« 2011年7月 | トップページ | 2011年9月 »

2011年8月

2011年8月30日 (火)

ナジロチ村より。

あまり器用な方ではないので、
まだ「Caesiumberry Jam」から抜けられない。
ナジロチを、愛した村を去れない。

呆けてしまう訳ではなく、
新しい明日からのために、
溜め込んだ事務作業に没頭して今日を過ごした。
でも、まだ、心は留まったまま。

この経験を言葉にするには、
少し時間がかかりそう。

社会人として、
演劇人として、
日本人として、
この経験を通じて考え続けた、
あれこれ。
あれこれ。
日々感じ続けた、
大事なことたち。
少し、熟成させよう。
でも、熟成を待たずに、
明日からの人生には、
まんま、そのまんま、反映する。
幾つになっても、
ひと夏の経験は、
人生を変えるんだ。

たくさんの「ありがとう」を、
わたしを仲間に加え、
わたしと並んだ走ってくれた俳優陣に。

「ありがとう」を、
観客席に足を運び、
一緒に演劇を成立させてくれた、
すべてのお客様に。
わたしを見守りに来てくれた友人たちに。

「ありがとう」を、
全身から愛情を放ち、
それぞれの経験値で、支えてくれた、
スタッフ各位に。

「ありがとう」を、
もう、とにかく、そう、誰でもない、
無からこの作品を生み出した作家へ。
背中を見て走るわたしを、
翻弄しつつも、一瞬も裏切ることなく先導してくれた、
敬愛し、信頼する演出家へ。
鈍色ポップを代表して、
この企画を立ち上げて仲間にいれてくれた、
未来を見据える劇団主宰者へ。

この時代を、この町で、生き抜くために最も必要なものが、
「Caesiumberry Jam」チームにはあった。

===

演出家なので、もっと演劇的なことを書きたいのですが、
今は、まだナジロチ村にいるので、
ナターシャおばさんがしっかりここにいるので、
どうも無理。
だって、こういうこと書いてると、
目頭が熱くなっちゃうんだもの。

また書きます。

===

舞台稽古写真より。
(ナジロチ村の「瞬」を写真にとどめてくださった、お二人の素敵な写真家にも感謝します。)

_t3_0464

_t3_0542

Photo by 青木司


Img_0628

Img_0638_2

Photo by mao

2011年8月28日 (日)

千穐楽、前夜。

「Caesiumberry Jam」、明日、いよいよ千穐楽を迎える。

俳優業20年のブランクというハードルを、たまには激突して倒しつつも、なんとか飛び越し、飛び越え、ここまで来た。
谷賢一作品の一部として、あの町の人として、ナターシャとして、わたしはちゃんと立っていたかしら?
毎回、毎回が、心身全力。でも、毎回、毎回、違っていた。
明日、いよいよ千穐楽を迎える。

苦しくって怖くって仕方なかった時期から、ようやく板に立つ楽しみを思い出し始めた頃に終幕。
ああ、あと2回しかないのよ。
そして、この東京って街にとっても、谷賢一作・演出の「Caesiumberry Jam」は、もう明日までしか上演されないのよ。

そんな夜。千穐楽、前夜。

明日出会える、小さな、たくさんの奇跡を待ちわびて、眠る。

2011年8月25日 (木)

見逃さないで!再び。

「Caesiumberry Jam」。
本番中も、稽古が続き、進化を続けています。
今、あるべき姿を、模索し続けています。

今日は、とってもいい芝居だったと思う。
終演後の演出家からも、そんな言葉が聞けた。
(下の「なのに」に続きますが……)

どの回も、ご連絡いただければ、
まだチケットご用意できます!!
是非、お早めに。
見逃さないで!

