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2010年5月

2010年5月30日 (日)

めまぐるしい。

火曜から金曜の私塾の稽古を終えて……
それは、何というか、ものすごーくエネルギーを使うことで、へとへとになりながら夜中には制作作業を進める。
週の真ん中で、とっても悲しいことが起こり、泣きながら風呂につかった。
解決の道を探って、一晩中の検索作業。
週末には、懐かしい知り合いに会い、力になる言葉をたくさんもらって元気に帰宅中、俳優からの呼び出しがあり。
行ってみると、ずいぶん心痛んでいて、わたしも心揺さぶられる。
そんなにたくさんの人を一度に幸せにすることなんてできないのはわかっている。でも、それなのに、彼を見ながら、わたしが幸せにしてあげたいと、ついつい思う。一人でも多くの人に何か喜びをあげたいと思う。
……わたしは欲深い。
今日は、さいたまで別件の打ち合わせ。ずっと心にひっかかっていた仕事、個人的に決着がついて少しすっきり。敬愛する先輩とまた芸術談義と世間話を楽しんで帰宅。
明日は秩父に向かう。
12月のコンサートの準備を今からしておかないと間に合わない。
たくさんの歌を聴き、選曲、選曲、選曲。楽譜の整理。
……めまぐるしい。
さっきから、The Impossible Dreamばかり聴いている。
わたしは確かに女なのだけれど、今は、たぶんこの歌のような気持ちなのだと思う。


2010年5月28日 (金)

思春期にまつわるすべて。

四季自由劇場にて、「春のめざめ」。
もともと四季風台詞術に抵抗があるので、四季を長い間見ていなかったが、これはオリジナルがオリジナルだし、日本版の評判もよかったし。
何より、一緒に仕事をしたいと常々思っている俳優から、「石丸さんはこういう作品を演出すればいいんじゃないかと思う」と言われたのがずっと気になっていたのだ。

持ち小屋でのロングラン、
レセプション態勢、
PAの出来の良さ、
四季風台詞術への抵抗を和らげさえする、若い俳優たちの熱、
四季風歌唱術への抵抗を忘れさせた、歌唱の透明感、あるいは腹のすわり方、軽やかな愛情。
たまたま長年見知った田代さんと香月嬢の回だったこと、
そして、思春期にまつわる、すべて、すべて。

あまりにもたくさんのことを考えさせられた。
考えさせられすぎて、
今やってる「ロミオとジュリエット」を、帰宅して再読してしまった。
かつて、この公演を観にいらした河合隼雄先生が残した言葉を思い出したりして。
13歳、14歳を考える。15歳、16歳、17歳を考える。
あの頃の、如何ともしがたい自意識と異性への興味。
ねじくれまくった日々のこと。

2010年5月25日 (火)

やっつけたり、祈ったり。

ずっとずっと、手をつけていなかった、
落ち着いて着手することのできなかった、大事な仕事を、
今日1日がかりでやっつけた。
やっつけたぞ。
TO DO LISTのトップに君臨し続けたあいつを、ひとまずやっつけた。
まだまだブラッシュアップしなきゃならないけれど、土台はできた。
でもその代わり、また歯医者に行く機会を逃してしまった。
仕事はやっつけたけど、
虫歯はやっつけられないまま。
やっつけたことより、よほど多い、やっつけられないままのこと。
そして、この、
未だやっつけられていないものどものことを、
どれほどか夢に見る。

Book3を読み終えて、
青豆と天吾の物語はさることながら、
牛河的なるものが、どっかりとわたしの心に腰をおろしている。
そして、牛河的なるもののことを考えると、
何か、こう、盲滅法でもいいから、
祈りたい気持ちになってくる。
これは、クロッシングを見た後も、同じだった。
このところ、なんだか、祈るしかないと感じて、
祈りたくなることが、しょっちゅう、ある。
でも、ミッションスクールに通っていた頃と違って、
わたしの生活に、祈りの言葉は常駐していない。

そんな時に、ずっと大事にしていた、祈る老女の絵を見る。
たぶん、中国の画家が描いたものと記憶するけれど、名前を覚えていない。
何かの雑誌に載ったものが好きで、スキャンしたものだ。
この絵の老女に、同化して、目を瞑る。
そして、祈ってみる。

Photo

2010年5月24日 (月)

