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2011年11月

2011年11月30日 (水)

無題。夜に。

公演を約2週間後に控えて、劇場をお借りして稽古をする。
今日1日でいろいろなことを確かめて、掴んで、感じて、また明日から通常のジプシー稽古場に戻る、チームにとっては大切な1日だった。
俳優たちは、みんな、等しく劇場に負けてしまって、
揃って空まわり。
8月と11月に久しぶりに俳優体験しているわたしとしては、わからなくもない。
でも、情けなかったな。
劇場に入る時の高揚感と集中力が、もう少しあっていい。あってほしい。
これは、でも、率いてきたわたしの責任でもあるわけで。

そしてこのところ。
わたしの情熱が走りすぎていて、みんなが着いてこれないのではないかとも思う。
すべての人の暮らしが、生活が、演劇だけで成り立っているわけではない。
でも、わたしは、それが全てなんだ。
もちろん、わたしは今、たくさんのプライベートな問題を抱えているし、もう、じたばたじたばた、もがきながら、みっともなく生きているのだが。
ある時には大騒ぎし、ある時には激しく黙し、一人っきりでいるのだが。
でも、すべては、演劇に向いている。
だからこそ、生きてられる、と、言ってもいい。
こういう指導者が、彼らにはちょっと重すぎるかしら?
……と、今日などは思う。
演劇人としては、これがわたしの有り体だし、変える必要もない。
ただ、俳優のトレーナーとしては、もう熱を冷まさないと。
演出家としては、もう少し黙って、彼らを遊ばせてあげても、いいかもしれない。

ああ、今夜も、来年の仕事の勉強を、ひたすら、した。
これが幸せなのだ。

2011年11月29日 (火)

わたしは元気です。

最近、ここに泣き言をしょっちゅう書くので、ゴールドシアターの加藤さんが、心配してメールをくださった。
加藤さんだって、今、ゴールドの稽古でへとへとだろうに。
疲れてない……と言ったら嘘になるけれど、疲れて泣き言言ってるわけじゃない。
現実的に、問題に直面しているだけで。
そしてそれにひどく傷つき打ち拉がれることが多いだけで。
ただね、朝も書いたけれど、
その分、キラキラした瞬間もとても多い。
当たり前な生活をしていた時に見えなかったものが見えている。
毎日、普通に目にしていた風景光景が、別の色を帯びて3Dみたいに飛び出してくる。
心をわしづかんでくる。
そういう時期なだけだ。

坊ちゃん劇場で頑張っている静香から、久しぶりにメール。
うれしいものだ。
その成長ぶりを、絶対見にいかなければ。
四国遠征、さて、いつにするか。

明日は早起きして、オリモトホールにて初めての「赤鬼」稽古。
さて、どうなることやら。
きっとまた燃える女になるな、わたしは。
……なので、早く寝なさいよ、わたし。

加藤さん、わたしは元気です!

2011年11月28日 (月)

もうそろそろ。

もうろそろそろ、ぐずぐず言うのをやめよう。
偏った感情ばかりが、鮮やかになってくる。
危険。
朝が来ると、そう思ったりもする。
でも、世界が偏った色に見えてくる時こそ、
感じられることども。
今、やらなきゃ。
作ることさえしていれば、ちょっとくらい人間が偏っても平気。
そんなこと気取られないくらいの、社会性は、もう身についている。
はず。
昨夜、マックス・エルンストを開いて、ぞわぞわした。
わたしの中で、朝の魔力と夜の魔力が、陣地取りしている。

万感胸に迫る。

5年間、情熱を燃やし続けていた活動が、ひとつの区切りを迎えた。
5年。
5年間。
5年前、わたしはまだ演出助手と呼ばれていた人で、そこから、ここまで、どれだけかのことが動いた。
そうか、たった5年の間のことだったんだ、と、何か、こう、万感の思い。万感の思いって、こういうことを言うのか。

