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2010年10月

2010年10月27日 (水)

我が心、社会復帰の道。

秩父では、12月のコンサートの準備を始めている。
楽譜も書いたし、構想もしている。稽古にも行く。
これからの私塾のことも考える。稽古も始める。
運営にはけっこうな事務作業が必要で、粛粛と進める。
11月中には、作品を決めて、私塾公演の準備も始めなければ。
芝居も観にいく。
人とも会う。
「グロリア」を観にいったら、石井喧一さんとばったり。
日本酒をけっこう飲んだな。そして話した。
楽しかった。
石井さんに薦められた一行日記を、それ以来つけている。
次の公演のことも考えている。
そして、今回の公演の後片付けだって着実に進めている。
振込作業が趣味のように、振込作業に熱中している。
ふふん。ヨーロッパ旅行3回分くらい、一気に消費した。
男に貢ぎまくって、幸せな思いをいっぱいして、あっさり別れを告げられたようだ。
時間をかけて膨らましてきた財布が一気に薄っぺらくなってしまったが、
何やら、幸福の余韻が残っていて、早く次を見つけたい。

外から見れば、わたしという人は、すっかり次に目を向けて進んでいるのだけれど、
わたしの心の奥底が、まだこの間の公演に引きずられている。
あまりにこの心身を捧げていたのだな、あの時間たちに。
だから、本を読み、映画を観る。
もう映画も何本も観たな。
夜中に、公演のために買ったプロジェクターで、大映しの映画を観る。
今日は「母なる証明」を見て、ぶっ飛んだ。
ぶっ飛ばしてもらえると、早く先に行けそうだし、早く先に行きたくなる。
もっともっと、ぶっ飛ばされたい。

2010年10月13日 (水)

夢から醒めない。

愛すべき人たちと走り続けた、美しき公演が終わった。
わたしの耳の中には、まだコダーイやサラサーテの劇中曲が聞こえているし、
廃棄されずに家に運び込まれた、瀬田の原稿やら床面のベニヤは、舞台そのままの匂いを発していて、わたしはまだ夢から醒めない。
ベランダでは、また次のファムファタールを生み出すために、冷蔵庫が一時の眠りについた。

わたしには、まだ膨大なプロデューサー業務が残っている。
公演の総括には、まだ時期が早い。
愛する俳優たちは、もう次に向けて走り出しているんだろうな。
わたしは、もう少しここにいて、
この公演が何であったのか、何で出来ていたのか、
ゆっくりと考えて、次を探す。

Theatre Polyphonicと、また次の観客との幸福な出会いを願って。

Setayoshioka_2

写真は、書痙になってからの瀬田賢二(田村真)と吉岡(田中里枝)。

瀬田賢二は、谷賢一しか生み出せなかったし、
わたしが彼に戯曲をオファーしなかったら、
この男が生まれることもなかった。
谷さんに、夜を徹してラブレターを書いたのが、昨年の6月。
それから1年と4ヶ月。
生まれてから、消えるまで。
演劇は果敢無く消える運命だけれど、
谷さんの文字は残る。

すごく谷さんに会いたいのだけれど、
わたしはまだ声をかけられずにいる。
公演の時間が終わるとともに、
彼が失踪してしまったような錯覚に陥っている。


2010年10月11日 (月)

千秋楽を前に。

感傷的になることなどない。

毎日、少しでも先に行きたい。
毎日、いいものを大事に守りたい。

明日も、同様。

Nishitani
(撮影:橋田 欣典)

写真は、「悪魔の絵本」の心情を支える、ヴァイオリニスト西谷国登さん。
彼もまた、毎日、毎回、瞬間瞬間、五感を全開にして音を生み出してくれています。

6m四方の舞台に、
小さな楽器から豊かな音が流れ出します。
あるときは、吐息のように、
あるときは、霧のように、
あるときは、朝の鳥のように
あるときは、弾む足取りのように、
あるときは、愛を求める指先のように、
あるときは、幸福を描くリボンのように、
あるときは、解放を謳う陽の光のように、
あるときは……。

この作品を生み出す前から構想していた音を、
実際に劇場で聞ける喜び。
選曲したメロディーたちが、
演奏家を通して、芝居を通して、
育っていくのを見守り味わう喜び。

こうして、音楽と喜びを共有できるのも、
Theatre Polyphonicならではのこと。

「悪魔の絵本」、明日が千秋楽。
若干枚数の当日券が出ます。
劇場にて、お待ちしております。

2010年10月10日 (日)

あと2日。

Akuma2
(撮影:橋田 欣典)

わたしらしい芝居だと言われる。
うーん。
とっても美しい芝居なのです。
いいのかな? わたしらしいという表現は。

久しぶりに会った、敬愛する照明家に、
こんな言葉をいただいた。

とても石丸らしいお芝居だと感じました。 たまりにたまった石丸の思いが堰を切って押し寄せてきました。 長い長い発酵期間を経て飛び出してきた表現は、 静謐でエネルギッシュなものでした。

