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2011年6月

2011年6月29日 (水)

三文の得となるか?

昨日の稽古を今日に反映させよう、さあ、予習だ! 
という気合いで、おっそろしく早起きしてしまう。
朝から台本と、がっぷり四つに組む。
私塾の稽古も、今日を最後にしばらく休みなので、
こっちもまたしっかりやってこなくては。

ふむ。美味しい珈琲が飲みたい。

2011年6月28日 (火)

大失敗。

何か、興奮状態が続いていて、やるべきことも山積みで、
眠ってもすぐに起きてしまうことが多い。

5時に寝て、7時に起きるという体たらく。
仕方なく仕事したり、メールを書いたり。
新国の「雨」のマチネチケットを買っていたので、
このままでは寝てしまう……と、朝食後、仮眠。
起きたら、終演時間30分前だったという、そんな大失敗。
ああ、ああ、ああ、ああ〜〜〜〜。

しばらく、放心しました。

明日は稽古場仕込み。
いったん私塾の稽古に行って、
それから「ペール・ギュント」全体稽古開始である。
わたしは、妄想する。
わたしは、夢みる。

2011年6月27日 (月)

冒険が始まる。

リーディング公演……ということで、稽古期間が短い。
でも、リーディング……なんて簡単に言っちゃあいけない規模の大きさになりつつある。

稽古場にて、主演の石母田氏と差し向かいで、戯曲の解釈について語る。
本来なら稽古場で、稽古しながら解き明かしていくものだが、今回はその余裕がない。
まず、戯曲の大筋、そしてそこに眠っているあらゆる可能性について、語る。
ペール・ギュントと知り合うための、言葉、言葉、言葉。
気がついたら、2時間半がたっていた。
1ヶ月稽古してつかめるかどうかの役を、10日間で仕上げてもらうという、荒行みたいな稽古。
どれほどのプレッシャーかと想像するが、彼を選んだわたしの目に狂いはない。

この公演に集まってくれたキャストスタッフたちと、あさって、いよいよ冒険の旅に乗り出す。

ペールのように駆け抜けたい。動力源は、気恥ずかしいけれど、世界と、人間への愛。

IN-Projectで、西谷さんと冒険に乗り出した。
今度はペールとともに、「おのれ自ら」を探す冒険へ。
そして、また、この山の先にも、冒険は続きそうだ。

2011年6月26日 (日)

長生きします。はい。

久しぶりに朝寝坊できる!と、勇んで眠りについたのに、歯痛で目が覚める。
情けない。
予約でいっぱいの歯医者で待つこと1時間。
読めずにいた今月号のDAYS JAPANを熟読。

何かに熱中している時も、いつも、忘れてはいけないことを確認し続けたり、
幸福だと思う時も、今そこにある他者の不幸のことを思ったり、
季節を喜ぶ時も、目に見えない脅威のことを考えたり、
生きること自体が、もう、かつてのようではありえない。
我が家は、家人の価値観がかなり近いので、苦痛が家庭に及ぶことはないが、
そこがずれてしまったら、生きることはどれほど辛いことになるか……。
でも、わたしだって、事故当初は、
原発の現在や、横行する嘘、マスコミの体質、政治家の思惑、あれやこれやと、集めた情報を家人に説明しまくった。いやがられても、かなり時間をかけて訴えてきた。そして、ようやく価値観を共にすることができるようになったきたのだ。
ただ、これはあくまで、ささやかに幸せな例に過ぎない。
社会だの、共同体だのが、簡単に動く訳もない。
大体が、議論することが、恐ろしく下手な国なのだ。
そんな処で、わたしの出来ることは……と、結局、馬鹿のひとつ覚えみたいな思索に戻ってくる。

結局歯痛に眠りを奪われて、目覚めたら、お世話になっているゴールドの加藤さんからメールが届いていて、「石丸さん、ちゃんと寝て下さいね」とある。何やらお見通しだ。
「不眠はいらいらの素にもなるから」とも書いてあったけれど、寝てないからと言ってイライラしてちゃあ、演出家失格だろうな。でも、まあ、健康に留意するに越したことはない。

