« 2011年8月 | トップページ | 2011年10月 »

2011年9月

2011年9月30日 (金)

あと2日。

本番前になると、いつも忙しすぎて、眠れない日々が続いてしまう。
いつもいつも同じことの繰り返しで、少し厭になる。自分が。
自分が頑張ればいいという、浅はかな行動規範を持っているものだから、こういう目にあうのだ。
頭が悪いな、わたしは。
先の見通せない女だ。
そして、いかんせん、体力が人よりあるものだから、これでやってこれてしまったのだ。
……わたし、きっと長生きできないな。
……いや、してやる。
……だから、もうちょっと楽に生きる方向を見据えなきゃ。

秩父のコンサートまであと2日。
IN-Projectのフライヤー入稿ももう目前。
怒濤の1週間が、ようやくゴール目前になってきた。
わたしが元気でなきゃ、動かない企画ばっかり。
よしっ。
楽しむっ。

2011年9月28日 (水)

すっきり。

書きに書いたり。
ああ、今日はどれほどか書いた。
ざくざくとやるべきことをこなしてやっつけてやったので、かなりさっぱり。
このペースで、明日も頑張る。
そうすれば、ただただ現場だ! うれしい!

「Caesiumberry Jam」終演以来、ずっと音楽のことばっかり考えている。
これは、11月3日〜5日のIN-Project公演が終わるまで続きそう。
いや、来年のミュージカルの企画にその後着手することを思えば、まだまだこのペースは続く。

純粋に、演劇、やりたいなと思う、朝。

わたしは甘い物も辛いものも大好きだ。
肉も食えば野菜も食う。
上品な高級料理はありがたいが、ファーストフードも捨てがたい。
高価な酒は美味いが、安い酒でも十分楽しい。
雑食万歳。
要は楽しむこと。
美味しさを伝えること。

2011年9月27日 (火)

オレンジとブルー。

朝から悶々としている。
秩父の準備もまだまだ残っているが、そろそろIN-Projectの企画も見通しておきたい時期。
でも、何か詰まっていて、というか、まだ秩父のことで頭がいっぱいで気持ちが切り替えられないからか、何を書いても納得がいかない。何か夢想してみても、繋がらない。
で、逃避して本ばかり読んでしまった。しかも、企画に関係のないものばっかり。

最近、このブログを書くことに少々疑問を感じていて。
自分の日常にどれほどの意味があるかと。
まあ、生存証明の役にはたっているみたいだけれど、読者が増えてくると、これでよいのかと、疑問に思ってしまう。
大体、夜寝る前に書くものだから、何かぐっと沈んだことを書くことも多いしな。
自己憐憫みたいなものを書きすぎていると気がつくと、それはそれで、恥ずかしくなるし。
永井荷風だって、宇野千代さんだって、深沢七郎だって、日常を書いて、それがひどく文学だったことを思い、「言わなければよかったのに日記」を再読しようと探したものの、行方不明。代わりに、未読だった「庶民列伝」を読んだら、実に面白かった。
など、無駄な時間を過ごしているうちに、まるで使っていなかったツイッターアカウントを思い出し、ここに貼ってみた。多くの人に「わたしは〜しています。」「わたしは〜にいます。」と発信するのは、どうも気乗りしないけれど、このブログに貼っておく分にはいい。
と、また、無駄な時間を過ごす。

と、IN-Projectのフライヤーをお願いしている松崎さんから、新しいプランがやってきた。
すでに2案を頂いていたが、わたしは今ひとつ何かに欠ける気がして、新たなプランをお願いしていたのだ。
その新しいプランは、とても素敵だった。
今回のタイトルは、「Breath & Beat」
彼は、メールにこう書いてくれていた。

BREATH は暖かい生命の証=オレンジ。
BEATは確かな命の冷静な鼓動=ブルー。
この二つの融合が欠けていたんですね。

オレンジとブルーの融合が、わたしに力をくれて、日付が変わってから改めて夢想し直している。
こうして、ほかの表現者に力をもらえることは、喜び。
さて。
これから、眠くなるまで仕事する。

2011年9月26日 (月)