===


なのに、わたしは、わたしは、わたしは、

【わたし個人的には】
【お客様には、分からないことではあっても】

どれだけミスするんだよーーーーーーーーって感じで、
なんでなんだよーーーーーーーーって夜空に吠えたい気分で、
一人肩をおとして家路についた。
悔しい気持ちは、もう丸めて噛みくだして呑み込んで、
明日、しっかり排泄してから行く。

こんな自分とつきあうの、もうイヤ!
って思った瞬間に、
俳優をやめる決心をした頃のこと、思い出した。

毎日、怖くてたまらないが、
負けたくはない。

情けなく、
悩ましく、
熱苦しい、
40代最後の夏。


2011年8月24日 (水)

見逃さないで!「Caesiumberry Jam」

「Caesiumberry Jam」、初日を開けて、4日が過ぎました。
観客席で、お客さまの人数分の「今」が、揺れているのを感じます。

ご来場をお待ちしています。
今、劇場に足を運ばなければ喪われてしまう、大事な時間が生まれています。
脚本を読んだだけではわからない、
演出家の言葉を聞いただけではわからない、
出演者の名前を眺めただけではわからない、
DVDには決して残せない、
再演されたら全く別物になってしまうだろう、
今。

演劇、です。
わたしがずっと好きだった、演劇って形に、真っ直ぐな、公演。

ご覧下さい。

===

さて。

わたしは、長らく客席を仕事場としてきたから、演劇公演が生きており、一度として同じ姿を見せることはないことを、よく知っている。ただ、舞台の上に立って、自らの火照った心と体で、共演者の瞳の奥に、舞台を流れる空気感に、それを感じる「今」が、驚きと発見の連続。

===

稽古場で、作家兼演出家が、遠くを目指して、指を指す。
「あそこに行きたい」
雨や霧で見通しが悪い時もあるし、こっちだと進んでいたら、「あっちだよ」と違う方向に指が向いて、また進路を変える。立ち止まってしばらく進路を見定めることもあれば、とにかくがむしゃらに進んでみることもある。
でも、対象に近づいてみれば、彼はピンポイントを指していたのではなく、ものすごく柔らかな土壌の広範な土地を指していたと気づく。

(喪われてしまう祖国を描いた映画「アンダーグラウンド」で、ラストシーンに出てくる、あの幸福を絵に描いたような浮島がありましたね。わたしは、演出家が指さすたびに、あんな浮島を妄想するのです。まあ、単にイメージに過ぎないのですが、地盤を喪っても、どこに流されるかわからない浮島でも、ネガティブなことを補ってあまりある、繋がりあう人間力、笑いあう人間力。愛しあう……人間の基本。)

あの向こう岸に行きたいってことをしっかり共有して、同じ憧れのまなざしを持って……みんなそれぞれバラバラの心と体なんだけど、ヨーイドンで一緒にスタートして、心や体をすりあわせながら、ちょっとくらい遠回りしても寄り道しても、約束した地にはちゃんとたどり着けるように。同じ場所に、同じ時間に、存在しあう。
毎回、毎回、違うんだ。
今。今の劇場。今の観客。今の俳優。今の演出家。
演劇って、本当に、世界を映す鏡だったのね?
と、今さらながらに沙翁先生に頭を垂れる。

観客を迎えて、開演時間を迎えて、幕を開け、芝居が始まるって、こういうことだったんだと、毎回が発見なわけ。舞台上の、この感覚。こういうのって、演出家だけやってると忘てることだった。

===

意外と不器用で、面倒くさい内面を抱えたわたしは、俳優なんてやると、やっぱりやっぱりすっごく大変なわけで、ああ、もうなんでこんな冒険に乗り出したんだと何度も悔やんだし、転びもしたが。
でもね、でもね、ただでは起きないよ。握った手には、たくさん素敵なものを握っているよ。

2011年8月19日 (金)

嗚呼、劇場。

劇場入り。
不安や緊張を遙かに凌駕する、喜びと興奮。

客席で、明かりがシュートされていくのを見るだけでわくわく。
今回の美術の肝が投入されて、客席から一望して、うんうん、やっぱり素敵。
ふだんは、この、シュート→明かりづくり→場当たり→GPという流れが、
一番の頑張りどころであり、燃える時間、試される時間、解放される時間、世界が開ける時間。
大好き、大好き、大好きな時間!
今回は俳優参加なので、客席や袖で大人しくしているけれど、
でも、体内で、静かに血が沸き立ってくる。
ふつふつ。ぐつぐつ。
これが、うまく演技の方でいかせりゃいいが。
空回りしないで、ね。