……なんて思いつつ、IN-Project第2回公演の打ち合わせで西谷君に会ったら、別れ際に、
「石丸さん、長生きしてくださいね!」
なんて、ピュアに言われてしまって、心の中で大いに笑った。
昔、パパやママに、よく言ったなあ、「長生きしてね!」
わたしも、ああ、そんなことを言われる歳になっていたのだ。

IN-ProjectのMCで話したことだが、彼は公演を決めた途端、30の企画が並んだワード書類を送ってきてくれた。それは、実に、玉石混淆で、ナイスなプランもあれば、かなりとぼけた笑えるプランもあった。
でもそれが、3月11日以降、行き先を見失っていた彼の表現欲求が久しぶりに動き始めた、そのエネルギーの強さを物語っていて、わたしは感動したのだ。
だから、「これ、全部つぶしていったら、1年に2回公演やったとして、15年あれば全部できるよ!」と言った訳だが、ちょっと待った! その頃は、わたし、もう60代になってるじゃあないか。
……という訳で、彼の、「長生きしてくださいね!」発言になる。
微笑ましい。
いつも、「僕は石丸さんと仕事できて幸せです!」と、顔に書いてきてくれる。
こんな人はなかなかいない。
20代の若者と、共同企画の仕事を始めるなんて想像もしてなかったが、これは是非、続けていこうと思う。
第2回公演も、ぐぐっとエネルギーを注ぎ込んで、生命力が持っている本来の明るさ優しさが溢れるような舞台にしたいと思っている。
そこに生まれる音楽、そこを映す演劇。

わたしは一人で仕事を始めるのが極端に遅かったから、恐らくこれから、最前線で仕事していくことはないんじゃないかと思っている。
でも、この人生の残り時間を、愛する演劇と音楽に、夢中になって過ごすことはできる。
恩返しすることはできる。
わたしの人生を、わたしなりに生き通す。
最近、ようやくそんな風に、落ち着いて考えられるようになった。
だから、うん、長生きしたいね。

2011年6月25日 (土)

もう、わたしが過ぎてしまった時間。

私塾。
何かを見つけようとしている若者たち。
それぞれが、それぞれの方法で。
自分をしっかり追い詰めてから楽になる者がいれば、楽をしてしまい、自分を見いだせない者もいる。
一人、一人、みんな違う。
恵まれた者、恵まれない者。
大体みんな理不尽で不公平な世界で生きている。
だからこそ、そんな世界を映すには、いろんな俳優が必要なんだ。
わたしは、誰であれ、導く方向性は見いだせるはずだ。
誰一人見捨てず、どこか良いところへ誘ってあげたいというのが、POLYPHONICを作った時の強い思い。
大変だけれど、そこだけは曲げちゃあいけない。

歌稽古。
作曲家の若さと才にウキウキしながら、稽古に寄り添う。
新しく生まれた曲たちには、急いで成長してもらわなきゃあならない。
この旅は、時間との闘いだもの。

夜。
IN-Project Vol.2のために、ヴァイオリンの調べに耳傾け続ける。
ギョーム・ルクーという24歳で夭折した作曲家のヴァイオリンソナタに胸打たれる。
おそらく20歳から21歳で作曲した、30分ほどの曲に、その年齢の、希望や夢、喜びや痛みが溢れる。
驚くほど静かに。まっすぐに。前を向いて。
ポール・ニザンの言葉をまたしても思い出す。
「僕は二十歳だった。それが人の一生でもっとも美しい年齢だとは、誰にも言わせない」
今度のIN-Projectには登場しないかもしれないが、いつか西谷さんに演奏してほしい候補になった。

もう、わたしが、ずいぶん前に、過ごして終わってしまった時間。
20代。
手をさしのべたり、
力をもらったり。
……またしても、涙もろい夜。


2011年6月24日 (金)

