を支える筋肉は、丁寧にトレーニングすれば必ず育っていく、なんて言葉で言ってるだけじゃわからない。
たいして出来がいいわけではない自分の声・声を出す器官と、真剣に向き合いつきあってきた経験値は、わたしの信じる力を後押ししてくれるだろう。

●そう言えば、お盆なんだな。わたしはいつもと何も変わらず同じ調子で、深夜までコンピュータに向かう。
昨日は、また新曲があがってきて、キャッチーなサビにご機嫌になる。
手のひらに、いっぱい宝物が増えていくような気持ち。
ああ、早く稽古場にいきたい! と思うのだが、
……いやいや、稽古場に行くために、今は書かなければ。
うまくいってもいかなくても、今回は、ふだんはわたし好みじゃない現代口語演劇って呼ばれるようなものを、ミュージカル仕立てにするつもりだ。
市民ミュージカルだから、あんまり毒は盛れないけれど、きれいごとでは、終わらせないぞ。だって、わたしだから。


2009年8月12日 (水)

8月。そして竹内浩三さん。

台風が過ぎ、大地が揺れるたびに募っていた不安も喉元を過ぎ、夏が戻ってきた。
雨の後の草の匂い、陽が姿を見せるたびにより一層命削って啼く蝉たち。
その力の入りぶりを耳にするたび、横隔膜で声を支える俳優を思い出すのは、わたしくらいか。
稽古のBGに、通奏低音(通奏高音?)のように響き続ける彼らの今際の叫び声。
これが8月だ。
忌まわしい記憶の8月。
死者の戻りの8月。
美しい夏、8月。

すでに12日が過ぎて、あがった歌詞は5曲分。
……遅すぎる。
遅すぎるけれど、それだけ時間が要る。
起きている間は、絶え間なく歌詞とストーリーのことを考えていて、
ようやく、ふっと形にしてやろうかという瞬間が訪れる。
……不器用なのだ。
重ねていくしかない。

明日には、星印があがってきて、週明けに次の曲。
文字が音楽になって帰ってくる瞬間を楽しみに、日々を過ごそう。

***

今日、この鼻で嗅いだ夏の匂いのことを思い出していたら、
竹内浩三さんの言葉がわたしの中で鳴り始めた。

彼を思い出すための8月でもある。

以下、6年前に出た彼の全集を読んだときにわたしが書いた文章と、
彼の美しい詩をペーストする。


***


●日本が見えない(竹内浩三全作品集)小林察編/藤原書店

2003年06月12日(木)

 竹内浩三を知ったのは、新聞のコラムだった。その略歴と詩の一節の紹介だけで、居ても立ってもいられなくなり、高価な(8800円!)本を、財布をのぞいてちょっと逡巡してから、予約した。やがて本が届き。紙面から溢れださんばかりのことばのひとつひとつに、夢中になった。

 竹内浩三は、23歳のときに、フィリピン、ルソン島で戦死。誰も見届ける者のない死であった。この全作品集には、小学校時代からの様々な彼の書き遺したことばが収録されている。走り書きやいたずら書きのようなもの、詩あるいは小説といった作品の形になったもの。漫画や、日記、手紙の数々。
 こんなにもことばに溢れた青春を、わたしは知らない。
 ノートに手帖に、原稿用紙に、本の余白に、饅頭の包み紙に、ほとばしるように書き付けられた、ことば、ことば、ことば。
 綴られた文字に書き直しはほとんどない。推敲の跡が見えない。彼の心に何かが興ると、同時にそれはことばとなり、同時に文字になっている。文字は彼の心の写しだ。そしてその写しが、今を生きるわたしを、ドキドキさせワクワクさせ、驚かせ、感動させる。わたしは「詩」に出会う。
 教室で、青空の下で、汚れた下宿で、兵舎の寝床で、書き続けられたことばは、美しかったり、おっかしかったり、痛ましかったり、青春のすべての写しになっている。それら膨大なことばを一つ一つ追いかけているうち、次第に胸がつまってくる。
 こんな素晴らしいことばの泉を枯らしてしまったものを改めて恨む。