帰り道、ふと目についたどんぐりを拾ったら、ちょうどまとまって5個落ちていた。
手のひらにおさめて、珍しくセンチメンタルな気持ちになった。
5年につまっていたものを握りしめる。

風が吹き抜けてくみたいな体を引きずって帰る途中、
新宿で古本市を見つけ、立ち寄ったが最後、2時間ふらふらと本を手に取り続けていた。
どうしようもない時、わたしを助けてくれるてきたのは、いつもいつも、書物書籍だった。
何でもいいから、誰でもいいから、今のわたしに声をかけておくれ。

iPhoneから聞こえてくる音楽に、身も心も滑り込んで、
ちょっと上の空で自転車を駆る。
心地よいリズムと、自分の筋肉で体を推進してく感覚が重なると、
気持ちが少しふうわりしてくる。
タイヤは地面を踏んでいるのに、
何か、少うしだけ浮いて走っているような。
新しい出会いの奇跡に向かって走っているような。
風景はぼんやりと紗がかかって、
ああ、わたしはちょっと泣いているのだと気づく。
洗ってさっぱりするなら、目の奥から洗い流せばいい。
もう長いこと泣かなかった人が、こんなにしょっちゅう。
おかしいな。

さあ、次の5年を考えよう。
この淋しさが糧だと思おう。
人に優しいってことが、本当はどんなことなのか、
自分の心で知りたい。
本当の意味で、人に優しくなりたい。


Photo


2011年11月26日 (土)

無題。

道がすいていると思ったら、帰り道は、もう5時前だった。
とろうり、とろうりと、わたしにしては珍しくゆっくりと、自転車で進む夜道。
幸せというものの正体について考えていた。
手がかじかむのは辛いけれど、頭は寒さできーんと冷えて、妙な冷静さで……幸せというもののことを。

今日もいろんなことがあった。
昼と夜、二度、涙が出た。
自分を確かめるような時間、
他者という鏡に自分を映し出す時間。
単に心が揺れる時間。
混乱の中に、自分を見いだそうとする時間。
人を大事に思う時間。
昼と夜、二通り。

素晴らしい衝動買いをした。
満員の客席を思わせる、縁起物。
人混みの中で見ている時はまだ他人行儀だったが、
帰って仕事部屋に置いてみると、
如何にも、貰われるべきして貰われてきたという顔をして、
鎮座ましましている。
これからの、わたしの舞台を、祝福してくれよと、声をかける。

わたしは今までも一人だったが、もっと一人になって、
考えることをするべきだ。
そして、揚々と世界に出ていき、自分の考えなどさらりと捨てて、たくさんの人と一緒に作品を創ろう。
捨てる前に、どれだけ考えているかが、感じているかが、重要。
それが、表現する時の、自由。
2011年も、あとわずかになってきた。
さて。どれだけの準備をして、2012年を迎えられるか。


2011年11月25日 (金)

秩父の精。

朝から慌ただしい一日だった。
To Doの多さに何かしらの不安を感じてか、5時半就寝から3時間で目覚めてしまい、すぐにMacを立ち上げ、仕事。ちょっと悲しいけど、あんまりお金にならなくても、仕事。これがわたしの生きる道。
稽古は、昨日LOVEを感じた割には、なかなかうまく進まず、いろいろと演出的手腕を使っても、俳優たちの心が動かない。待つ。じっと待つ。明日。また明日。種をまく。萌芽を信じる。
稽古後は、ひたすらフライヤー制作して。
完成した!と思ったらプリンターがインク切れで寒空の下、量販店まで自転車を飛ばし。
いい歳して、20代の劇団主宰みたいな生活だ。
まあ、いい。それはそれで。

あ、そうだ。
稽古の休憩中に、路地の黒猫と長い長い時間、目があって、お互い目をそらすことができず、わたしはマドリッドの廃墟で視線を交わらせた犬の目を思い出した。
この話は、また改めて書こう。わたしの人生を、ちょっと歪ませた経験だったのだ。

