支えられている。
一昨日、日頃お世話になっている方たちや友人たちに、一気に公演のお知らせを出した。
すぐに返信がきて、チケットを申し込んでくださる人が少なからずいて、ありがたくて胸がいっぱい。
こういう仕事をしていたら、公演時期の重なっているスタッフはどうしても観に来られない場合がある。それでも、励ましのメールをくれる。一緒に楽しくも苦しい仕事をともにしてきたスタッフ仲間の励ましは、何よりうれしい、力になる。
小道具を貸してもらおうと、父に電話をしたら、「忙しいから、そんなすぐには探せへんかもしれんで」なんて言いながら、もう翌日には送ってくれる。母が療養中だから、食事の支度はじめ家事一切をやりながら、時間を作って探してくれたのだ。ありがたい、ありがたい。このところわたし自身が忙しすぎて、母と電話で話していなかったのだが、これを機会に、電車の乗り継ぎ時に、電車を2本見送りながら、話す。母とわたしで、「ごめんね」と「ありがとう」を交互に言い合う。
「ペール・ギュント」が終わって、「Caesiumberry Jam」の稽古に入る前に、一度帰省する予定だったが、稽古に早く入りたくって、先延ばししてしまった。……いつもこうだ、楽しみに待っていてくれたのに、わたしは仕事優先。それでも、「電話ありがとう」「さち子が頑張ってる思うだけで、元気が出る、ありがとう」を繰り返す母。……ああ。
稽古場で、言葉と気持ちが繋がらず、悔しくてひとり稽古場を出て稽古をしていたら、旦那役の塚越さんが優しくも様子を見にきてくれる。とても温かい目をして。自分の芝居が気持ち悪くって困っていたら、井上さんが的確なアドバイスをくれる。(自分が俳優になって芝居をしている時、演出家の自分が役に立つことはあまりない。他者の目、他者という鏡だけが便りだ。)谷さんという演出家と闘っている時に、井上さんは同志として声をかけてくれる、とてもありがたい。
そして、この公演に集まったすべての俳優たちの、ひたむきさ!
それにわたしは、支えられている。
西谷さんから、わたしが提案した曲のアレンジが届く。石丸さんが忙しい間に、僕は頑張っていますよ!という声が届いたような感じ。
彼のブログの、夢を語るエントリーを読んでいて、実に元気が出た。わたしとの出会いを喜び、待ってくれていることの力強さ。こんなの読んだら、頑張るしかなかろう。
私塾の生徒たちは、わたしの留守を、自主稽古で支えてくれている。
会わない時間に、愛情が募る。
こんな独り言を、夜中に書き付けるのは、すべて自分のため。
どれだけの人に支えられているかを思い出して、
まだまだ情けない自分の尻をたたくため。
まだ、面倒な自分にがんじがらめにされている気がする。
抜けるだろう、抜けるだろう、もう一歩抜けられるはずだ。
それには、わたし、もう少し頑張らないと。
いい加減過ぎるだろう、わたし、まだ。
今から台本読みます。はい。
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