偶然であれ、必然であれ。

観たもの。

OFFOFFにて「モジョミキボー」
王子にて「露出狂」
どちらも、演劇であるからこその、面白さ。
劇場に我が身を置いたからこその、体験。
忙しい、眠れないと託ちつつ、
今日1日で4本分のチケットを予約してしまった。
劇場に行くことで、自分が眠りを削って準備していることの正体をつかまえておこうとする。
だって、稽古場に入るまでのこの準備期間は、形のないゴーストに手をかけているような、何やら心許ない作業の連続であるから。

オーディション、終了。
何度か会ううちに、勝手にそこにいる人たちに、絶対的な好感を持ってしまう。
オーディションで人を選ぶということは、基本的に相対的なことなのに、絶対的な見方をしてしまうのが、わたしという人間なのだろう。
魅力的な人たちだった。
でも、すべての俳優と仕事ができるわけじゃない。
出会いには順番がある。
宿命的に。
最近、自分の意思とは全く違うところで動いている誰かの意思のようなものを感じる。

そんな折りに、「1Q84」を読了。
前半は、一晩に一章ずつ1Q84に旅していたけれど、後半はもう戻って来られなかった。行ったっきりになって、そこにある物語を最後まで体験した。
時に、心臓が早鐘を打って止まらなくなった。
出会いへの期待と恐怖で。

ここにある意思と、そこにある意思。
目に見えて絡み合うこともあれば、
ここにある意思と、どこかにある意思が、
わたしの及ばないどこかで、絡み合っているかもしれない。
己が意思を持って、目の前の世界を見つめながら、
起こることを、偶然であれ必然であれ、受け止める、
そんな強さが、これからのわたしに、果たしてあるだろうか?

2010年5月21日 (金)

全部お前の足腰に。

ああ、毎日、なんていろいろなんだ。
でまた、わたしを取り巻く人たちも、なんてまあ毎日いろいろなんだ。
悲喜こもごも。そんなに派手なことじゃあなくっても、些細なことでも、みんな揺れて揺れて、ゆらゆらしながらなんとか地面に足を踏ん張っている。
わたしだってぐらんぐらん揺れてるけど、足腰は強い。
いつだったか、わたしが如何ともしがたい仕事の悩みを抱えて、
じたばた足掻いて悩んでいる時に、
青春期を共にした今や売れっ子になった俳優が、
「今頑張ってるのが、全部お前の足腰になってるよ。筋肉になってるよ。」と言ってくれたことがある。
ものすごく響いた。一生忘れない。
サッカー少年だった彼らしい言葉だった。

キャスティング、少し進展。
自分だけの力では及ばないことも、人の助けを借りて少しずつ動く。
あさってには、最終オーディション。
どんな顔が見えて、わたしは何を選び取っていくのか。

2010年5月19日 (水)

打ちのめされるような。

朝から、気持ちのふさぐ連絡があり、気持ちのすぐれないまま稽古場に向かう。
稽古の蓋を開けてみると、そこに顕れたのは、目に見える成長、凝固していた心が溶けていく瞬間、はたまた自分の現在への激しい苛立ち、しかしそれさえも、明日のジャンプに繋がる予備運動に思える。
かくして、わたしはまたしても、稽古場の俳優たちに救われる。
まだ霧のかかっている向こう岸を目指して、今日一日どれだけ進んだかわからない航海を続ける勇気。それを支える友情。明るさをたたえ続ける努力。
こう書くと、なんだか格好良すぎるのだが、稽古場では、そんなことが自然に起こっている。

毎夜の入浴は、貴重な読書の時間。
昨日、打ちのめされるようなすごい映画を見たので、膨大過ぎて恐れをなしてまだ読まずにいた米原万里さんの「打ちのめされるようなすごい本」を手に取る。
なぜもっと早く読まなかったのかと後悔しながら、米原さんに打ちのめされる。いや、打ちのめされる旅にようやく乗り出したという感じか。何しろ、すごい情報量だ。そして、米原さんの思考の旅があまりにも劇(はげ)しく美しく(劇しいをはげしいと読んだのは井上ひさしさんだ)、輝かしくって、目を眩ませながらゆっくりゆっくりついていかねばならない。
読み終わった時、わたしはきっと改めて打ちのめされるだろう。

と、こう書いている最中に、私塾の稽古記録が書き込まれていた。
心と体が竦んでしまっていた女優が、人の温もりや鼓動にすがるようにして、竦みから抜け出そうとするドキュメンタリーだった。
わたしは導く。彼らは飛び込む。
彼らが飛び込んでから見る風景は、時折わたしの想像を超える。
常識などない。
わたしの教科書は、毎日彼らによって書き換えられていく。