帰宅して。
秩父市民ミュージカルの堀田さんから、ありがたいお届け物を受け取った。
秩父の銘酒、源作ワイン。
わたしがこの5年間、愛してやまず過ごしてきた秩父市民ミュージカルが、今、岐路に立っていて、27日に久しぶりに出向いて、今後をメンバーと考えることになっている。
わたしの秩父LOVEを、まだまだ喪いたくない。
楽しみ方は、いろいろあるはずだ。何事も、明るく、前向きに。

堀田さんのご主人が、手紙を添えてくださった。
 『感謝の意をこめて「秩父の精」をお送りします。』
と、ある。

この、「精」の字。
これは、昨日のわたしのブログを読まれて書かれたものか。
それとも、偶然?
いずれにしろ、秩父の精が、今、手元にある。
なんと、一升瓶だ。
一升瓶から、一人、赤ワインをグラスに注ぐ。
趣深い。
なんたって、秩父の精だぜ。

ああ、酒飲みでよかった、と、思う。

すでにほろ酔い。
よく眠れそう。

そうだ、忘れずに書いておこう。

伊藤靖浩ライブを御予約くださったお客様、ありがとうございます。
わたしのお届け物は、かなり素敵な時間になると思います。
わたしも、その日を心待ちにしているのです。

私塾の公演を、早々と申し込んでくださったお客様にも感謝。
俳優たちと、演出家の、何よりの励みです。

ほんのり、喜びの夜。

2011年11月24日 (木)

俳優私塾POLYPHONIC公演のお知らせ。

清瀬市にある、医療法人財団織本病院内、オリモトホールにて、かねてから私塾で稽古してきた「赤鬼」(野田秀樹作)を上演することが決定しました。
(俳優私塾POLYPHONICに関しては、こちらをご覧下さい。
Akaoniflyer_3

12月14日(水)19時開演
12月19日(月)14時開演・18時開演

入院されている患者さんと、病院の職員の方々にご覧いただきますが、広く、地元の皆さまや、俳優塾に興味をお持ちの方々など、たくさんの方にご覧いただきたいと思います。

入場無料ですが、入場整理のために、観劇をご希望の方は、下記リンクから俳優塾主宰石丸までご連絡くださいませ。

観劇ご希望の方は、こちらまで
(1お名前 2希望期日と時間 3枚数 4メールアドレス 5電話番号 をご明記ください。)

演出:石丸さち子
出演:金澤洋之・齋藤穂高・塩見陽子・高木拓哉・中谷弥生・吉木遼

★オリモトホール アクセス
医療法人財団 織本病院
〒204-0002 東京都清瀬市旭が丘1-261
TEL 042-491-2121 / FAX 042-491-6654

西武池袋線 清瀬駅北口より
『旭が丘団地』 行きバス(①番乗り場) 8分
『下清戸2丁目』 または 『旭が丘通り』 下車 徒歩5分

精一杯。

IN-Projectの最終日、中川君から届いたお祝いの花束に、カサブランカが入っていた。
その時には、15個の緑の固い蕾だった。
ほかの花たちが命を終えても、カサブランカだけは花瓶の中でつぼみを膨らませ、花開きつづけてくれた。
わたしも、何度となく水を替え、水切りして、彼らの生命力に応えた。
(あ、わたしは、何気なく彼らと呼んだ。彼女たちって雰囲気じゃないの、雄々しいの。開く時に、パカって、上品とは言えない音をたてたりするし!)
このところ、わたしの暮らしは、
心が揺れに揺れることばかり続いているので、
痛みの激しいことばかり与えられるので、
彼らの逞しさは、わたしの励みだった。
まるで、O.ヘンリーの小説みたいに、
「最後の一葉」みたいに、
わたしは、仕事机の横に置いた花瓶を眺め続けていた。
最後まで、15個めの蕾まで、どうぞ咲いておくれと、
わたしの目の中にずっとおさめて愛でてきた。

