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2011年1月

2011年1月25日 (火)

わたしは幸福だ。

器用な人がいて、不器用な人がいて。
今まで気づかずにいたこと、知らずにいたことがあって、
新たに獲得しようとすること。
感じることのなかったことを、感じること。
自分を、少し、改革すること。
五感が、今の自分から飛翔して、世界を広げること。

俳優たちは、本番に向けて、ようやく動き始める。
今まで稽古場で培ってきたものが、心づくしの作品になるまで。
長い、長い、闘い。
一緒に闘うことで、心が少しずつ、つながり始める。
ともに笑えること。
ともに助け合えること。
それでいて、
ひとりひとりが、
個であること。
個であることに責任を持つこと。
稽古場に、いろんなものが育つ。
不出来極まりないわたしは稽古場で、いろんなことを学ぶ。

昨日、自分に問うた問いに答えよう。

わたしは幸福だ。

2011年1月24日 (月)

わたしは幸福か。

延々と仕事をして、稽古休みが終わった。
公演の準備の、果てしない事務作業と、演出準備と、勉強と。

スタッフ用台本の印刷だのDM準備だので、深夜プリンターをフル回転させながら、ひたすらに戦争と文学、戦争と表現の関係を調べる。その中で、水木しげるが著作に挙げた「幸福の七カ条」と出くわす。もう4時になろうとする頃。ブームだからと、読み飛ばせないものがそこにある。

第一条 成功や栄誉や勝ち負けを目的に、ことを行ってはいけない。
第二条 しないではいられないことをし続けなさい。
第三条 他人との比較ではない、あくまで自分の楽しさを追及すべし。
第四条 好きの力を信じる。
第五条 才能と収入は別、努力は人を裏切ると心得よ。
第六条 怠け者になりなさい。
第七条 目に見えない世界を信じる。

わたしは幸福か。
わたしは幸福か。


2011年1月16日 (日)

観客席から……。

昨日は、本日券売開始の「ACCIDENTS 2」の、券売準備に追われまくった。
……とは言え、私塾生の公演だし、まだチラシも撒いてないし、すぐに予約が入ることはないだろうと思いながらの、深夜の制作作業だった。
それが、蓋を開けてみると、何件かの予約が、券売初日からあった。
一件の関係者をのぞいて、みんな、あの、2009年の、「ACCIDENTS」を観てくれたお客様だった。
一気に、忘れてはならないことを思い出した。喪ってしまった初日と千秋楽の代わりに、自分たちで手に入れた初日と千秋楽の喜びと興奮を思い出した。
そして、「ACCIDENTS」の後、すぐに始めたPOLYPHONICで、「2」をやることになるなんて、あの頃は想像もできなかった。

ありがたい。
ありがたい。
観客席から溢れてくる思いを感じて進めることは。

そして、私塾生たちと心と体をぶつけるだけぶつけあって、わたしはわたしの観たい演劇を創る。

自分の責任で。
自分らしく。

この二行が自分の30代には欠けていたのだと2009年のわたしは書いている。
この二行を全うしながら、2011年、わたしは40代後半をひた走っている。

2011年1月13日 (木)

滅茶苦茶。

今夜、わたしが没頭していること。

・日露戦争研究
・さざんかねっと、ねっと、ねっと
・乃木希典と三島の自刃研究
・チケットのテスト印刷をして、安い紙を検索、検索、検索
・ライ・クーダーを片っ端から聞く
・進軍喇叭を片っ端から聞く
・アメリカのTVショーを片っ端から見る
・iTunes で新しいプレイリストを作りまくる

めちゃくちゃだ。
すべては明日のために。
近い未来のことに夢中になって、いつもわたしは将来の設計を忘れる。
ずっとずっと、こんな調子だ。

2011年1月 9日 (日)

あがさ。

岡田あがさが、昨日サンモールの新年会で、女優賞をもらった。
井佐原茉莉の役で、狂気とエロスを表された。
わたしはひどく嬉しくって。
谷さんの飲尿ミュージカルを見てあがさの存在を知って、まあ、わたしの一目惚れで、オファーしたんだけれど。
これはもう、本当に、声をかけてよかった、と。夜中にドキドキしながら、突然のメールを書いてよかったと、思い返すわけで。

