2002年の10月22日から11月2日まで、わたしは一人ロシアを旅した。
ルブリョフと出会い、劇場を巡る予定の旅だった。
そして、あの、劇場占拠テロに出会った。
以下は、当時の日記から。
●10月22日から11月2日まで、予定通り、ロシアを訪れた。モスクワに9日間、ペテルブルグに3日間。
22日、モスクワに到着しホテルの部屋に落ち着いたのは22時過ぎ。モスクワの街を歩き始めたのは23日のことで、この23日に、チチェン人による劇場占拠事件が起こった。そしてわたしは、この夜、事件現場のすぐ近くにあるタガンカ劇場で芝居を観ていた。
モスクワを訪れようとした理由はただ一つ。毎夜劇場を訪れるためだ。毎日50本くらいのストレートプレイが上演される、世界でも稀な劇場の街、モスクワ。その街で、1日目にあの事件に出会ってしまったのだ。
滞在中はずっとあの事件に心を占められて暮らした。
プロになってから数えても、劇場を自分の居場所として暮らし始めて、もう22年になるわたしであるから、何か自分の生きている足場がぐらぐらと音を立てて崩れてしまうような、あって当然の地面が柔らかな殻のようなものに変貌してしまったような、不安な気持ちでモスクワを歩き続けた。
●帰国してからすぐに仕事に追われ、ここにきてようやくゆっくりと自分の時間を持てるようになった。記憶の鮮明なうちに、あのモスクワでの時間をことばにしながら追想し、自分のうちに留めておきたい。少しずつ、ゆっくりと。
警官の詰めた劇場で観る芝居。事件の悲しみを吹き飛ばすかのように、笑いと喜びに溢れた劇場。上演中止の貼り紙を見て、劇場をあとにする夜。悲劇に巻き込まれてしまった人々の顔、テロリストたちの顔。どうしても不幸へ不幸へと道を選んでしまう世界。
上演中の劇場が、襲われるということ。
帰国してから、テロリストたちの悲劇を知り、チェチェンの研究を始め、アンナの存在を知ったりした。
あれからもう7年。
わたしが、一生劇場で生きると誓った旅。
あれからもう7年。
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来年10月に、わたしの演劇企画母体「Theater Polyphonic」の公演が決定した。
その準備のために、始動。
俳優私塾POLYPHONICの方も、そろそろ公演を打ちたくなってきた。
演劇三昧の予感。
7年前、ロシアの地で誓ったことは、今もわたしの胸に生きている。
そして、これから、人より少し遅いスタートを切ろうとしている。
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Theater Polyphonic の始動に向けて、サイト構築を少し変えた。
・s-ishimaru.com が石丸の仕事のトップページ
・Theater Polyponic はただいま準備中
・Private school for acting POLYPHONIC で俳優私塾の案内
・MONOPHONIC(このページ!)で、石丸の一人語りブログを
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以下は、「チェチェンで何が起こっているのか」という本に寄せた書評。
日本人の間でチェチェンと言えば、テロリストの温床のようなイメージを持つ人がいるほど、その状況が知られていない。歴史と強者に翻弄されてきた小さな民族の運命と、その抵抗の歴史を、本書は浮き彫りにしてくれる。
筆者は二人。
1995年から15回にわたって現地取材を続けているジャーナリスト、林克明氏。
インターネットで「チェチェン総合情報」というサイトを運営し、Eメールで「チェチェンニュース」を発行している大富亮氏。
まずは戦争の歴史が語られる。19世紀のカフカス戦争、スターリンによる民族の強制移住、1991年のソビエト連邦解体に伴う独立運動を契機とする第一次チェチェン戦争、そして、現在に至る1999年からの第二次チェチェン戦争。
おおまかな知識を得た上で、読者は、延々と続くロシア軍による拷問、虐殺、処刑の実態を知らされる。そして、空爆や派兵の契機となってきたチェチェン人によるテロが語られる。しかし、そのテロの実際は、わたしたちがロシアを通した報道で知っているものと少しずつ食い違ったりしている。
そう、著者が伝えようとしているのは、あまりにも知らされることのなかった、チェチェンから見た、チェチェンとロシアの実際なのだ。
2002年10月23日、モスクワで劇場占拠事件が起こった。
人質の死者129名、武装ゲリラの死者41名。
ロシア特殊部隊の強行突入で事件は終結したものの、129名のうちの123名は、突入の際に解毒剤の準備なく使用した特殊ガスによる死亡なのである。
偶然、事件前日からモスクワを訪れていたわたしは、発端から終結まで、ことばがほとんど分からないままにテレビニュースを見続けた。インターネットで情報を得ては、繰り返される映像に見入った。そして、その報道から受けた印象に、長らく疑問を持ち続けることになる。
客席に散在するテロリストの死体。その多くが、ロシア軍によって夫や子どもを奪われた一般市民女性だ。腹に爆弾を巻き付けたまま無惨な姿をさらす彼女たちの映像が、「制裁を受けた悪」として、日がな一日流れ続けた。
その一方で、病院を訪ねたプーチン大統領と、生き残った人質たちの感謝を湛えた表情が「勝利」の証として流れ続けた。……報道は、事実を知らせる為のものではなかった。
わたしはこの本に出会って、ようやく事件を知ることができた。
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本書は、チェチェンから見た実際を知らせてくれた。そしてその実際は、ロシアの実際ももっとリアルに知りたいという思いを導く。プーチン政権について、ロシア市民の対チェチェン人感情について。ロシア市民の日常的な脅威である、テロについて。
戦争もテロも、他人事ではすまなくなった今、わたしたちは正しい意見を持つために、動かないものを動かしていくために、少しでも多くのことを「知る」ことを求められているのだろう。偏らない、広い見地で。ジャーナリズムに翻弄されず、自分自身で情報を選び取るための知識を持つということ。
これからの日本とこれからの世界を考える人たちに、是非読んでほしい一冊だ。