美しくありたい。

朝食時につけたテレビに、柴田トヨさん。
何度か、(→◆→◆)わたしは、ここでも紹介している。
美しいお顔に、わたしの朝がほころんだ。
人は、こんな風に、ずっと美しいままいることが出来るのだと思うと、今、自分が生きている瞬間が愛しくなった。この一瞬一瞬が、わたしのこの先を作っていくのだもの。
それにしても、かくも複雑な心というものを、言葉にする作業を、100歳までやり抜くという精神の強靱さ、そしてまた柔軟さに驚く。
美しさは、それゆえのものだ。

わたしの美しさは、どうもこの睡眠不足の生活に奪われているような……。
でも、やること満載で大変だけれど、なんとも楽しいよ。
今日は、さらなるカット作業を進めて、膨大なSEリストを完成。
静寂に、わたしの耳には、様々な音が聞こえていた、そんな夜。

忘れちゃいけないことはたくさんあって、
あ! また揺れたりして、
いつ落ちるかわからない、整備不全の飛行機に乗っているような気持ちは変わらない。
でも、この命ある限り、進まなきゃあならない。
不安に身を委ねると、深い淵に沈んで、帰ってこれないような気がする。
だから、前を向いて進む。
せめて、わたしの周りにいる人たちに、少しでも、少しでも、何か良いものを手渡すために。


2011年6月23日 (木)

元気でいなきゃ。

今日も激しい1日だった。
目頭から後頭部にかけて、きんきんと痛い。
睡眠不足がたたったか。

よいこともあれば、悪いこともある。
私塾の稽古では、感情的になって雰囲気を乱す人がいて悲しい気持ちになり、
公演の稽古では、腑抜けた声を出す塾生に、悲しい気持ちになる。
短時間での稽古で間に合うのか?と、自分のキャスティングが不安でもある。

俳優として。
おおらかな気持ちを持つこと。
恥ずかしがらずに、真っ向から勝負すること。
自分自身に呪縛されず、リラックスした表現体であること。
とても簡単なことのようだけれど、そういえば、自分が俳優の時も、難しかった。

わたしは、全てをまとめて面倒みる。
今回出会った俳優たちにも、どんと来い!って気持ち。
ただただ、健康にだけ留意しなければ。
わたしが元気でないと、何も生まれない。


2011年6月22日 (水)

ささやかに幸福。

ペール・ギュントのための、楽曲づくり。
若く自由で、骨太かつしなやかな作曲家は、ミラクルなスピードで、今日、全曲をあげてきてくれた。
しかも、なんとも愛すべき曲たちで……。
ラストの曲を、作曲家自ら弾き語るのを聴いた時には、目の中が熱くて熱くて、水分横溢状態に。
ああ、こんな曲が、生まれてきてくれたのだな、この歌を活かして、観客にお届けしなきゃあな、と、一人、静かなる興奮状態。
そして、どんどん追加発注するわたし……。
短期決戦の時期は、刻一刻と近づいている。

私塾は、メンバーが増えて、どんどん面白くなってくる。
自分の演技を見てもらう一人一人の時間は確かに減ってしまうが、他者の現在から学ぶことは、自分のダメ出しと闘っている時より多いかもしれない。
ペール・ギュントの仕事に追われながら、毎日稽古場に向かうのは、大変と言えば大変だが、楽しいのだ、稽古場は。
そして、立ち向かってくる俳優たちが真剣であれば真剣であるほど、わたしの内側が熱く生き生きと動き出す。俳優たちに、ありがとう、という気持ち。
こんな時に、公演のために再来週から休みにしてしまうのが淋しいが、わたし一人で責任を持つ私塾だから仕方ない。体がふたつあればなあ……とか、言わない。
こんな面倒な人間は、一人で十分だ。

世の中は相変わらずだが、わたしはこのようにして、ささやかに幸福だ。

2011年6月20日 (月)

はじまっている。

1日、台本と向き合って、夜22時からの劇場打ち合わせ。
早い段階から、本番同様の空間で稽古できることになり、心が躍る。
ささやかなスペースでも、そこはわたしの夢の場所だ。