無題。

メディアで発言する山本太郎さんを久しぶりに見て、胸が熱くなる。
わたしは「悪魔の絵本」キャスティングの時に、山本さんに畏れ多くも出演打診したことがある。
スケジュールがあわないということで実現はしなかったが、真摯な対応、丁寧な返信メールに、感動した。
それが、丁度1年ほど前のことだ。

昨日、わたしが書いた人間の属性の、反証が、太郎さんだ。

きっとすぐにYOU TUBEからは消されてしまうだろうが。

無題。

ふむ。
いい稽古が出来て、しかも稽古がとても楽しく笑いが絶えなくて、さらに進歩があって、実にご機嫌に家に帰ってきた。疲労困憊だったけれど、そんなのは精神の充実感でクリアできる。
と思ったら、帰ったとたん、肝を冷やすことや、ちょっと厭なことや、先々の不安や、心配事。なんだかどっとたくさん待っていて、ありゃりゃこりゃりゃと、疲れを感じてしまう始末。

でも、これはもっと大きな現実から逃げているだけで、
この国に起こってしまった事故がこれからもたらすだろう不幸や、
起こしてしまった人災を忘れたかのように過ごそうとする風潮や、
(誰だって、そりゃあ、忘れていないと、毎日を生きられないけれど。)
国を動かしているらしき人々が一切責任を取らないばかりか、
私欲のために行動するばかりだったりすることや。
暗雲は、少しずつ広がっている。

生きていることはなんて素晴らしいんだろう、と、毎日のように思っているし、
わたしといることで、周囲がさらにそう思ってくれますようにと、
日々を暮らしている。
そして。
人がいて、自分がいる、その繋がりの温かさ、喜びを、いつも噛みしめている。
それでも、繕えないものを抱えてしまった国に生きている現実は、
否定しようがない。

誰もが、自分の人生を充足するために生きている。
わたしだって、そうだ。
でも、日々の生きる喜びの中にあって、
どうしようもなく、息の詰まることがある。
わたしたちの暮らす場所は、今、幸福だとは言えないから。

わたしにできることは、
舞台で発信し続けること。
手の届く人々にだけでもいいから、
何かよいものを手渡し続けること。
3月以来、そう信じて暮らしている。

市民ミュージカルのプログラムの中に、
密やかに、未来への祈りを、わたしは織り込んだ。
11月に待っているIN-Projectでも、
同じわたしがいると思う。

わたしは、いい歳をして、相変わらず愚かで無力で、甘ちゃんだ。
それでも、できることをし続ける。
それしか、できないからね。

2011年9月25日 (日)

一緒ごはん。

一緒にごはんを食べる時間を重ねると、家族になる。
市民ミュージカルのメンバーとは、どれほども一緒にごはんを食べてきた。
お母さんたちが、稽古で疲れているだろうに、大人数分の美味しいものを、いつも用意してきてくれているのだ。
今日は、深川飯に、鶏肉の香り揚げに、味噌ポテトに、きゅうりと山芋のサラダに、カブときゅうりの酢の物に、じゃこの釘煮に、自家製らっきょに、青唐辛子の炒め物に……あれ、まだ何かあった気がする。
野菜は、自宅の畑で穫れたものが多い。獲れたては感動的に美味しい。
稽古場にあった、かつての小道具である卓袱台を出してきて、16人で囲んだ。
小さな卓袱台に、16人。
延々、「美味しい〜」という言葉が、口々にもれて連なる。
美味しい、は、楽しい。

わたしは、家族から離れて暮らして長い。
でも、あそこに、大事な家族がいると思っている。
公演があるごとに集まる、賑やかで穏やかな、裸のつきあい。
家族によくある、父母世代と若者の断絶なんてないよ。
なんだかみんな一線上にいるの。
双方がお互いをいつも微笑ましく見守っている。
対石丸での、団結かしらん。

