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2010年2月

2010年2月24日 (水)

劇場入り。

「楽屋」仕込み。
マンションの一室のような空間に、闇を作るのがひと仕事。
なんたって、窓の向こうには、新宿西口の高層ビル街を一望し、扉を開ければ、富士山がくっきりと見える。なんたって、中野富士見町ですから。
そこに、女優たちの闇を刻み込む準備。

お金がないから、すごいことは出来ない。
電気の容量がないので、照明さえたいして吊りこめない。
それでも、わずかなスペースと、照らしてくれる明かり、俳優がいれば、そこに劇場は出来る。
わたしは、ここで、わたしの仕事をしよう。

昨日は、新国率演劇研修所三期生の卒業公演を観た。
あの若い彼らが、若い心と体のままに、世代を演じて存在し、世の不条理の中に当たり前に生きてみせる。
生徒のひとりが、「石丸さん、不条理劇って何なんですか? 何だと思います?」って電話をしてきたことがあった。
わたしは、そりゃあまず「演出家が稽古で話してくれることを聞けばいい。」って答えたのだけれど、おまけに少し、生きてることそのものとか、与えられた人生時間とか、現代とか、社会とか、世の中が、とにかく不条理だらけ、不条理まみれだってことを、語った。

よく書けた戯曲には、ほつれや謎がある。
概ね会話で物語だの時間だのを進行していく戯曲では、予定調和みたいなものがいっぱい存在しているけれど、で、それはそれでほぼ確信犯なのだけれど、わたしは、あまり好きではない。
この複雑怪奇な人生を、あまり単純に切り取ることより、その複雑さの重層の中に、何かを感じ取ってもらう方が好きだ。

話がそれたが、彼らはまさに、その不条理の中に飛び込んでいく。
一緒に芝居を作った時に、よく彼らが幸福なモラトリアムの時期にあることを話したが、いよいよその柔らかな殻は破け、演劇界に飛び出していく。
いつか、またどこかで一緒に闘う時のために、わたしも真摯に進んでいこうと思う。


2010年2月22日 (月)

音楽の喜び。

オーチャードで、三枝成彰オペラを観劇。
忠臣蔵の外伝として、二つの悲恋が描かれる。
この二つの恋を象徴するアリアのメロディーが美しくて美しくて。
変奏を重ね、繰り返されるモチーフが、今もわたしの中で鳴っている。
演劇者のわたしは、どうしてもリアリティーとか実感とかが好きなのだけれど、
オペラならではの省略と昇華に酔う。

降りしきる雪に、どうしても「近松心中物語」を思い出す。
いかに美しく舞台に雪を降らせるか、
わたしに語らせると、かなり熱い。
文字幕まで真っ白に染める雪に、
わたしの30代が疼いた。
自分の作品でも、いずれまた、あの雪景色を見よう。

そして、稽古。
俳優の不調で、なかなか成果のあがらない稽古。
でも、これもまた前進のための大事な時間。
家に帰れば、深夜までやること山積み。
本番まであと4日となった。
……と、こんな時期だけれど、明日の夜は、新国立三期生の卒業公演を観る。
たった1回のシーンスタディー、発表会だったのに、なんだかものすごく愛してしまった瑞々しい俳優たち。彼らの成長をこの目で確かめに。

2010年2月20日 (土)

わずかに。

「楽屋」はこのところ、もっぱら通し稽古。
昨日、わずかに、わずかに、流れが見えた。
この時期に「わずかに」では遅い気がするけれど、
わたしが欲の深い女だから仕方がない。
もっと見たい。感動したい。わたし自身が。

朝からあれこれこなしてきて、
さあ、今から稽古に出動。
みんなが怪我せず病気せず、来週末を迎えられますように。

2010年2月19日 (金)

感動した。

感動した。
って書くと、ついかつての首相を思い出す。
言葉から、まさに感動が抜けている。
いい言葉なのに、もったいない手垢がついたものだ。
最初から余談。
書きたかったことは。

今日、届いたメールのこと。

「ACCIDENTS」に始まって、わたしの演出作品を見てくださっている方から。
わたしの昨日の文章を読み、エールを送ってくださるものだった。
仕事を失ったわたしの気持ちを想像し、
痛みを感じとり。
わたしに、こんなことを信じているのだと伝えてくださった。

……少しだけ引用させてください。

(略)……信じていることがあります。 どんな時でも必ず見ているひとがいるということです。 それは、どこかの誰かかもしれないし、 もしかしたら、神様みたいなものかもしれない。 黙ってじっと、何が正しいかをみつめる存在があって、 いつかは必ず、まっとうな生き方をしたほうに 味方をしてくれるのだということ。 これは願望ではなくて、確信なのです。


多くの人が、そう願っている。
その願望の強さが、生きるには大事だと思い続けてきた。
でも、この文脈が、「確信」という言葉で結ばれていることに、わたしは驚きを覚えた。

こんな、ひどい世の中で、
混沌の世の中で、
まだ戦争が終わらない世の中で、
不公平だらけの世の中で、
今日もきっと、神への罵倒が溢れる世の中で、
……誰だって、絶望を忘れるために願望する世の中で。

確信、という言葉で結ぶ強さに、わたしは感動した。
心が動きました。

この場でお礼申し上げます。
ありがとうございます。

直向きに、また明日を行こうと思いました。

2010年2月18日 (木)

泣いてる暇はない。

年頭から全力で動いていた仕事が、なくなった。
許せない展開だった。
懸命に時間を割き、動いたが、
どうしようもなかった。

屈辱、絶望。

しばらく泣き暮らしてもおかしくない、
心の乱れなのだけれど、
目の前に「楽屋」公演がある。
10月公演のプロットも、わずかにあがってきた。
キャスティングが待っている。
泣いてる暇はないので、前を向いている。
わりとあっさり。
演劇を舐めてかかる人々への報復は、
演劇で。
ひっそりと静かに。
仇討ちだ。


書きたくても書けないことばっかりの毎日で、
書かないストレスも、ひとまず今日まで。

また、書いていこう。
絶望もなく 希望もなく
毎日。


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