初日が幸先良く、売り切れたそうです。
いつ見にいこうかと思っている方は、どうぞお早めに。
また、見に行くかどうか迷っている方は、迷わず、見にきてください。
「Caesiumberry Jam」、あさって20日(土曜日)が初日です。


2011年8月18日 (木)

あらゆる屋根に……。

明日劇場入り!を控えて、
今夜は、幸福な場に身を寄せて、幸福のお裾分けをしてもらう。
儀式の大切さが身にしみる。
弟の結婚式で、普段無口な父がとんでもなく雄弁になった時を思い出す。
わたしという人は、どういう巡り合わせか、儀式ってものに縁がない。
小学校の卒業式が、最後の儀式だったなあ。
中高6年教育だったから、中学の卒業式はなく、
高校の卒業式は受験に行って欠席、
成人式は稽古の真っ最中。
結婚式は、未婚なのでもちろん挙げておらず、
このまま無冠の帝王みたいな人生をまっしぐらなのかしら?

まあ、わたしのことはさておき、
人の幸せを喜べるというのは、とても喜ばしいことだ。
人の幸せを喜べない精神状態というのが、人間にとって最も悲しく、自分に堪えるのではないかと考えながら、今日の式の間、素直に喜んでいる自分を喜ばしく受け止めていた。
わたしの半生は、嫉妬や、他者と自分を比較しての苦しみから、少しずつ解放される歴史だったのかもしれないな。若い頃のわたしは、人の幸せを素直に喜ぶのが、とても下手な女の子だった気がする。
今のところ、歳をとって容色が衰えたり、自慢だった黒髪の質が落ちてきたり、恋する資格がちょっとずつ喪われていくようで淋しい気もするのだけれど、それでも、少しずつ、自由になる喜びもあるのだ。面倒な自分から少しずつ自由になる。
悪くない、歳をとるのも悪くない。
佐野洋子さんみたいに、わたしは夜、独りごちる。

今日の二人の掛け値なしの幸せは、きっと列席みんなの心を温かくしたと思う。
素晴らしい時間だった。

そして、
ああ、こんな幸せが、この世界に、もっともっと平等に降りかかりますように。

 太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪降り積む
 次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪降り積む(三好達治「雪」)

太郎の屋根に雪降り積むように、次郎の屋根にも雪降り積むように、
あらゆる屋根に、幸せが降りかかりますように……。

今日の幸福な儀式に参加して、
今なお続く戦争や、現在の日本の窮状を思い、
あらゆる屋根に……と願ってやまない。

===

さて、話題は変わって、明日、劇場入り。

わたしの役は、がっつり「母」で、きっちり「おばさん」です。
20年のブランクを経て、この先もうないかもしれない俳優としての役は、40代後半。
実年齢。
私生活では、「おばさん」と終ぞ呼ばせたことのなかったわたしが、芝居の中で「おばさん」と呼ばれて、実に違和感なく、自らおばさん道を追求している。
私生活では「母」にならなかったわたしが、夫や娘たちに、不器用に、元気に、愛情をふりまいている。
わたしは、幸せですよ。

是非、「Caesiumberry Jam」を観にきてください。

===

それにしても。
「ペール・ギュント」をともにした伊藤君の歌は、いいなあ、いいなあ、本当にいい。
彼の歌を聴けたこと、これがまた、今日のわたしの幸せ。
そりゃあわたしは歌が好きだけれど、色んな歌を愛してきたけれど、
でも、こんなにぐいぐいっと、個人的に愛するのは、中川君以来かもしれぬ。

歳をとって、大好きな宝物は、増えるばかり。
喪うことを恐れず、出会い続けるのが、人生ってものだ。


2011年8月13日 (土)

支えられている。

一昨日、日頃お世話になっている方たちや友人たちに、一気に公演のお知らせを出した。
すぐに返信がきて、チケットを申し込んでくださる人が少なからずいて、ありがたくて胸がいっぱい。
こういう仕事をしていたら、公演時期の重なっているスタッフはどうしても観に来られない場合がある。それでも、励ましのメールをくれる。一緒に楽しくも苦しい仕事をともにしてきたスタッフ仲間の励ましは、何よりうれしい、力になる。