2010年5月18日 (火)

「クロッシング」の後に。

昨日のオーディションの後、どうも気分がすぐれなかった。
それはやはり、短い稽古時間しかないのに重いテーマの戯曲を選んだことから来ていた気がする。
自分がこの人生で経験したことのない悲劇、絶対遭遇したくない惨劇、そういうものを安易に扱うことを嫌う自分が、自分を責めていた気がする。
あえて選んだことなのに、やはり後味が悪かった。
限られた稽古時間の中で、自分がやれることをかいかぶっていたような気がする。

そんな時に、誘われるように「クロッシング」を見た。
打ち合わせと打ち合わせの間に3時間隙間があって、ぴったりはまるのが偶然「クロッシング」だったのだ。
見終わって、誰かに導かれてこれを見たような気がした。
エミール・クリストリッツァの「アンダーグラウンド」以来の衝撃だった。

脱北の話。

主演のチャ・インピョ、子役のシン・ミョンチョルをはじめ、俳優たちの演技が素晴らしい。
ドキュメンタリかと思わせるリアリティー。
深い愛情、深い悲しみ。
刻まれた苦悩の皺が、虚構だということを忘れさせる。

壮絶な、現実。
すぐそこにある悲劇。
今まさに痛んでいる人たち。

シェイクスピアの歴史劇を演じることだって、実は変わらない。
薔薇戦争の悲劇は、遠いようでいて、今も繰り返されている。

でも、今、そこにある悲劇を演じることは、
俳優にとって、どれほどか負荷が大きい。

主演のチャ・インピョは、クランクイン前、ロケハンに参加する時のことをこう書いている。

私はこの映画で脱北者の役を任せられた。 しかし、私が脱北者について知っていることは、数日前にインターネットで読んだある脱北者が書いた手記と、何冊かの本、そして脱北者のスタッフと交わした話くらいだ。 あと2ヶ月も経たないうちに撮影が始まるというのに、私が脱北者を演じるには何かが決定的に不足していた。  空腹、絶望、切迫感、生き別れ、死... この世で人間が経験するであろうすべての苦痛を、一挙に網羅したかのような彼らの辛い心情を、どう表現したらいいのか...それは頭で理解するものではなく、心臓で感じなければいけないものだ。しかし、到底できそうになかった。

こうしてスタートした俳優の仕事に、わたしは今日、打ちのめされた。
これを立ち上げた監督やプロデューサーにも、
スタッフひとりひとりに、
この映画にまつわるすべてに、打ちのめされた。

そして、断片的な報道でしかしらなかった北朝鮮の実際。
あってはならない、現実。

現実はあまりに不公平で、理不尽な悲しみに満ちている。
そんな中にいて、そこにある魂の美しさ、人を愛する気持ちの崇高さは、如何ばかりか。


迷うことなく、わたしは仕事をしなければ。
自分の仕事を再確認する。
小さなことに落ち込んだり傷ついたりする暇があれば、
あまり残っていない自分の時間で、できることを考えて暮らそう。
できることがあるはずだ。
そばにいる俳優たちと。演出するわたしとで。
いつまでも逃げていないで、本を書く必要もある。

オーディションをやっていて自分に嫌気がさしたのは、
人に嫌われることを、自分自身が避けて通ろうとしているのに気がついたからってこともある。
……わたしが人を愛するのは自由だ。
……でも、愛されることは期待しないこと。

わたしが世界を愛するのは自由だ。
でも、その見返りを期待しないこと。
愛し尽くすだけで充分と、開き直ること。
そして、そこに、全力を傾けること。
命がけであること。

2010年5月17日 (月)

記録。

オーディション@さいたま。
やっぱりわたしは、順々に見るだけで、稽古のできないオーディションには向いていないなと思う。
それでも、もちろん、緊張を打ち破って「やりたい!」という気持ちを昇華させてくる人がいるので、開催した意味はとっても色濃くあるのだけれど、何か、取りこぼし感がある。
ムサシ初日、ものすごく見たかったが、わたしは東京へ。