そう言えば、昨日はゲストで来てくれた伊藤君が、牛肉どまん中っていう、真っ向勝負的な力強いネーミングのお弁当をおみやげに持ってきてくれた。米沢駅の名物弁当は、旨かった。美味しさずっしりしっかりで、おなか一杯になった。
池上さんとは、この間嵐の日にデートして、美味しいスペイン料理を頂いた。久しぶりのパエリアは、お米にこりこりと芯があってオリーブオイルまみれで、1ヶ月のスペイン生活を思い出す味だった。ただ、彼女は飲み出すとちっとも食べないので、わたしが二人分くらい平らげた。……何がダイエットだ。
一緒のごはんを一緒に食べるのは、人と仲良くなれて大好き。
一緒に食べた同じごはんの滋養が、すぐ先の時間の呼吸や鼓動を支え、運動のエネルギーになる。
体が共振してるって思う。
そんなことを考えていると、どんどん、一緒にごはんを食べたい人の顔が浮かんでくる。
ああ、ももちゃんとランチしたい。ああ、全然想像できないけれど、谷賢一氏と和やかに食事してみたい。Tプロデューサーとゆっくり語りながら食事したい。ああ、ああ、こんなこと書き出したらきりがないよ。今、思い出す人の名前を、ここに片っ端から挙げたくなる。
なのに、あまりに忙しいものだから、誰とも、誰とも、そういうことができずに、稽古場と家を往復し、ひたすら仕事している。
だから、市民ミュージカルでの、一緒ごはんは、憩い、なんだな。

そしてこの国が、空気や水や土や、わたしたちの体に入ってわたしたちを満たしてくれるたくさんの滋養を、汚すことに、これ以上専心しないよう、ひたすらに願う。

2011年9月24日 (土)

雑感。

自分が感じていることの表明を、自分の表現から切り離すこと……なんていう、曖昧な言い方じゃあ何も伝わらないけれども。
わたしは今、演出家として様々な冒険をし、闘い続けることを欲している。
でも、それと同時に、自分を表現媒体として存在することで学ぶことを、とても大事に思っているんだ。

この夏、俳優をやってから、意識が変わった。
垣根はない。わたしは根っから演出家向きの人間だと思うけれども、俳優業を経たことで、わたしの体に、新しいものがたくさん参入してきた。いいものが。
この運動をもっと続けたい。

恐れはある。
でも、この作品が面白い、この俳優と、この歌い手と闘いたい、同じ向こう岸を見たいと思う、この気持ちに曇りはない。
明日、また明日、そのまたずっと先を見据えて、少し酒を呑み、話す。

しばらく会ってない人たちみんなに伝えたい。
わたしは、世界の片隅で、こんなに人生を楽しみ苦悩し、謳歌しているよ、と。


2011年9月23日 (金)

「A small, good thing」。

「A small, good thing」、敬愛するレイモンド・カーヴァーの短篇のタイトル。
ささやかな日常だが、A small, good thingがいっぱいある。

稽古中の、あれこれ。
俳優たちのちょっとした発見。
一緒にかく汗の量の半端なさ。
ストレッチを窓越しにのぞきこむ悪ガキたち。
稽古場を訪ねてくれる古き仲間。

秩父の映像資料のために、
メンバーの赤ん坊写真を集めたら、
作業中に頬がゆるむ。

仕事中に、突然、
Caesiumberry Jamで共演した女優さんが恋しくなって、
メールしてみたら、
心浮き立つ、愛情の返事が返ってくる。

仕事をしていて、
みんなを好きだ、大事だと思っていたら、
向こうからも、大事だ、好きだと、返ってくる。

大好きな友人が、
嵐にめげず、3時間足止めをくらっても会いにきてくれる。

明日は、わたしの大好きな若き音楽家が、
二人も稽古場を訪ねてきてくれる。

LOVE! LOVE! LOVE!

===

で、今夜は興奮しすぎて眠れない。
まあ、さっきまで稽古と本番の準備をしていたからだけれど。
朝まで2時間半、レッドアローで1時間、眠る。
問題なし。
明日は晴れるのかな?