小道具を貸してもらおうと、父に電話をしたら、「忙しいから、そんなすぐには探せへんかもしれんで」なんて言いながら、もう翌日には送ってくれる。母が療養中だから、食事の支度はじめ家事一切をやりながら、時間を作って探してくれたのだ。ありがたい、ありがたい。このところわたし自身が忙しすぎて、母と電話で話していなかったのだが、これを機会に、電車の乗り継ぎ時に、電車を2本見送りながら、話す。母とわたしで、「ごめんね」と「ありがとう」を交互に言い合う。
「ペール・ギュント」が終わって、「Caesiumberry Jam」の稽古に入る前に、一度帰省する予定だったが、稽古に早く入りたくって、先延ばししてしまった。……いつもこうだ、楽しみに待っていてくれたのに、わたしは仕事優先。それでも、「電話ありがとう」「さち子が頑張ってる思うだけで、元気が出る、ありがとう」を繰り返す母。……ああ。

稽古場で、言葉と気持ちが繋がらず、悔しくてひとり稽古場を出て稽古をしていたら、旦那役の塚越さんが優しくも様子を見にきてくれる。とても温かい目をして。自分の芝居が気持ち悪くって困っていたら、井上さんが的確なアドバイスをくれる。(自分が俳優になって芝居をしている時、演出家の自分が役に立つことはあまりない。他者の目、他者という鏡だけが便りだ。)谷さんという演出家と闘っている時に、井上さんは同志として声をかけてくれる、とてもありがたい。
そして、この公演に集まったすべての俳優たちの、ひたむきさ!
それにわたしは、支えられている。

西谷さんから、わたしが提案した曲のアレンジが届く。石丸さんが忙しい間に、僕は頑張っていますよ!という声が届いたような感じ。
彼のブログの、夢を語るエントリーを読んでいて、実に元気が出た。わたしとの出会いを喜び、待ってくれていることの力強さ。こんなの読んだら、頑張るしかなかろう。

私塾の生徒たちは、わたしの留守を、自主稽古で支えてくれている。
会わない時間に、愛情が募る。

こんな独り言を、夜中に書き付けるのは、すべて自分のため。
どれだけの人に支えられているかを思い出して、
まだまだ情けない自分の尻をたたくため。
まだ、面倒な自分にがんじがらめにされている気がする。
抜けるだろう、抜けるだろう、もう一歩抜けられるはずだ。
それには、わたし、もう少し頑張らないと。
いい加減過ぎるだろう、わたし、まだ。

今から台本読みます。はい。

2011年8月10日 (水)

「Caesiumberry Jam」稽古大詰め。

8月20日に初日を迎える「Caesiumberry Jam」、固定のスタジオに入って、稽古はいよいよ佳境。

出演者と作演出家のインタビュー映像が、昨日YOU TUBEにアップされました。
谷賢一さんサイトのリンクからどうぞ。

稽古は佳境と言うものの、わたしはほかの稽古だのアクシデントだので、ずいぶんと稽古が遅れている。
ようやく昨日から、ほかの仕事から解放されて「Caesiumberry Jam」に没入しましたが、まあ、大変。自分が操れない。
今日から私塾のメンバーには自主稽古を始めてもらったけれど、この夏は、場所は離れていても、彼らと競いあうつもりでいこう。
彼らに宛てた手紙にも書いたけれど、
わたしはこれまで、自分が俳優出身だから、俳優の気持ちがわかる演出家だなんて自負してきた。
……お笑いだね、そんなものすっかり忘れてた。
でも、この公演で、きっと何かつかめると思うのだ。
自分のためにも、わたしについてきてくれる彼らのためにも、この夏はある。

上のサイトで、谷さんが言及しているが、今回の稽古、ここまでずっと、ちゃんとミザンセーヌを決めずに稽古をしてきた。
それが、今日の稽古で、ぱっと花開いた感じ。
ミザンをつけていく中にも、その根底にある自由さが色濃い。
誰もが、フリージャズできる状態になっている。
すごく刺激的な稽古場。

もう、一瞬も無駄にできない。
わたしも、自由になろう。

2011年8月 8日 (月)