読めば読むほど、己の半生を振り返ることになる。
読めば読むほど、現在を考える。人間を考える。

屍累々、たった一人、立ちすくんで、
己は何者なのかと、問うている。

2011年6月18日 (土)

新しい出会い。

オーディションで出会った、若い女性たちとの抜き稽古の夜。
私塾が終わって、大急ぎで稽古場移動して、おにぎり一個頬張っただけで、22時半まで。
それでも、しっかり前を見ている若い人と向き合うのは、ほんっとうに楽しいので、ちっとも疲れない。空腹もほぼ気にならない。

わたしの仕事は、本当に、ただひたすら、出会いによって支えられている。
出会った人、すべてと、ずっと一緒に仕事し続けられるわけではない。
でも、中には、続けてわたしとやりたいと願ってくれる人がいて、この間の「命と祈りの120分」のような形に結晶する。
感動屋のわたしは、もう、しょっちゅうしょっちゅう、感動を覚え続けて生きてる。
この、出会いという奇跡に。

明日は、秩父。
Color Of The Windが大評判だったことに気をよくして、もっともっと欲張って、いろんな企画を実現させていきたい。
明日は、秋のコンサートのために、大曲を、新曲に持っていく。明日譜読み、音取り稽古。
ワンレッスンで、どこまで牽引できるだろう?
ああ、これもまた楽しみじゃあないか。

2011年6月17日 (金)

わたしの「今」。

5月は、1年でいっちばん好きな季節だ。
いつだったか、わたしはこんな風に書いた。

「また五月がやってくる。
 
四月を迎えて、また花の季節がやってくると思ったように、
新緑の季節がやってくる。
五月の葉っぱはまだ成長の途上。
人の手の大きさで言えば小学校五年生くらい。
葉と葉の間からまだまだ空が垣間見える。
その緑はまだ淡く薄く頼りなく葉脈だってはかなげで、
陽の光は思うさま彼らをすり抜けてくる。
 
五月は木漏れ陽のいちばん美しい季節だ。  
自分が自らの人生でまだ何も成し遂げていないと落ち込むよりは、
歳がいくつであれ、五月の葉っぱのような人でありたい。
途上であるからこその、美しさ、軽やかさ、風通しのよさ。
 
ざわめく心をひとり鎮めて、伸びゆくエネルギーに変えていきたい。
五月の葉っぱのように。」

その5月の風に、異物の混じる悔しさ。
木々が、葉っぱが、大地に張った根っこから吸い上げる、清冽であるはずの水が、
汚れていることの悔しさ。

6月は、雨。
雨降りは好きじゃあないけれど、
自転車に乗って、パンツまでびしょ濡れで疾走するのは、
けっこう好きだ。
破れかぶれってのも、なかなかいいもんだ。
ずぶ濡れになって風を切ると、すごーく、地球の一部な感じ。
動物の匂いが、自分から立ち上ってくる。

でも、その水は、今やわたしを汚染する。

わたしの好きな世界は、どこかへ行ってしまった。
この世界を、どうしたらかつてのように愛せるのかと、考える。考える。
この世界を、続く人々が、新しく愛せるようにするには、
わたしに何が出来るのかと、考える。考える。

わたしは、そんな「今」の中で、作品を作っているのだ。

明日は、初抜き稽古。

2011年6月16日 (木)

命と祈りから、次は、人生という旅の話へ。そして次は……。

目の前に、壮大な世界が広がっている。
「ペール・ギュント」という戯曲。
これが、わたしの演出次第で、誰かの心に宿った小さな夢の世界にもなる。
矮小化された現代人が忘れている、果てなき妄想力、その具現化にもなる。
人の一生を笑い飛ばす、或いは無に帰する、寓話にもできる。
現代が求めてやまない、救済の話とすることもできる。

わたしは、まだ、言葉を前に決めかねている。
綱渡りを、どんなバランスで歩いていくか……。
わたしは、稽古前に机上で考えていたことを一度にひっくり返すこともあるくらい、稽古場で発見する演出家だ。
だからいつもなら、「すべては稽古場が教えてくれる!」と、乗りこむのだが、今回は実に短い稽古ゆえ、そうもいかない。
でも、まあ、ちょっと見たことないような、(聴いたことないような)、リーディングになるだろうと思う。わくわく。