2011年9月21日 (水)

10月は近い。

今日は、わずかにIN-Projectモード。
ダンスの打ち合わせは、曲を聞いてもらって、わたしが見たいものを語るだけ。
実にさらりとしたものだったけれど、きっと伝わっているだろう。
10月が、少し動き出した。
まだ企画は途上もいいところだけど、企画人たるわたしが、自分が今度何を創り出すか、いちばん楽しみなのだ。いつも、現場から、他者の表現から、わたしの見たい物語が生まれる。
今回もまた、新しい表現者たちと出会える予感。
なんて楽しいのだろう。
多少しんどくったって、一生企画し続けてくぞ、だって楽しいから。

私塾は、本番稽古に入っている人が複数いて、
少人数時代が続く。
それでも、稽古で発見することは多い。
だからこそ充実していると言ってもいい。
トレーニングが少なく、実戦稽古が多くなっている。
稽古場では、きっとわたしが一番発見している。今までなかった視点を持てるとドキドキするし、作品という鏡を通して、自分の成長や退化を知る。
若者たちは、しっかり感じてくれているかな。
もう若者とは言えないけれど、今、紅一点で頑張っている陽子ちゃんを見ているのが楽しい。
心はしっかり動いても、表現するにはちょっと頑なな声を体を、なんとか動かそうと真剣。
思いっきり手を貸したくなる。応援したくなる。
……IN-Projectに、私塾メンバーにどんな形で参加してもらうか、ここが悩みどこだな……なんて考えてると、秩父のTo Doを思い出し、やおら作業へ。

雨音激しい今宵も、またひたすら仕事。
台風の被害が広がらないことを願う。

2011年9月20日 (火)

わたしの中の母と一緒に。

長い、長い、そしてあっという間の、3日間を秩父で過ごしてきた
2006年の9月に、初めて訪ねて以来、わたしはどれだけあの町に足を運んだことだろう?

わたしは兵庫県の姫路市で生まれた。
18歳で東京に一人出てきて、生まれた町で過ごした年月を、もうとうに越えた。
東京は、すでにわたしの町だ。
そして、秩父がある。
秩父には、わたしは濁りっ気のない愛情ばかりふりまいてきた気がする。
生まれた町にも、この東京にも、いい想い出ばかりじゃなくって、生きて行くには逃げられない濁りや澱が、たまっていく。
でも、秩父には、わたし、本当に、愛情しか置いてきてなくってね。
それは、そこでわたしを待っている人が、そうさせてしまうわけで。
掛け値なく、純粋に、朴訥に、わたしは、待たれている。
だから、惜しみなくお返しするのだ、愛情を。
純粋に、朴訥に。

愛情を返すといっても、なまぬるいのじゃなくって、
もう、熱々のやつだ。
今日の稽古でも、どれだけ怒鳴り、どれだけげきを飛ばし、どれだけ煽ったか。
それでも、信頼してくれているので、ちっとも場が濁らない。
ひたすらみんな前を向いてついてきてくれる。
あれは、何なんだろう?
普通は怒鳴った稽古の後は、わたし、口の中が苦くて仕方ないのに……。
笑ったり、泣いたり……よくある、簡単な言葉では言い表せない、
本当の、笑ったり、泣いたりが、そこには、あるわけです。
その「本当」さが、わたしを打つ。
わたし自身の中身が動くので、いつも、あそこに行くと、ちょっとした魔法が使える。
みんながぐぐっと素敵になり、底抜けに楽しくなれるという、魔法が。
石丸マジックとみんな呼んでくれるけれど、
この魔法は、待ってくれている人たちがわたしにくれたものだ。

そして、あそこに行くと、しょちゅう、自分が、母の娘だったことを思い出す。
たぶん、母の生き方が、秩父でのわたしの姿に重なるのだろう。
東京では、屈折に屈折を重ねているけれど、
どこまでも真っ直ぐ、愛情たっぷり、みんな大好き、とことん素直、明るさ自慢、飾らない直球勝負、そんなわたしが、そこにはいるからだ。
それが、わたしが、母から譲り受けたもの。
(屈折は、すべて父からもらった。それもまた、わたしそのもの。)

秩父って、ちょっと遠いのだけれど、見にきてほしいなあ、と思う。
10月2日、日曜日
ああ、いろんな人に見てほしいなあ。

2011年9月17日 (土)