雷で足止め。

今月最初で最後の秩父へ。
その後、稽古場に向かうはずだったが、西武線が落雷で止まり、ひどい目にあった。

たかだかこれくらいのことでも、周囲はちょっとしたパニックだったし、その中で、いろんなタイプの人を見た。一人だったし、周囲があまりに騒然とし続けていて、台本を開いて読むような時間にならなかった。だから、ひたすら人間観察の時間になってしまった。
人が……いちばん大変だと思う。人が、いちばん大事で、いちばん面倒だ。

明日から、ようやく「Caesiumberry Jam」の稽古に専心する。
今日からしばらく、演出家である自分を、棚にあげておく。
腐らないように、風通しのよいところで、休ませておこう。

2011年8月 7日 (日)

おやすみなさい。

やる気満々で出かけた割には、不完全燃焼だった稽古を終えて、こんな日は誰かとお酒!話したい!と思うものの、「明日は6時起きで秩父行き」という大事な仕事のために、さくさくと帰宅。
巨大な不安を抱えつつ、明日はまず、歌う。歌ってから、いざ稽古へ。
とりあえず、この忙しさを充実と呼ぶよ。
でも、自分自身の充足感は遠い。
昨日は眠れぬ朝方をFinaleと過ごした。
興奮冷めやらぬ夜、さあ、眠れるか?


2011年8月 6日 (土)

いいもの、いっぱい。

深夜、衣裳を染めたり、コンサート資料の音源やビデオをまとめたりしながら、一気に事務をこなす。仕事してりゃあいいのに、演出家にラブレターを書いたりもする。今日一日を思う。
IN-Projectのことを考えたり……(今日の西谷氏のブログはとてもいい。表現者なら必ずぶち当たる「緊張」ってやつと、真摯に向き合ってきた様が、彼の人となりをよく表している。信頼できる。)
役作りのために取材に行ったり……(あるお医者さんとの出会いで、曇り空が晴れ渡るくらいの「気づき」があった。書を捨てよ街へ出ようって、久しぶりに思ったよ。)
家に帰ったら、とても素敵な贈り物が届いていたりする。(「お礼」とのしの貼られた荷物は、得難い「縁」という素敵なものを、大切に暮らしていこうって思わせてくれた。ありがとうございます。)

そうだ、中川くんのことを書いておこう。
座・高円寺に「ゲゲゲのげ」を観にいった。
どれだけか大変な稽古だったと思う。
そして、納得できなければ表現できない彼のことだ、きっとたくさんの時間、考え感じ、そして疑問を解いていったのだろう。作家であり演出家である渡辺えりさんと、とてもよい関係で仕事をしたのだろうと想像できる。彼の立ち姿に迷いがないから。
表現の手段など、俳優の数×演出家の数×劇場だの予算だの稽古日数だの、その時の現実の情勢だの、まあ、幾らでもありうるわけで。
表現者は、その中から、選び出すわけだ。
誰がどう言おうと、観客の好みがどう別かれようと、とある表現を稽古で選び取っていく。
そして選び取った中で、本番の「自由」を生きる。

鬼太郎晃教は、ちゃんと選び取って、迷いなく立って、生き生きとしていた。
生き生きしながら、戯曲に描かれた人の心の闇や歪みを、しっかり描いていた。
自分の心身で。
……ということは、観客のわたしは、迷いなく楽しめて、大いに笑って笑って、やがて、自分にも記憶のあるチリチリした痛みの時間に連れ去られた。

走りつづける中川晃教をリスペクトする気持ち、いっぱい。
そして、ああ、早く一緒に仕事をしたいという気持ち、いっぱい。

2011年8月 5日 (金)

「ワタシ」がぐらぐら。

「ワタシ」がぐらんぐらんしている。
午後は、しばらくお休みをもらう私塾の稽古。
そこで生きている演出家、あるいは指導者の「ワタシ」と、
夜、俳優として稽古に参加している「ワタシ」は、別人。
まるで。
「ワタシ」だと思っていた人の足下は、実に危うい。