中川晃教ライブ@渋谷
弾ける生命力、息吹に触れる。
彼の数々の新しい挑戦が、これからまた、彼の「今」を作り、彼の今が「新しい歌」を作っていく。
いつでも人は、未だ聞いたことのない歌を待っている。
限られた人生時間の中で聴けるだけ聴きたい、誰もが待っている。
未だ聞いたことのない歌を待ち、聴く人は多いが、
未だ聞いたことのない歌を作り、歌える人は少ない。
コール三曲目のアカペラで、目眩を覚えた。
ぐらーりと、時軸がずれて、どこかに誘われたような、扉を開けてしまったような。
ベルリンでシノーポリの振るマーラーを聴いた時以来の、「何かの拍子」。
きっと自分の現在、精神状況や体調が影響していると思うのだけれど。


オーディション@江古田
谷さんの戯曲を借りて、かなりいきなりの稽古。
エチュードとかやらず、アップが終わったら、いきなりの本読み、いきなりの立ち稽古。
参加していた人は、面食らっただろうか。
私塾では、丁寧に知り合ってから人の心に踏み入るのだけれど、そんな余裕はない。
いきなり、立ち入る。
「いいのか、これで?」と自問する気持ちもあるのだが、
「これはお見合いだ!」と思って乗り切った。
わたしも彼らの中から誰かを選ぶのだけれど、
彼らだって、わたしを選ぶか選ばないか、決めているはず。
しっかり見ているはず。
演出家なんて、もう、どんだけかいるんだもの。
だから、仕方ない、時間がないので、ちょっと強引でも、わたしらしくやる。
わたしはこんな感じってのを、しっかりやる。
興味を持ってくれれば万々歳。
持ってくれなければ、わたしがふられたってことで。

……でも、やっぱり疲れた。強引過ぎて。
両思いの人を見つけて、ゆっくり知り合いながら、
時間をかけて、心揺らしながら、少しずつお互いの心に触れながら、
じっくり演劇を作りたい。
明日も、この公演の流れを変える打ち合わせがある。
ああ、稽古場開き&顔合わせに至るまでの、この長い道程よ!

2010年5月14日 (金)

母の日。

昨年、ACCIDETNSに出てくれてから、私塾に通ってくれて、ダンスレッスンも担当してもらって、まあ、今やそばにいてくれるのが当たり前みたいになってきた、大事な若い女優さんから、なんとまあ、わたしに、母の日のプレゼントが届いた。
少し遅くなったけれど、と、
石丸さんを母と呼ぶのは申し訳ないけど、と、
わたしの人生にとって切っても切れない大切な存在だから、と……。
子供を持たないわたしが、生まれて初めてもらった、母の日のプレゼントだった。
今夜、その高級うどんすきセットをペロリと平らげ、
ありがとうを、体に流し込む。
彼女がありがとうと言ってくれる思いと、
わたしのありがとうを両方、
美味しく呑み込み、血と肉にした。
……たくさんの妹や弟に加えて、
これからはどんどん、娘や息子を抱えていくのだな。
ああ、可愛くってしょうがない奴らがたくさんいる。
そんな顔が幾つも目の前にぽんぽんと浮かんでくるわたしは、
なかなかに幸せである。
この幸せに、難癖つける奴がいるなら、出て来い!
何を幸せと呼ぶかってことが、わたしの生き様に直結してんだから!

2010年5月13日 (木)

朝に。

台本を読んでたら、ああ、また朝がやってきた。
工事現場にそびえ立つクレーン越しに赤く焼けた西新宿のシルエット。

大好きな彫刻家、舟越桂さんの言葉。

私のどこでも 切り取って みてくれ
そのこまかい 私は たぶん君に すり寄って行くだろう
私のすべてが君を欲する
そういう事
それ以上でも それ以下でも
ない。

台本を読んでいて、この言葉がわたしから離れなくなった。

わたしは、わたしのどこで、わたしの何で、
人のどこを、人の何を、愛しているのか。愛してきたのか。

2010年5月11日 (火)