あがさが、演劇に溺れてあっぷあっぷする姿も、
あがさが、井佐原茉莉と格闘する無様さも、
すべてあっぱれだった。
稽古初日に訪れた、怯えた小動物みたいな女が、
作家の妄想した人物と結託して、獰猛さを増していくその過程。
混乱や戸惑いが見えやすく、それをすべて、自分の現在として開き直って、体当たりで向かってきたあがさ。心と肉を揺らして、演出家にも相手役にも、どんっとくる。
本番に入り。日毎、自戒と隠し持ったナルシズムを行き来し、他者の言葉の渦に揉まれてぐるんぐるん戸惑いながらも、核だけはきっちり守りつつ、自由さを誇ったあがさ。
写真を連写すると、美しい表情の変化の中に、時折、ホラー顔が混じる。
サブリミナル効果で、あがさはわたしたちに井佐原茉莉を植え付けようとしたのだ。
なんて恐ろしい女。

わたしは見たぞ、すべて。
愛しているぞ。

なんでそこまで演劇好きなの?
まだ若いのにそこまで一気に傾倒しちゃっていいの?
と、凡人のわたしは心配してしまう。
短い間に、何もかも食い尽くしてしまって、
10年後には別の仕事をしてるんじゃないかって……
余計なお世話だけれど、心配するわけです。

あがさ、いつかまた一緒にやろう。

***

あがさだけじゃない。

出会う俳優、ひとりひとり、しっかりと出会ってきた。
この、演劇を通して他者と出会う時間が、今のわたしを構成している。
一生離れたくない愛人がいるし、激しいSM関係にある人もいるし、傷つけあって別れた人だってたくさんいる。
そのすべてが、わたしの現在。
だから、これまたお人好しのお馬鹿さんって感じだけれど、
苦楽をともにした俳優が売れていくのが、ものすごくうれしい。
自分の仕事じゃなくってもいい。
演劇愛してるよとか、演劇くたばれとか、体から愛をにじませながら舞台に立っているのを見るのが、こよなく好き。
生き生きしている姿がたまらない。
……こんなこと書いてる暇があったら、自分の勉強しろよって思うけれど、わたしは現場でしか、結局、学べない女であるからして。

俳優たちに感謝。
過去も未来も含めて、出会いがすべて。


★ホラー顔。クリックすると怖いです。

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2011年1月 6日 (木)

そしてまた、姿なき新年が。

新しい年がやってきた。
もくもくと仕事をしたり、過ぎた時間の置き土産みたいな疲れにどっぷり浸かっていたり、近い未来と遠い未来を思って呆けていたり、
そんなことをしていたら、するすると知らぬうちに顕れて、わたしの肩に手をおいた。
まだ、姿のない、わたしの新しい年が。
姿は、これからわたしが与えてやるのだ。

姿なき新年に肩に手を置かれながら、これから始まる稽古のために、公演準備のために、紙とペンとMacに向かい、お正月と呼ばれる日々を過ごした。
そうしたら、ありがたいことに、その時間がすぐに報われて、今日、浮き立つような喜びを覚えた。
具体的に言うと、稽古場支援事業に採択されて、環境の整った稽古場を使わせて頂けることになったのだ。
新年の姿が、ほんのり輪郭を見せた気がした。

それにしても、稽古場。
ああ、稽古場。
わたしがどれだけその場所を愛しているか。愛してきたか。
稽古場から劇場へ、劇場から稽古場へ。
その巡りは、
春夏秋冬よりまして、わたしの体を流れるリズムだ。

いろいろ、いろいろ、あったけれど、
わたしはこんなにも、ここが好きだ。
好きな場所を、自らの一生の仕事場にできている。
その幸せとか喜びを、再確認する。
ああ、わたしのやるべきことをやればいいのだ。
少しずつ、それを伝えていこう。
稽古場で。劇場で。
いそがずに。

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