愛すれば通じる。
愛すれば、通じるって、なんて素敵。

頂いてから19日が過ぎ。
今日、最後のつぼみが、精一杯の力でほころんでくれた。
それまでの、さくさくとした元気いっぱいの開き方とちょっと違っていた。
まだ、緑の濃い、大きさも未成熟な段階で、
彼は開き始めた。
自分の終わりを知っていて、
自分に残されたエネルギーの総量をちゃんと知っていて、
思い切って、成熟を待たず、開き始めた。
「精一杯」という言葉を、深く深く、想った。

大辞林をひいた。

せい[1]【精】
【1】(名)
(1)生物の根元にあるもの。たましい。精霊。多く人間以外の霊魂についていう。スピリット。「木の―」「森の―」
(2)生命の根本にある力。心や体に備わる力。精力。「―を入れる」「―がつく」「―も根もつき果てる」

精一杯。
何気なく使っているこの言葉に、たくさんの神秘や奇跡がつまっている。

===

今日も、精一杯仕事をした。そして、稽古も。
気持ちは安定せず、どこまでも、孤独。
でも、だからこそ、できる仕事もある。

とっても張りつめた状態で仕事をしているので、
稽古が終わってから、ふと不安になった。
わたしについてくる俳優たちが、演劇を楽しんでくれているかどうか。
……わたしがあまりに厳しいので。

毎日、俳優たちに、POLYPHONIC通信という連絡メールを出すのだが、
なんとなく、
「稽古、楽しいですか?
辛すぎたら、言ってください。
……わたしは口が悪いからね。」
と、結んでみた。本当に何気なく。

すると、何通か返事が返ってきた。
LOVEな返事。

ああ、「愛すれば通じる」が、
部屋の花瓶の中だけじゃなく、
稽古場にもあったんだと、
花たちみたいに、
わたし自身がほころんだ。

だから、わたしも精一杯生きる。

久しぶりに、精一杯部屋の掃除をして、
揺れる心を鎮めもした。

やっぱり、何も彼もを、信じよう。
まずは、愛して、そして、信じる。
これは、母に教わった、大事なこと。

そして、精一杯。

15th


2011年11月23日 (水)

前へ。

なぜ、愛すべきものとか、美しいものとか、心癒すものとか、大事なものは、
永遠じゃないんだろう?
わたしは、ずっとずっとずっと続くものを、何か持っていたっけ?
かける愛が大きければ大きいほど、喪われるのは、なぜ。
わたしの愛情が、深すぎるのか。
わたしの愛情が、出来損ないなのか。
こんな問いかけをしながら後ろを振り向くと、落とし穴が待っているので、
振り向かない、振り向かない。
ただ、前を見る。
ささやかなものでも、生み出すことを考える。
愛し方の巧拙は、未だにわからない。
わたしが飲みたい水を飲む。
わたしの渇きを満たす水に、手を伸ばす。
消費や消化のことは考えず、
ただ、乾いた喉と体に、
清冽な水が通っていく、潤してくれる、
その喜びの瞬間を、
放埒な生の、静かな存在証明とみなして。

恐れるな。
恐れるな。
人を傷つけずに生きてはいけない。
人に傷つけられずに生きてはいけない。
振り向くな。
振り向くな。
わたしの後ろに道ができているけれど、
今は、振り向かない。
未だ見ぬ、前の道を、
夢想して、進む。
時は、きっと、また、未来のわたしの後ろに道を作る。
わたしを運ぶ。
だから、せめて、精一杯進む。
前へ。
前へ。

2011年11月20日 (日)

演劇と、音楽と。

演出って仕事は面白くって。
戯曲を読み解いているうちに、
稽古場で、戯曲が勝手にするするとほどけてくれるのを受け取るうちに、
自分の中にたくさんの言葉が生まれ、
風景が蘇り、
今まで生きてきた無数の記憶の、あれやこれやが、有機的に結びつく。
で、わたしの中から、ごろごろ出てくる。生まれてくる。
新しい、意味を携えて。