演劇のことばかり考えていて、わたしは相変わらず、社会には役に立たない人間のままだ。
でも、IN-Projectを終えて、少しすっきりした。
わたしの道は、ここにある。
あの公演を喜んでくださったお客様から、たくさんの言葉をいただいた。
どれも、舞台と客席で一緒に過ごした時間を喜んでくださるものばかりだった。
……ありがとうございます。
わたしは、お客様に励まされ、力づけられ、勇気をもらい、そしてまた歩き出しています。

次は、人生という、旅の話です。
自分って何?という究極の問いの答えを求めて、旅する男の話です。

そして、さらに秋のIN-Projectのタイトルも、もうわたしの中で決まっています。
西谷さんに、「ジャジャーン!」と発表するのが楽しみです。
彼は、きっと反対しないと思う。
そして、聴きたい曲も、もう耳の中で鳴っています。
ああ、これもわくわく。


2011年6月15日 (水)

今日は店じまい。

稽古初日が終わった。

何もしゃべらないつもりだったのに、熱に浮かされたように、演出プランともつかないウダウダをしゃべっていたなあ、今日のわたしは。
ダメだ。
演出家として、よろしくなかった。
ただ、あの膨大な台詞を、一気に聞けたことで、スタートできる確信。
……これからだ。
しっかりリセットしよう。

音楽の打ち合わせは、この先が楽しみで仕方ないものになり、救われる。

今日は、早めに店じまいして、明日に向けてリセット。

===

3月11日からの習慣は、
どんなに忙しくても、
1日の終わりに、世の中の動きを確認してから眠ること。

その中で覚える焦燥感が、また仕事へとわたしを誘うことが多いのだが、
今日は寝る。絶対、寝る。
早寝した日には、いつも、稽古する夢を見てしまうのだけれど、
今日は歓迎。
夢見るように、演出プランを練りたい。

2011年6月14日 (火)

新しい、明日。

己の選んだ戯曲が、あまりにも手強いので、日がな一日、思索の中にいる。
しかし事務的なことはまたしてもわたしを思索に溺れることを許さず、調子の悪いプリンターの電源をもう10回以上押しては、再起動させている。

村上さんのカタルーニャ国際賞のスピーチを読み、
日本人としてのアイデンティティーについて考える。
わたし個人のアイデンティティーについて考える。
日本人の世界。
わたしの世界。


駆け抜ける時、疾駆の爽快感に溺れて、周りの風景をわたしは見逃してはいないか。
わたしは、駆け抜ける道を、心の目で、しっかり見据えているか。
それとも、疾駆の爽快感は、命の終わりを前にして、わたしを祝福してくれるのだろうか。

3月11日を境に、表現者としての自分を問うてきた。
「命と祈りの120分」は、そのひとつの答えだった。
表現する他者と生きること、表現する自分と生きること。
それは、疾駆の爽快感。肌で感じる流線の風。

でも、次の仕事を目前にして、
わたしが求められているのは、
周りの風景をしっかりと見据え、それを言葉にしていくことだ。

ああ、そんな難しそうなこと、不眠より命を縮めそうだが、
演劇だから、できる。
そこに、人間がいるので。
世界を映す鏡として、用意された戯曲が、
かつて、この世界を生きていた人の書いた言葉が、
そこにあるので。
だから、できる。

明日から、私塾は第2節の始まり。
新しい出会いや、再会もある。

明日から、7月に向けての稽古の始まり。
高い、高い、岩壁の前で、
一足、一足、登っていけば、いつかするするとロープが下りてくるかも、誰かが後押ししてくれるかも、
と、前向きに立ち向かう。
明日、踏み出す。


2011年6月13日 (月)