 漫画好きで、小学校中学年から漫画回覧雑誌を作り始めるものの、ちょっとした風刺記事がもとで、1年の発行停止。それでも彼はくじけない。次から次へと発行する。中学時代には謹慎処分をくらうことにもなるが、その時期も面白おかしい日記となって残っている。日大専門部映画科に進学しての東京暮らし。酒と煙草と珈琲と。文学と映画と音楽と。そこではいつも金欠に泣き、父母を失ってから献身的に自分を支えてくれる姉に、無心する。年相応にだめな自分と対峙して、またことばが溢れる。恋をしたら人並みに自らの不可解な心の作用に戸惑い、「おれ自身よりも、お前が好きだ」なんて口説き文句を口にする。出征の日は、チャイコフスキーの「悲愴」を背中を丸めて聴き、外で待つ見送りの人に「最終楽章まで聴かせてくれ」と頼みこむ。陸軍の筑波飛行場で軍事演習に明け暮れる中、「筑波日記」を書き続けた。回れ右はワルツでも踊っているようで楽しい気さえしたと書いていたり、、演習中にラジオから流れるメンデルスゾーンに口をぽかんと開けて聞き惚れ(こういうとき、もちろん上官に叱られる)、風呂からあがってカルピスを飲んだように、甘い音が体に心地よくしみこんだと書いていたり……。これは、「ソノトキ、ソノヨウニ考エ、ソノヨウニ感ジタ」ことを書き留めた日常の記録なのだ。検閲を逃れるために、この日記は、宮沢賢治の詩集をくり抜いた中に埋め込まれて、姉の元に届けられた。

 この全集に収められているのは、もちろん彼のことばの一部に過ぎない。多くのものが失われてしまったから。きっと、そのことばの泉が枯れる時にも、懐に鉛筆と紙があったに違いない。
 「骨のうたう」の中で、戻ってきた白い箱の中の白い骨がうたう。「帰ってはきましたけれど  故国の人のよそよそしさや 自分の事務や女のみだしなみが大切で 骨は骨 骨を愛する人もなし……なれど 骨はききたかった がらがらどんどんと絶大なる愛情のひびきをききたかった……故国は発展にいそがしかった 女は化粧にいそがしかった ああ戦死やあわれ……国のため 大君のため 死んでしまうや その心や」
 萩原朔太郎の詩集の目次には、こんな草稿が走り書きされていた。「戦争は悪の豪華版である 戦争しなくとも、建設はできる」これは「戦争」「悪」「戦争」「建設」のところを伏せ字にして、自ら発行する文芸誌に載せたものだった。
 彼は、見通していた。
 この人が生き続けていたら、いったいどんな作品をわたしたちに届けてくれたのだろうと、どうしてもそう考える。彼はこう書いている。「生まれてきたから、死ぬまで生きてやるのだ。ただそれだけだ。」彼の時間は、奪われた。