それは、
それぞれの課題を抱えた俳優たちを導くためのものなのだけれど、
いつも、自分のための言葉でもある。
演出という仕事は、常に自己確認の時間の積み重ね。

まもなく、正式に期日を発表しますが、
私塾の俳優たちと、公演します。
12月14日と19日の予定。
稽古場の熱はどんどんあがっており、
冬だというのに、いつも体育部の部室の臭いがしています。

===

そして。
12月16日に、わたしがプロデュースする伊藤靖浩さんのソロライブの、HPを作りました。
演出家がなぜライブをプロデュース?と思われそうなので、
That's whyの文章を書きました。
どうぞお読みください。
「わたしが、伊藤靖浩ライブを開催する理由。
わたしは、なぜ伊藤靖浩ライブに皆さまをお誘いするのか?」

そして、興味を持っていただけたら、是非、足を運んでください!


2011年11月19日 (土)

恵み。

来年の仕事のために、ずっと聞き続けていた、楽譜を眺め続けていた歌は、こう歌う。
……人生は出会いと別れの繰り返し。突然、見知っていた世界は様相を変えて、ほんの一瞬で手にしていたものを失ったりする。風の流れが変わるだけで。すると、もう、そこは見知らぬ場所。すっかり世界の中でStrangerになって、また新しく、見たこともない場所を歩き始めなければならない。予期せぬ未知の世界でも、まったく無力でも、また歩き始める。信じる力さえあれば……。

この1週間で、わたしの人生の風向きが変わりつつある。
わたしは、すっかりStrangerな気分。
小さな手のひらの中に大事にしていたものも、指と指の間を、すり抜けていって、もう呼び返せなかったりする。

ただ、どんなことがあっても、幸い、信じる気持ちを支えてくれる恵みがある。

昨夜は、本棚を眺めた。
わたしの時間を支えてくれた物語の背表紙を眺め、
思いの深いものたちを一冊一冊取りだし、その時の「ありがとう」を思い出した。
わたしを元気にしてくれた食べ物たちのことも思い出した。
美味しい食べ物、わたしのエネルギーを作ってくれた食べ物たちの力は強い。
好きな食べ物の名前を口にするだけで体が少し温かくなる。
花瓶では、15日目のカサブランカが、15あった緑の蕾のうちの、13輪目を開こうとしている。
ここから、絡み合った花弁を開く時に、時々「カパッ」という色気のない音を立てるんだ。
これ、なんとも言えない、力。
あと、眠りという、休息と沈黙の力。
マクベスは眠りにも裏切られたけれど、
わたしは、まだまだ、しっかりと眠りに救われる。
人生の懊悩に関しては、ひよっこなのだ。

そして、あと2時間もすれば、わたしは稽古場に行く。
私塾の俳優たちが、来月の公演に向けて、熱い稽古を毎日繰り広げている。
わたしはその指針だ。
無理なんかしなくても、稽古場に行けば、わたしは元気になる。

無題。

わたしは、基本的に前向きな人で。
仕事が好きで楽しいから、なんだかひたむきにやっている。
不平は言わないし、
人にも心を配って生きているつもりだ。
愛情をふりまくのが仕事みたいなところがある。
自分では、そう思っている。(そう思っているだけ?)
あああああ。ちゃんと生きてるつもり。つもり。
それなのに。
今日という一日は、どうして、こうも、
悲しいこと、がっかりすること、やりきれないこと、
ばかり起こったのかと……一気にね。
まあ、そういう一日だったわけだ。
誰か優しい人といたら、一晩中騒ぐか、一晩中泣いてやりたいが、
そうもいかない。

こういう時、神さまは、わたしに何を教えようとしているんだろうと、
考える。
わたしに、どんな落ち度があったのか。
それとも、落ち度なんてなくったって、世の中は理不尽だってことを伝えようとしているのか?