三連戦前夜。

朝からイヤ〜なことばかりあって、それでも歯をくいしばって仕事、仕事!
私塾に行けば、今日は少人数ながら、食らいついてくる俳優たちに檄を飛ばしまくって熱くなり、
夜になれば、明日からの秩父三連戦に備えて準備準備準備。
IN-Projectのフライヤー打ち合わせも一段落で、ああ、なんと長い一日。

そして、明日からの三連戦をどう闘うかが、フライヤーの紹介長文を書くうちに、楽譜を整理するうちに少しずつ見えてきて、なんというか、とーーーーーっても楽しい。
耳の中に、この5年間、彼らと作ってきた歌、喜びを共有してきた歌が、ずっとずっと、鳴り続けている。
とは言え、明日からの稽古で、また、熱くなりまくるのは必至。

ああ、明日早起きなんだな……。

それにしても、最近はもう、まとまったことを書かず、日々の個人的な記録ばかり。
でも、このブログを訪ねてくれる人は、ほとんど、「イシマル、何をしてるかな、生きてるかな?」と思って見てくれている人がほとんどだろうから、まあ、いい。

わたしは十分、楽しんでいる。
かなり大変だけれど、わたしの周りの人の明日が、少しでも明るく生き生きしたものになるなら、なんでも来い!来やがれ!って感じだ。

2011年9月16日 (金)

今日もまた、眠りの前に。

早起きして、すぐに仕事を始めて、稽古に行って、帰宅してまたすぐ仕事をする。
驚くほど、To Doをこなした。
あらゆる連絡、公演の制作業務、そしてクリエイティブなこと。
制作業務がわたしの手から離れれば、かなり楽なのにと、いつも思うけれど、まあ、ないものねだりだ。今は全部自分でやるしかない。
「よくやった」と、今日は自分のために書き残しておこう。

早くベッドに入ればいいのに、少しこうして、よしなしごとを書かずには眠れないのは、仕事をした興奮のせい。夢想や妄想、そして、キーボードを叩き続けた運動の惰性。
眠りの少ない日々が続いているのに、わたしは驚くほど元気。
私塾で生徒たちと運動しても、何やら体力が余っているような気さえする。
1ヶ月後に50歳の誕生日を控えて、何やら40代最後のあがきのような活力が、体に満ちているのかな?
時々、元気なのは、バカだからなのか?と真面目に思う。
ひとつことを考え始めると、ほかが目に入らない。
人を好きになると半端なく好きになって、後先考えないし、
将来設計など何もない。
保険にだって、入ってないよ。いいのか?わたし?
その日暮らしもいいところだ。
そして、お人好しだ。あまり誉められない類の。
とにかくバカだ。
人生難しく考えない分、足腰がしっかりしているのか?
何やらふんばりが効いている。
わたしは、一体、体力で演出しているのか?
あながち、そうじゃないとは言い切れないな。

でも。
この国が、今どうなっているのかは、ずっと胸の中にある。
わたしの行動は、相変わらず、身の回りの人に愛情を注ぐことだけだけれど。
そして、手の届く観客に、偶然一緒に居合わせた観客に、贈り物をし続ける、祈りを届けるだけだ。
祈り……そうだな、何かよいものを此の世に生み出すこと。ささやかなよいものの堆積の力を信じて、笑い続けること。願い続けること。
呪いや恨みを、吐き出しちゃあいけない。
世の中をそんなもので満たしちゃいけない。
何かよいものを、祈りを、生きている間は、ずっと。
社会的には、力のない人生かもしれないが、この暮らしに誇りはある。

2011年9月15日 (木)

魂が滅びてしまいそうなこと。

たくさんの仕事を今、一度にこなしていて、ひたすらに追われてぎりぎりの暮らしをしているのだが、そんな中できらきらした喜びのひとつは、歌を習うこと、歌うためのトレーニングを始めることで、自分の声帯と新たに出会い直しているということ。
演劇的な発声のトレーニングで育ててきた強いチェストボイスに、ここ何年か音楽の仕事をする中で育ってきつつあったミックスボイス、そこに、前者ふたつを育てれば育てるほど当たらなくなっていた未成熟のファルセット。
これらを丁寧に鳴らしながら探っていくと、あてどこや響かせどこで、たくさんのたくさんの発見があり、こんな年になってもまだ自分の声帯が未知の可能性に溢れているような気がしてうれしい。
そこに、台詞を発する時と少し違う呼吸の概念。
新しく知ることは、なんでも楽しい。