そして、また1日。

キャスティングで大きな問題が起こったり、
大切に思っていた人と諍いがあったり、
心の揺れる中で、次の仕事の準備を黙々とする。
いくら時間があっても足りない。

今日、「世界」という言葉の意味が変わってしまうような、
激しく心動く舞台を観た。
そのことをずっと書きたかったのだけれど、
もう遅い。
心と体が、音をあげている。
明日、そう、また明日が来るから、今夜はやすもう。

雨の音が優しい。
6/8のリズムで、雨だれが鳴り続けている。

2011年6月12日 (日)

命と祈りの終演。終わってまた歩き出す。

劇場に足をお運びいただいたお客さま。
愛する、スタッフキャストのみんな。
そして、西谷さん、西谷家の皆さま……。

ありがとうございました。

とても、とても、幸福な公演が終わりました。


わたしは、絵空箱を下見させていただいた4月9日から、走りつづけてきました。
西谷国登さんという伴走者は、
最初から最後まで、「石丸さんと一緒にやれて楽しいです!」という笑顔を、
ずっとずっと絶やさずに、走ってくれた。
どれだけそのハッピースマイル&ピュアハートに救われたことでしょう!
呼ばれて演奏するのではなく、
何人もの人を巻き込んで自主企画公演するのは、本当に大変なことだから、
西谷さんも疲れたり、ブルーになったり、そりゃあすることはあったんですけれど、
わたしが「西谷さんっ!!」って声をかけると、
「あ、そうだ!」とばかりに、笑顔を思い出し、自分に拍車をかける。
20代を生きる若者の、飾りのない走りでした。
そして、公演企画者として走ると同時に、
音楽家として、今回わたしが選んだ曲たちに、
きちんと命を吹き込んでくれました。
ヴァイオリンが、音楽が、ますます好きになります。
ありがとう。
続けていきましょう、これからも。
今回、来てくださったお客様も、それを望んでくださっているみたい……。
最高です。
今日から、わたしは、次回の企画をもう夢想しています。
この夢想が、すべての出会いの始まりなんです。

===

西谷さんに、
劇団の二人、
私塾の四人、
教え子一人、
先生と呼ぶけど構成員一人、
秩父の右腕ピアニスト一人に、
秩父熟年の四人。
石丸組が集まっている光景は、
わたしがここ数年やってきた仕事すべてを思わせて、
何度も心を揺らしました。
楽屋ではみんな一緒くたにワンフロア。
そりゃあ、賑やかで賑やかで、なんとも楽しかった。

敬愛するスタッフたち。
わたしを支えてくれてありがとう。
わたしの作品を大事に思ってくれてありがとう。
感謝しています。

お客様からも、嬉しくありがたい言葉をたくさんいただきました。
大切に心の奥に閉まって、次に進みます。

みんなの、皆様の、おかげで、
劇場「絵空箱」を通じて、30万円の義捐金を届けることができました。
わずかな金額かもしれませんが、
幸福な時間を、ステージと観客席で共有できて、
そこから、いくばくかの力を生むことができた。
単なる募金じゃなく、わたしたちの表現する悦びの産物。
それが嬉しい。

===

今日は、公演の収支決算で1日中、電卓とExcelに向かっていましたが、
明日から、「ペール・ギュント」モードに切り替えです。
今から問題山積していますが、ここにも、今のわたしのすべてを注ぎ込みます。
私塾の生徒は、また少し増えそうです。
その先、広島大学での初めての講義も待っています。
秩父の秋公演の作品作りも始めます。
そうこうしていると、IN-Project第2回公演です。
これに備えて、ある新しい習い事も計画中です。
Theatre Polyphonicの次回作も、じっくり企画します。
オリジナルミュージカルの台本も、書き始めます。

まぐろみたいに、止まると死んじゃうタイプ?と、よく言われます。
そんなことないよっ!と答えていましたが、
事実、そうなのかもしれないって、この頃、思います。
回遊魚として、全身と全心を使って、泳ぎ続けたい。

蜷川組で、ずっと一緒に苦労をともにしてきたスタッフ仲間から、
メールをもらいました。
「やっぱり石丸さんはうちに秘めたエネルギーを自ら外に放出するべくこの世に生を授けた人なんですよ!」と書いてありました。