 高価な本だけれど、多くの人に読んでほしい。また、この本を知らない人、買えない人のために、全国の図書館に置かれるようにと願う。

***

十二ヶ月   竹内浩三

一月
凍てた空気に灯がついた
電線が口笛を吹いて
紙くずが舞い上った
木の葉が鳴った
スチュウがノドを流れた

二月
丸い大きな灰色の屋根
真っ白い平な地面
つけっぱなしのラムプが
低うく地に落ちて
白が灰色に変った

三月
灰色はコバルトに変り
白は茶色に変った
手を開けたら
汗のにおいが少しした

四月
ごらん
おたまじゃくしを
白い雲を
そして若い緑を

五月
太陽がクルッと転った
アルコホルが蒸発して
ひばりが落ちた
虫が蠢いてみて
また地にもぐりこんで
にやりとした

六月
少年が丘を登って
苺を見つけて
それを口へ入れ
なみだぐんだ

七月
海が白い歯を見せ
女が胸のふくらみを現す
入道雲が怒りを示せば
男はそっと手をさしのべる
ボートがゆれた

八月
ウエハースがべとついて
クリームが溶けはじめた
その香をしたった蟻が
畳の間におちこんで
蟻の世界に椿事が起り
蝉が松でジーッとないた

九月
石を投げれば
ボアーンと響きそうな
円い月が
だまって ひとりで
電信柱の変圧器に
ひっかかっていた

十月
ゲラゲラ笑っていた男が
白い歯を収め 笑いを止めて
ひたいにシワをよせ
何事か想い始めた
炭だわらの陰でコオロギが鳴いた

十一月
空は高かった
そして青かった
しかし 俺はさみしかった

十二月
ラムプがじーと鳴って
灯油の終りを告げた
凩が戸をならして
「来年」のしのびやかな
足音も聞こえた


2009年8月 9日 (日)

M2「星印」

3曲目が到着。
「El Tango de KOMACHI」
大人のタンゴが出来上がった、よしよし。
ただ、難しそうだなあ……
明日楽譜が届いたらデモテープを録る予定なんだけれど、
うわあ、時間かかりそう。
発声しなきゃ、歌えないな、きっと。
大変、頑張ろう、って、すごくhappyなわたし。
そして4曲目の歌詞を見てもらって、さらなる打合。
わたしは、こと歌詞になると、ふだん書かない恥ずかしいことを平気で書く。
なんたって、タイトルが
「やったね☆ラッキー☆おさななじみ」
作曲家は、タイトルを口にするのが恥ずかしいと言うので、
これからは「星印」と呼ぶことに。
今月は、本当にハードだけれど、
1曲1曲、あがってきたものを聴く瞬間は、蜜の時間。
深夜の打合も、スカイプで快適。
なんたって、ピアノで音を出しながら確認できたりするんだもの。
便利すぎて、ちょっと怖いけれど。

***

稽古場まで、わたしは自転車で行く。
え?ってところまで自転車で行くのが好きだ。
昨日は新宿だから30分で着くのだけれど、
たかだか30分でも、炎天下だと頭が焼けて痛い。
中身が蒸発してどんどん馬鹿になっていく、これ実感。
稽古でまたまた熱くなる。
湯気が出る。どうしようもなく。
で、稽古終わりで外に出たら、見事な夏の雨。
ゴミ袋を買って鞄だけ守り、
ずぶ濡れを楽しむ。
パンツまでずぶ濡れ、最高。
スコールとの闘いに、がっつり前傾姿勢。
力の強い、大きな大きな雨粒が、
頭皮マッサージしながら頭を冷やしてくれる。
こういう時って、本当に、「ああ、生きてる」って感じるんだ。
わたし、単純だから。

***

偶然このブログを見つけて下さった高校時代の先生に次いで、
中高とミッション・スクールの演劇部で一緒だった人から連絡があった。
ブログ、恐るべし。
知らないところで、わたしを知る誰かがこれを読んでいるのだなあ。

2009年8月 5日 (水)

また朝が……。

人並みに眠くなるので、人並みにベッドに入るのだが、
大体ベッド本かベッドiPodtouch映画に興奮して眠れなくなってしまう。
今日は、iPodtouchが作曲家のメールを受信。
新曲の歌詞読みました!ってメールが、4時前ときたもんだ。
今、打合しておけば、すぐにも奴は作業を始めるはず……と小鼻をふくらませ、深夜の電話打合。
絶対一曲はいれてやろうと思っていたタンゴ。
あがりが楽しみ。
なんだか、きっとはずれないという、予感がある。

てなこと書いてたら、東の空が真っ赤だよ。
今日も溶鉱炉が燃えだした。
新宿西都心のビル街が赤いシルエットに染まる。
我が仮住まいの嬉しいところだ。
去年の秋から新築7階建てマンションが家の前に建ち、
美醜の極みを誇る新宿の姿が見えなくなるはずだったのに、
不況のせいか、工事はいっこうに始まらない。

しばらく、この景色が楽しめる。
昨日、眠っておいたので、わたしはしばらく不眠に強いぞ。

2009年8月 4日 (火)