久しぶりに俳優としてこの夏舞台にあがり、本番前に気管支炎になってしまったことで、朝から晩まで、必死で声帯と対話して過ごしたことが引き金になっている、この興味。忙しい暮らしをしている中でも、毎日少しずつ意識的に鳴らして、もっともっと探りたいという欲求がある。……楽しい。

INーProjectと秩父、私塾と外注仕事に手一杯で、Theatre Polyphonicを置き去りに過ごしているが、急ぐまい。きっと、どうしても表現しなければならないことが自ずとでてくる。

秋元松代さんは、あなたの中の、言わなければ伝えなければ自分の魂が滅びてしまいそうなこと、それを書けばいいんだと、その著作で教えてくれた。書くことだけじゃあなくって、表現すべてにあてはまる。
起きて呼吸している時間は、ほぼずっと、その魂のことを考えている。寂しい人生のような気もするが、悪くはない、選んだことだ。
テレンス・マリックの新作を見たが、ドラマを求めていたわたしは、映画館に滞在していた間はちっとも心を揺らさなかったくせに、一晩たってから、その風景の断片にパンチをくらっていたことに気づいた。
初期の「天国の日々」の方が、わたしは確かにずっと好きだが、「The Tree Of Life」は、どうしても表現しなければ魂が滅びてしまう……そんな風景の堆積みたいな映画だった。

今夜はすごく眠りに飢えていたのに、どうして夜が更けると、こうも興奮するのかな……?

2011年9月11日 (日)

休息の前に。

とても胸の痛いことがあったり、
心の浮き立つ時間があったり、
恐怖に襲われることがあったり。
眠りは足らず、
いつまでも起きていたい時間や、
いつまでも起きていないと間に合わない仕事や。
時間に追われ過ぎると、
愛すべき人たちをちゃんと愛せないのも怖い。
時間がなくっても、
愛すべき人たちをちゃんと愛せる自分になりたい。
でも、わたしという一個は、とっても限られていて、
時々壊れてしまいそうになる。
参ったな。
ああ、心も体も、強靱であれ。

まあ、なんだかんだ言っても、
今日も一日をタフに過ごした。
そして、明日も、大事な人たちがわたしを待ってくれている。

2011年9月 7日 (水)

ずっと、祭りの中に、踊りの輪の中に、いたい。

今年3月に、ヴァイオリニスト西谷国登さんと結成し、6月に第1回公演を開いたユニット、IN-Project。(アイエヌプロジェクト。石丸のIと西谷のNですね。)
11月3日〜5日に、第2回公演が決定しています。
決定したのは、もうずいぶん前で、西谷さんはどんどん稽古を進めてくれていたのですが、わたしときたら「ペール・ギュント」と「Caesiumberry Jam」が隙間なく続いて全く余裕なく、今も秩父市民ミュージカルの企画・構成・あらゆる事務・稽古に追われる日々、かつ、大事な私塾の稽古も粛粛と続いているわけですが、それでも、今日から、IN-Projectモード、片足を踏み込みました。
明日、西谷さんと企画打ち合わせをするものだから、もう夏休みの終わりに宿題をする子供のように、強引に突入したわけですが、あれこれ妄想し始めると、やはり楽しくて楽しくて。
自分がわくわくした次に、明日は相棒にわくわくしてもらって、そして二人で、我々とお客様のわくわくのために、ようやくスタート。
西谷さん、お待たせしましたね。
わたしの閃きと妄想は、さあ、今度はどんな旅を演出するんだろう?
自分でもわからない。
だから、始めてみる。
これが、楽しいんだ。

実は、「Caesiumberry Jam」が終わって、
谷チームでの共同作業や、
スタンバイと本番を繰り返す、緊張という甘やかな拷問の時間が終わって、
あの懐かしいナジロチの土を去って、
わたしはとても切なく、淋しいのだ。
恥ずかしげもなく、感傷的なのだ。
回遊魚みたいに、泳ぎ続けることでしか、
この切なさは紛れない。
ずっと、祭りの中に、踊りの輪の中に、いたい。