大好きな音楽家、池上さんから(このブログ多数出演の先輩であり最高の友、池上知嘉子さん。)
公演後プレゼントされた「PRAY FOR JAPAN」という本には、付箋がはさんであって、
「このページを読むたび、わが友さち子のことを想います」と書いてあった。
こんなページだった。
『誰かに頑張ってほしいと願うなら、
100回「頑張れ」と言うよりも、
自分が1回頑張ったほうが伝わる。
私たちが、頑張ろう。』

ええ、わたしは、泳ぎ続けます。

===

White
中川くんから届いたお花。
ACCIDENTS2の深紅の花束に続いて、真白の花束だった。
劇場の花瓶から、我が家へ。


2011年6月10日 (金)

感謝。

2回目の公演に備えて、午後はしっかり稽古。
昨日の堅さがとれていい感じの公演に終わった。
わたしは、なくなりかけている声がどこまで持つか、ここまでくればもう神頼み。
最後の稽古で、演出中大声を上げすぎたり、
舞台稽古で1日中、これでもかとしゃべりまくったのが、きいてきた。
自由に使えた声が、自由に使えない苦しみ。
公演一本立ち上げるためのいろんないろんなこと、
寝ずに頑張って、やってきた。
参加しているみんなが、この公演を喜んでくれているから、
わたしは報われている。
あとは、声だけ。
声が出なくっても、心で歌うぞ、心でしゃべるぞ。
わたしの愛した音楽と演劇の神さまは、そんなに意地悪じゃないはずだと信じて眠ろう。

久しぶりに出演して、忘れかけていた俳優の気持ちを思いだした。
50歳を前にして、演出家として大いに勉強している。

でも、今日もお客様をお迎えし、
自分が夢想し、自分で形にした作品を楽しんでいただけたことは、
大きな大きな喜び。


ACCIDENT2で美術をやってくれた親友トクマスが、
かねてからお願いしていた「マトリョーシカ東袋」を完成させて、
持ってきてくれた。
彼女の作るオリジナルの東袋はかなり素敵だけれど、
それがなんと、わたしの要望で、5体マトリョーシカ状態になっているのだ。
公演が終わったら、ゆっくり写真を撮って紹介しよう。
……本当に素敵なのだ。
めったにない、素敵なものなのだ。

2011年6月 8日 (水)

明日は初日。

IN-Projectの公演が、明日いよいよ初日を迎える。
チケットはありがたいことに完売になった。

生きていることに感謝、
スタッフキャストのみんなに感謝、
そして、ここまで走りつづけて、公演を実現にこぎつけた自分を、
珍しく、我ながら、ちょっと誇らしく思う。
みんなが、この公演を喜んでくれていることを、
肌で感じるから。

いよいよ、明日。

2011年6月 2日 (木)

今の気持ち。

Thank you for the Music(訳詞 石丸さち子)


どこから見ても 普通の女の子
気の利いた話もできないわ
でもわたしには歌という 素晴らしい魔法がある
歌いだせば 喜び溢れるよ

だから Thank you for the Music , the song I'm singing
音楽の恵みに
歌がなくちゃこの毎日は 淋しく虚しい
だから言おう 心から
Thank you for the Music 「ありがとう」と

話すより先に歌っていたの
子守歌 ハミングで覚えた
誰が見つけた 音楽を
心を写し彩る 歌の魔法
リズムとメロディーを

だから Thank you for the Music , the song I'm singing
音楽の恵みに
歌がなくちゃこの毎日は 淋しく虚しい
だから言おう 心から
Thank you for the Music 「ありがとう」と

しあわせよ! 
風に歌を載せ
伝えたいの この思い
人生って素晴らしい! 
そしてこの命!

だから Thank you for the Music , the song I'm singing
音楽の恵みに
歌がなくちゃこの毎日は 淋しく虚しい
だから言おう 心から
Thank you for the Music 「ありがとう」と

そうよ Thank you for the Music
「ありがとう」と

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