眠り日。

宅内作業日。
今日一日で、箱書きを終えて、人物相関図を作って、作詞一曲分あげて……
と欲張った計画を胸に秘めていたのだが、
起きてご飯を作り、洗濯した段階で、起きていられない最悪の体調。
なんていうか、だるい。
体が休めと強制してくる感じ。
計画頓挫で、再びベッドへ。

夢の中では、舞台稽古中だった。
えらい具体的なのだが、
劇場を借りている日数が少ないので、
都下の市民会館みたいなところに道具を仮組みして、
最後のドレスリハ。
明日は劇場入りって感じの心の熱さで。
俳優たちは、皆、すでにスタンバイがかかっている。
客席の演出卓に座って、
バックステージに最終チェックにいっている舞台監督を待つ。
「OKでしたら、声ください。」とわたし。
「はい、少々お待ちください。」と舞監。
「お待たせしました、まもなくこちらのキューで始めます」
「よろしくお願いします!」
クリアカムから、スタッフ各パートにキューが出るのが聞こえる。
「お待たせいたしました。それでは開演します。音響さん、M1どうぞ。」
音楽がかかって、わたしはストップウォッチを押す。

押した瞬間に目が覚めた。
夢の中でも、仕事している、わたし。
ふと、そうだ、夢に出てきた舞台監督Yさんに、
秋の仕事を発注しなきゃいけないんだった! 
と思い出し、Macを立ち上げようとしたのだけれど、
夢の中の舞台稽古がわたしを呼ぶ。

目が覚めて、夢だとわかっていたくせに、
「最終通しだから、見なきゃ!」
と、訳のわからない義務感でまた眠る。
もちろん、続きは見られないのだが……。

夢を見ない眠りから覚めたら、
ありえない時間だった。

まあ、疲れても仕方ない毎日だったので、
今日一日の惰眠を、自分に許したが、
明日からがまた大変。
夜になってからようやくエンジンがかかり、
今日は、架空の村に架空の家系図を書くまでで作業終了。
なんだか、また朝になってしまったな。

2009年8月 2日 (日)

あれこれと。

薦められてようやく観た、「突入せよ!あさま山荘事件」
曲者俳優がズラリなのだが、きっちり「そこにいた人物」の感情、織りなす人間関係がきっちり見える。
中心にいる役所さんのリアリティー、監督の視点のなせる業か。
ぐっとくる。
日本という国の愚かさが、こんな形で見えるなんて。

劇団、江本純子を観る。
軽やかなフットワークであれだけ質の高いものを作ることに嫉妬。
いやあ、面白い。
本はいいし、俳優はうまい。
劇場にいる時間、確実に楽しめる。
わたしは手がけないタイプの演劇だが、
だからこそ客で観にいくと面白い。
たまらん。
低予算で、ちゃんとお金とって、質高く。
うまいこといってるなあ。
何より、立て続けに公演をうつ軽やかさが憎い。
悔しいので、久しぶりにBELGOでベルギービール一人飲み。

「愛」についてが、相変わらず生活を浸食する。
曖昧に考え続けても、愚かなどうどう巡りが続くばかり。
それでも悲観せず言葉にして、作家に送り続けること。
もとより愚か者のくせに、
愚か者がばれそうになるとびくつくわたし。
正体がばれることを恐れず、突っ込もう。

市民ミュージカル、二曲目完成。
これらの曲をつなぐストーリーの、おおまかな構成も見えてきた。
この8月で、心に残る曲たちを、
そして、人の心を動かす大いなるでっちあげを成し遂げる。
マイナスをプラスに変えてやる。
ああ、大変だ。

稽古は、順調。
発見がある。
見つけたものが定着するには時間がかかるけれど、
少なくとも、俳優にも演出家にも発見がある。
稽古は楽しい。

まだまだ、手をつけないままのTO DOあれこれ。

あれこれにおしつぶされそうになるけれど、
いやいや、楽しい。
眠るのは大っ好きだけれど、
眠らんでいい体が欲しい、今は。


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