2011年9月 6日 (火)

うん、頑張るよ。

自宅作業日。
事務作業に燃え、短いリーディング台本をあげ、歌詞を一曲あげた。
今日のTo Doとしてあげた中から、掃除と各種連絡、In-project関係の企画がいろいろ残ってしまったが、深夜に、ちょっとお気に入りの歌詞があがって(ギャグソングだけど)、一日の終わりに一人歌ってうきうき。
今のわたしの仕事は、ほんのわずかな人にしか届かないし、大したお金にもならない。
自分の人生を振り返り、年齢を考えれば、ちょっと恥ずかしかったりもする。ああ、失敗の人生だなあって。
でも、こうして、ひとつ何か、なかったところに作品を創ることで、俄然元気になるのだ。
遅まきだろうが何だろうが、残りの人生は、ただひたすらに作ったり表現したりしていたい。

今日、またひとつ新しい仕事が舞い込んで、今に追われ明日に追われ、なかなか先の企画に手が及ばない。自分で企画しなきゃあ、何も始まらない。お招ばれを期待してちゃあ、駄目な身分。
頑張れ、頑張れ、わたし、と、自分に拍車をかける。
鼻先に、人参を自分で用意しなきゃあな。
鞭うつのも自分。
行き先を決めて走り出すのも、自分。
って頑張ってるうちに、仲間たちと一緒に走れる時が来る、といった具合。

========

花たち。
わたしの好きな。
女優業のご褒美にもらった花たち。

Fromakinori
中川くんからは、艶やかな、なんともかとも艶やかな、欲望にも似た色が届いた。

そして、わたしの大っ好きなビタミンカラーたち。
Fromkyoko

Fromhisamatsu


2011年9月 5日 (月)

新しい祈り。

西武秩父線普通列車で、泥のように眠って池袋へ。
乗り換えでリブロに寄り、仕事の資料を探す。
何を思ったか、仕事に関係のない、聖歌集を購入していた。
かなり高価な衝動買いだったが、
何かこれは、わたしの中に、たくさんの祈りが充満して、何とか溢れるべく、道を探していたのではないかと思う。
「Caesiumberry Jam」に、俳優として出演することは、わたしにとって祈りみたいな行為だったと、今にして思う。そんな直接的な物言いは避けるにしても、とにかく、いっぱい。祈りでいっぱい。

10代。ミッションスクールに入学すると同時に、聖書と聖歌集を配布された。
どちらも、6年間で、英和辞書と同じくらい小口が汚れていくことになった。
ミサで歌う歌など、ごく決まったものだけだったが、歌と楽譜が好きなわたしは、ひとりであれもこれも歌って楽しんでいた。
歌は、上手には歌えなくても、わたしのこれまでの生活から切り離せない。
声を出して届けること、声を出して訴えること、声を出して触れあうこと、声を出して探ること、声を出して救いを求めること、
声を出して表すことの堆積が、わたしの時間だったから。

10代の孤独や憧憬など、すでに不透明な皮膜をかぶり見えにくくなっているはずが、聖歌集をぱらぱらとめくった途端に皮膜がほろりと落ちて、息苦しい青春が戻ってくるようだった。
わたしは、夢の中でよく歌うが、丸々一曲聖歌を歌う夢もあった。
わたしにとっては、声を出すことが、祈りなのだ。

その足で、1週間ぶりに「Caesiumberry Jam」の仲間たちと会う。
まだ1週間しかたっていないというのに、その顔、その顔が、懐かしくって、ほっこりする。
会えてうれしい、集まれてうれしい、素直にそう思って。
なんだろう、この気持ちの柔らかさは。

でも、わたしはもう、新しい祈りの中にいる。
わたしの声、わたしの祈りは、今度は直接は届かない。
出演者たちの心と体に乱反射して、観客席に届く。
出会って、出会った人たちとともに生きることが、祈りなんだ。