きっかけに戻る。

音楽ものの気持ちになるために、ピアノを弾いたり、
たまったメールに返信を始めたら壁打ちテニスみたいになったり、
資料のルポタージュを読みふけったり。
それでも、まだ、忘れてはいけないやるべきことがあるので、To Doをまとめたり。
観るべき芝居と映画を忘れないように、箇条書きして。
(絶対、全部は無理だけれど、気持ちは前向き。)
そうこうしているうちに、晩ご飯を作る時間で、
歯医者にも行かなきゃ、だったり。
昨日失念していた「母の日電話」をして。
私塾の稽古場取りをして。
WSの台本を印刷して。
また、読んで。
一日は、なんて短いんだろう。
そんな一日の終わりに近づいて、「ワンピース」を読むと、
俄然、元気が出てくる。
こんな時間に元気になってどうすんだよって思うけど、
ほんとに、元気に。
なる。
子どもには夢を与え、大人には夢を思い出させる、
甘すぎず辛すぎずの、絶妙なさじ加減。
……なんて才能だろう。
そして、もひとつ、わたしを元気にさせる要因は、
奴らが、いっつもいっつも大声でしゃべってること。
そりゃあ、漫画なので声は聞こえないけれど、
あの画の勢い、吹き出しに入りきらない声また声は、
相当、でかくって、おおらかなはず。
昨日も書いたけど、
「いのち」が充実。
自己主張が強くって、優しい、いのちが、充溢。

今日は、このシーンでストーリーに泣かされた上に、
ルフィの息を吸う姿に、感動しまくった。
人はさ、大事なこと言う時には、息を吸うんだよね。
体ごとで、たっぷりの、息を。

Onepiece2_2

これを読んだ後に、ニュースを見ると、辛くなる。
その落差に。
でも、直視すべきことはたくさんあって。
オーディションワークショップのテキストに、谷さんの「セシウムベリー・ジャム」を選んだ。
今日、参加者に送ったところだけれど、「なぜ、こんなに重いものを?」と思っているかもしれない。
これはわたしの挑戦。
たとえワークショップと呼ばれる場所時間でも、ともに過ごすことに多義的な意味を見いだすための。

そして、この本を初めて読んだ2008年10月、その時に、わたしは自分の再出発の公演は、この人に書いてもらおうと決めたのだ。
谷賢一という若き演劇人が、わたしの人生に入り込んできたのは、これがきっかけ。

2010年5月 9日 (日)

「い」の「ち」。

仕事机の上には、雑然とあまりにたくさんの資料が山積みで、もうそれは雑然としていて、片っ端から手をつけていくわたしの頭の中も、雑然としている。

原発事故の手記や写真集に触れて、深々といのちを考える。奪われたいのちのことを。

まだ20代の頃、竹内敏晴さんのスタジオで、1年間、からだとこころとことばのレッスンを受けた。
あの頃、自分の中で実を結んでいなかったものが、今になって、わたしの経験の欠片を栄養に実を結んでいる。学んでよかったと心から思うことのひとつだ。
亡くなられた時は、出会いに感謝して、静かにご冥福を祈った。
竹内敏晴さんは、著作で、こう書いてらっしゃる。

「い」とはもともと息のこと、「ち」は勢いとか力のこと。つまり「息の勢い」。「いのちがけ」といえば、全身に力を注ぎ込み、息をはずませて一つのことに打ち込むこと。

いのちの大切さを教えるということは、「殺してはいけません」と教えることではなく、からだと心で精一杯「生きる」ことを、教えるということ。
そう考えると、今読んでいる「ガラスの仮面」やら「ワンピース」がさらに輝きを増す。

この間、平田オリザさんが「校長塾」でWSをやっているのをニュース番組でやっていたけれど、何やら恥ずかしい気持ちでいっぱいになった。平田さんの問題ではなく、そこにいる人の、何やら無批判無自覚な、ぬるい顔また顔に。
教育って、なんなんだ。

私塾の稽古場で、仲間の俳優が、尾崎豊さんの息子が歌ったという「I LOVE YOU」を聞かせてくれた。
スピーカーから歌声がこぼれた瞬間、息を止めて耳をすませた。
いのちが確かに受け継がれていることを、耳が聴き取る。
声が似ているということは、息をするこころとからだが似ているということだ。
子をなすということの神秘にふれて、結局子をなさないまま生きている自らを思う。
だから、わたしはこの息を、この心とからだで感じたこと見知ったことを、他者に伝えることが使命だ。

家に帰って、「15の夜」を聴く。
わたしの中には、まだ15のいのちが確かに生きている。
その自由さと逞しさが、まだある。
それはまた、矛盾をたっぷり内包していることでもある。
この間も「ライ麦畑……」をこの歳で再読して感じたように、
ホールデンとミスタ・アントリーニが両方内在して、
成熟とはほど遠く、わたしは煩悶し続けている。

2010年5月 5日 (水)