これなら、わかる。
ありがたい。

希求の慟哭と、諦観の沈黙を、
行ったり来たり。


「悪魔の絵本」、あと3回を残すのみとなりました。

明日、14時、19時開演。あさって、14時開演。

どうぞサンモールスタジオまでお越し下さい。

2010年10月 9日 (土)

1987石丸さち子→2010石丸さち子

本番に入ってからは、
演出家でいる時間よりプロデューサーでいる時間の方が長く、
これは、なんていうか、ひどく大変。
演出家は向いてると自負してるわたしだが、
プロデューサーは、おそらく、向いてない。
しょっちゅうくじけそうになってる。
ここんとこ、かなりくじけそうになってた。

今日、「ACCIDENTS」で短篇の上演をさせてくれた作家の宇野イサムさんが来てくれて。
彼は、わたしの長い、長い、友人だ。
「1987石丸さち子」という恐ろしいタイトルのDVDをくれた。
ベニサンピットでやったスタジオ公演、「虹のバクテリア」に出ていた、わたし。
20代前半だったイサムさんの作品を、50代前半の蜷川さんが演出した公演。
開演前に、当時まだ珍しかったビデオを客席で蜷川さんがまわしていて、照れくさげにふざけるイサムさんとわたしが映っている。
そして、30分の本編。
わたしの、あの時の、最後の台詞。
100%の元気と、0%の迷いとともに。
「あんたみたいに、くじけること、怖がってないもん!」

20代のわたしの声が、我がファクトリーに、深夜、響く。
「あんたみたいに、くじけること、怖がってないもん!」

50代目前のわたしは言い返す。
「あたしだって、くじけること、怖がってないもん!」
深夜、一人、声にせず、言い返す。

ああ。

わたしの中に、わたしが蘇る。
わたしの、わたしたるゆえんの、わたしが。
わたしの中を、時間が流れて、
洗っていく。
目覚めよと、叫びがこだまする。

わたしは、きっと、一生くじけることはないだろう。
かつて、あの台詞を心から発した者であるから。


2010年10月 7日 (木)

もう半分が過ぎてしまった……。

中日を迎えて、こんなに淋しい思いをするとは。
わたしの「悪魔の絵本」が、あと5日間で終わってしまう……。

演劇ですから、ナマモノですから、
毎日毎日、微妙に違う「悪魔の絵本」が、
生まれては消えていきます。
お客様の心に、さて、どう届いているのか。

毎日劇場でお会いするほとんどのお客様と、
お話しすることもなく別かれていく。
長らく劇場で仕事をしてきたのに、
ここまで、一人一人に「どうでしたか?」と聞きたくなってしまうのは、
はじめてのこと。

下の写真は、わたしの大先輩であり大親友で、音楽の女神さま、
池上さんから贈られた紫のバラ。
この夏、二人のヘレンとして、ガラかめで闘ったのも、もう遠い昔のよう。
あの時間は過ぎたけれど、愛がしっかり残ってる。

Photo

このほかにも、我が秩父市民ミュージカルと俳優私塾POLYPHONICから、思いがけず、でーっかいスタンド花をいただいた。
そして、中川くんからは、出演者とわたし宛てに二つも!
辰巳さんからも、特大花が届いたばかり。
愛してやまないジュディさんからは、差し入れが届き、観ていただいた上に、めちゃくちゃ嬉しい、「素晴らしい公演でした」メールが届き。
とにかく、前半戦、観て頂いたすべての方に、感謝。本当に感謝。
いつも劇場ではバタバタしていて、ろくに挨拶もできずに別かれてしまった方もいる。
いずれ、何かの形でお返しをしなければ……。

ありがとうございます!

そして、後半戦、また劇場で愛する人たちをお招きしていく。

2010年10月 5日 (火)

初日が開き。そして、明日。

「悪魔の絵本」を、毎日ひもといている。
わたしはプロデューサーで、演出家で、場内案内係で、映像オペレーターで、
毎日が激しく孤独で、激しく幸福だ。

この手仕事からなる絵本を、
とても大事に大事に思ってくれるお客さまが少なからずいてくれる。
うれしくて狂いそうになる。

明日は、作家である谷賢一さんが劇場を訪れる日だ。
「悪魔の絵本」を演出することは、
ほぼ、谷さんにラブレターを書き続けることのようなもので、
それを明日、差し出すわけだ。
振り幅の大きな愛憎を、明日、ひもといてもらう。

明日。


2010年10月 1日 (金)

初日前夜。

明日は、最後まであきらめない追い込みをかけよう。
興奮しているけど、醒めている、変な気分だ。
ずっとこの時を待っていたような、
永遠に来てほしくない日を迎えてしまったような。
……いずれにしろ、わたしのこの日のために、ずいぶん長い時間を過ごしてきたのだ。

美しい芝居に仕上がった。
明日観るお客様は、これをどう感じてくださるだろう。

ともに創り上げた、谷賢一さんのことを想う。
歳の離れた戦友は、今日、1日早く初日を迎えた。
どうしているだろう?
わたしの「悪魔の絵本」を、彼は受け取ってくれるだろうか?


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