===

公演でいただいたお花が、終演1週間して、その命を終えようとしている。
中川くんから頂いたもの、「ペール・ギュント」でご一緒した南久松さんから頂いたもの、この間コメント欄に書き込みをしてくださった九州の京子さんから頂いたもの。
どれも、わたしの心を照らしてくれていた。
明日、写真をここに残しておこう。
命を終えても、わたしの目の奥に、その色と形が残っている。
ありがとう。


2011年9月 4日 (日)

仏の顔も三度まで。

前回秩父に行った時は、落雷による停電で特急電車が三時間立ち往生した上で運休になり、ひどい目に会った。
さて、今回も、心配した行きの電車は順調だったものの、稽古が終わった九時には、大雨で、飯能まで運休。
泣く泣くホテル泊まりで財布が痛い。
おまけに、秩父は市街地でもSoftBankがアウト。
おかげでひたすら仕事できた。
でも、まさか泊まりと思ってなかったので、レポート用紙に五線を引くところから。そういう環境だからこそ仕事が進む時もある。
さあ、今日は夜の稽古がないので、早く東京にもどれると思っていたら、人身事故で特急は運休。
恐ろしいことに、普通列車で帰ることとあいなった。
仏の顔も、、、という諺、、、まさに今のわたしで、この不愉快を珍しく、iPhoneからアップする。

2011年9月 3日 (土)

無題。伊藤君の歌にしびれた夜も明けようとして。

公演が終わってからというもの、日々の記録になりつつある。

書きたいことはたくさんあるし、俳優をやった後っていうのは、どうも感傷的になるものらしく、あれやこれやと思いにふける。
演出業に戻ると、そっちの思いで公演を振り返りもする。そうするとまた色々考える。
それを書いておきたいのだが、まだ書けない。
作家に、演出家に、言葉を届けたいのだけれど、それもまだ書けない。
忙しすぎる。
ずっとコンサートの企画と楽譜制作に、没頭。

どれだけか時間をかけて、明日と明後日の稽古の準備をしてきた。
それなのに、それなのに。
明日、果たして西武特急レッドアローは、わたしを秩父までちゃんと運んでくれるかしら?

夜は、仕事を抜け出して、伊藤靖浩君のライブに出向いた。
そして、しびれた。
彼の歌のことを語らせたら、わたし、今、どれだけでも長文で賛辞を並べられるのだけれど、ああ、もう眠らなければ。

書きたい。
振り返りたい。
整理したい。
遊びたい。
展望したい。
書きたい。
言葉を使って。
時間、ください、わたしに。


2011年9月 2日 (金)

泣。

あさってしあさって、連日秩父に赴いてコンサート稽古に入るため、
楽譜の調整、歌詞入れ、と、のめりこんで作業していたのに、ああ、していたのに、3時間かけて打ち込んだMIDIデータと、歌詞入れ楽譜の浄書が、Finale突然のシャットダウンとともに、消えた。さっぱり跡形もなく消えた。
のめりこんで、途中で保存していなかった……。
泣。

2011年9月 1日 (木)

気がつけば、朝。

朝だ、また気がつくと朝だ。
秩父のコンサートが1ヶ月後にせまっている。
選曲と訳詞、打ち込みだのに追われて、気がつけば、朝だ。
そして、公演が終わって片付けたはずの部屋が、
あっという間に、楽譜だらけになっている。
机も、床も。
Macのデスクトップにはファイルが散乱。

私塾も再開。
塾生たちの一部は、わたしと交代に稽古に入っていたり仕事があったりで、少人数再開ながら、稽古は熱い。
演出家モードに戻って、なんだか自由の天地に解放された気分。
まあ、今のうちだけで、本業ならではの苦悩もあるが、今は、俳優たちを見ているのがただただ楽しい。

でも、眠らなければ。
でも、たまには休まなければ。
とは言うものの、今はひたすら頑張るしかないの。
……わたしには、今、大きな仕事はない。
ただ、ひたすらに、
わたしを慕ってまわりに集ってくれる人たちに、
できる限りの愛情を手渡すのが仕事だ。
それには、準備がいる。
だから、やっぱり、気がつけば、朝。
台風間近で、空はどんより灰色だけれど、
わたしの心は、何やら晴れ上がっている。


« 2011年8月 | トップページ | 2011年10月 »