第38巻読後。

ひとつが終われば、またひとつ。
Theatre Polyphonic の次なるオーディションWSまでにはまだ時間がある。
わたしの部屋の床に、「ガラスの仮面」全44巻が、どーんと並んだ。
ニナガワカンパニー時代、最後にかかわった作品の続編がこの夏上演される。
演出補としてオファーを受けて、ずいぶん悩んだ。
私塾の稽古ができなくなってしまう。それはダメだ。
Theatre Polyphonicの10月公演の準備もある。
演出家として外に飛び出してまだ2年、一人前になるまでは帰省しないと誓う青年のような気持ちでも、悩んだ。
でも、大好きな、敬愛する、わたしの音楽的良心、最悪の酒好き、最高の先輩と、久しぶりに飲んだ時のこと。
演劇のこと音楽のこと、ワインをがんがん飲みながら、真剣に、ふざけて、笑い飛ばして、考えて、いつものように大騒ぎで過ごしているさなかに、言われたのだ。
「やらなきゃダメ。日本中の、ガラかめフファンのために、演劇少女のために、石丸さん、やんなきゃダメ」って。
なんだか、恐ろしいほどの説得力だった。
そして、今のわたしだから、出来る仕事があると感じた。
で、私塾に穴を開けすぎない根回しとか、Theatre Polyphonicの稽古に入れるように、いろいろ、調整。
心置きなく「ガラスの仮面」に打ち込める段取りは整った。
今夜は、38巻を再読して、月影千草の半生を追い直す。半生どころじゃない、もう、一生分。
身よりのないかっぱらい同然の浮浪児が、尾崎一蓮に手をさしのべられ、演劇に生きる道を見いだしてからの、激しい一生。浮いても沈んでも、演劇への一筋の情熱と、一蓮への一筋のひたむきな愛と。
もう、演劇やってる女なら、誰でもぐらんぐらん心を揺すぶられるような話。
美内先生はすごい。
うーん、なんだか明日の私塾の稽古は、ガラかめモードになりそうだな。
一人に一つずつ、養成ギプスを開発して。
ま、それは冗談にしても、たかが演劇と呼ばれがちなものを、人が人を映し人が世界を映し、今を生きる人が今を生きる人を動かす、比類ない行為と時間に高めるのは、愛だと思うよ、やっぱりね。
自分の仕事を、誰より信じたいと、思う。

2010年5月 3日 (月)

感謝いっぱい。

オーディション本番を二日間終え。
選考を終え。
参加してくださった俳優の皆さんに、ご挨拶を書き。
作家に報告をして。

闘い終えた。
仕事は、丁寧にしようとすると、想像を超えて時間がかかる。

かつては、わたしも、
オーディション当日にプロフィールの束をもらって、
自己紹介を聞きながら、さっと目を通して、
大事な情報だけを、素早くつかむ術を身につけていた。
よくないことだが、忙中、必要な能力だった。

今は、そういう権威ある場所から遠く離れて。
名もない金もない、能力と愛情だけはある演出家として、
一から出直し。
それでも、何か匂いを嗅ぎつけて応募してきてくれた俳優たちに、
心から感謝しながら、限られた時間で、精一杯。
参加してくれた俳優たちの名前を覚えていたので、
谷さんが軽く驚いていた。
……わたしが男だったら、女優たちがちょっと薄気味悪く思ってしまうパターンかもね。
でも、会っている時間、プロフィールに視線を落とす時間がもったいないと思うから、
そんな風に予習してしまったわけで。

目の前の人たちと、もうちょっと演劇を楽しみたかった。
時間の足りなさで、欲求不満がストレスになったけれど、
二日間でずいぶんエネルギーをもらった。
なんたって、わたし、もと俳優だからなあ。(……20年くらい前だけど。)
緊張とぶれまくる自己顕示欲でぐちゃぐちゃだった自分を知っている。
だから、そんな中でも心動かしている俳優を見ると、
ぐっとくる。
そして、うまくいってない人を見ると緊張する。手に汗にぎる。

時には、んーーーーーーーっ、怒りと苛立ちの熱さ。
すぐに稽古したくなって、後で周りの俳優たちに、
「石丸さん、稽古始めちゃうんじゃないかと思った!」
と見抜かれる始末。
作家は隣で、インスピレーションをもらったようだ。

そして、闘いは、まだこれでは終わらず。
言い換えれば、お楽しみはこれから。

感謝いっぱい、次に向かおう。

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