稽古場で、ちょっとエゴイスティックな発言をする「ワタシ」がいた。
人から見れば、それほどのことではなかったかもしれないが、
自分自身で省みると……
整理されていない感情を、整理されていない言葉で演出家に伝えようとする「ワタシ」は、なかなかに愚かだった。
稽古場なんだからそれでいいのだとも言えるが、
演出家として生きている「ワタシ」が、どうにも、俳優の「ワタシ」を認めない。

いや、それでも、なんでも、欠片みたいなものでいいから、見つけて、拾いあわせて、造形実験をしていこう。
演出家にあやまったって喜ばれない。
何か魅力的な瞬間を稽古場で作ることでしか返せない。
(気が小さいので、稽古後、こそっとあやまったけどね……。)

……それにしても、楽しい日々だ。これを楽しい日々と呼ぼう。
……ああ、それにしても、俳優ってのは、何て因果な職業なんだ。

そんなこんなの日々の中、稽古休みに観た中川くんの芝居が、抜群に面白かった。
彼が俳優として、しっかり立っていることに、敬意を覚えさえした。
揺らがずに信じて貫くこと、その素晴らしさ。
明日は、そのことを、ちょっと書こうかしらん。
だってわたしは、俳優としての彼に、感動したんだ。
歌い手として、度々深い感動をもらってきたけれど、
改めて俳優として、感動させてもらったんだ。

2011年8月 4日 (木)

「Caesiumberry Jam」を観てください。

白状しますと、わたしは俳優をやるのは20年ぶりです。
何をいまさら、なのです。
反対もされたのです。

育ち盛りの俳優を抱えた私塾を休む、
コンサートを控えた秩父に行けない……それでも? 

それでも、どうしても、出演したいと願ったのは、
「Caesiumberry Jam」だからであり、
谷賢一作品だからであり、
谷賢一演出だからだった。
そうです、わたしとTheatre Polyphonicに、
昨年「悪魔の絵本」を書き下ろしてくれた、
あの谷賢一さんです。

その谷賢一さんが、
この公演に関するすべての情報解禁日を迎えて、
こんな風に書いている。
→谷さんのサイト
この作品を書いた人だからこそ、
この作品を夢想する演出家だからこそ、
谷賢一だからこその、
○、○、○、○、……●●。

わたしはこの夏、この男の世界にどっぷり浸かることを楽しんでいる。
20年のブランクっていうハードルの高さもなかなかのもので、
苦しんでるったらないのだけれど、
それでも、こんなに胸が熱く、命燃えるのは、
「Caesiumberry Jam」だからであり、
谷賢一作品だからであり、
谷賢一演出だからであり、
それでもって、共演者がかなり素敵だからだ。
○と●●をいっぱいにしながら、
谷賢一とその仲間の俳優たちの側を走ることを喜んでいる。

「Caesiumberry Jam」を観てください。


2011年8月 2日 (火)

迷っても辿り着いてやる。

今日は駿河湾で揺れる。
浜岡原発直下だった。
福島関係ではこんな記事も。

東京電力福島第一原子力発電所の、1号機と2号機の原子炉建屋の間にある屋外の排気筒付近で、1日午後、これまでで最も高い、1時間当たり1万ミリシーベルトを超える放射線量が計測されました。東京電力は付近を立ち入り禁止にして原因を調べています。(続きを読む)

=====

何事も起こってないかのように見えながら、
誰もが起こっていることをそれぞれの内に抱えながら、
稽古場では稽古が進む。
目の前に初日があるから。
わたしは……………………、
混乱に継ぐ混乱。
個人的格闘に継ぐ格闘。
歌を忘れたカナリアみたいに、心細い。
一緒にシーンを作る若き俳優たちに、心を寄せて、手がかりを探る日々。混迷の日々。
でも、迷ったって、辿り着いてやる。

稽古休みの今日は、IN-Projectに備えてのマル秘レッスン、作戦会議。
40代最後の手習い、初日はさんざんで、またまた自分が情けなくなるものの、
体を張って表現を考え直すこと、体験することで、
これからの演出家としてのわたしが成長できると信じている。
わたしの選んだ若き指導者たちは、魅力的である。
迷わず、ついていこうと思う。

« 2011年7月 | トップページ | 2011年9月 »