元気だから、ぴんぴんしているから、
大した不幸じゃないのはわかってる。
でもね、人はちょっとでも幸せになりたいものじゃないの。

悲しいことは、
ひとつひとつ、来てくれたらいいのに。
一度に与えるのはやめてください。

神さま!
今日はとにかく寝て、
わたしは明日から、また気分も新たに頑張りますよ。
御業の本意はわからないままですが。
でも、頑張りますよ。
昨日、だって、I'm not afraid of anythingなんて、
書いたばっかりだもの。

2011年11月18日 (金)

I'm not afraid of anything.

目の前に、渾身で人生を観照した言葉があり、音楽があって、
その奥行きの深さ、視野の広さ、求心力と自由さに、打たれる。
ああ、自分はなんてちっぽけなんだろうと思いながら、そこに遊ぶ。そこに学ぶ。

そして、一人では何もできないわたしも、
信じる人たちと一緒ならば、
創り出すことができると、
まだ大丈夫、進めるはずと、
心に刻む。

「無」から「出会い」と「偶然」を経て、
今を生きるわたしの、「必然」へと。

人生、そうそううまくいくことばっかりじゃないし、
今のわたしだって、打ち拉がれていたり、心浮き立って喜んだり、
寒かったり、温かかったり。
でも、どうであれ、いつも、
I'm not afraid of Anything
と、歌っていたい。

2011年11月15日 (火)

打ち合わせ週間。

IN-Projectが終わるまで待っていただいていたプロジェクトが、いくつか一時に動き出した。
思いがけない新しい仕事も舞い込んだりして。
今週は、今日を皮切りに、一気に打ち合わせが続く。
打ち合わせするためには、それなりの準備がもちろん必要で、わたしはどれだけ仕事が好きなんだってくらい、机に向かう。
そして、その時間が楽しいのだから、仕方ない。
手をつけてしまうと、終わるまで、朝がきても眠る気になれない。
(まあ、もちろん、その後午前中ぎりぎりまで寝てしまうのだが。)

贅沢はしない。
海外旅行も、もう2年行っていない。
働けど働けど、ちっとも儲からないから、
なんとも清貧の生活なのだけれど、
仕事をしている時間が楽しい。

今日は、久しぶりにストレートプレイのオファーかと思って出向いたら、
しっかり音楽の仕事だった。
それも、まったく触れてこなかった、がっつり現代音楽の仕事。
大変そうだが、やはり心が動く。
新しい出会いの中で、今度は自分の中から何が出てくるのか、自分自身が楽しみで仕方ないのだ。
仕事をしてなければ、わたしなんて、偏屈でつまらない中年女かもしれないもの。
(……そこまで卑下することないか。ま、元気なおばさん、ってとこ。)

明日も、仕事のことで、人と会う。
心が浮き立つ。
今夜もまた、ぎりぎりまで、あれやこれやと仕事する。
わたしにとっての、楽しくて仕方ない、遊び。

2011年11月12日 (土)

手。

生まれてから、今に至るまで、わたしは、どれだけの人と、手を握り合ってきただろう?
今まで、わたしが一番手を握った人は誰なんだろう?
母かな?
それとも、何番目かの恋人かな?

誰かの手を握っていると、そこから、誰かのいろんなものがわたしにしみ通ってくる気がする。
わたしのいろんなものが、誰かにしみ通っていく気がする。
これは、清水邦夫さんの台詞に出会ってから、ずっと思い続けていること。
青春が、握った手と手を介して、混じり合う。

IN-Projectを観てくださったお客様とも、たくさん握手をさせて頂いた。
何かが繋がりあうこと。ほんのわずかな時間でも。
手から、手へ。

これからも、手仕事で、わたしはひとつひとつ、作っていく。
そして、それを、手渡していく。
誰かの手のひらの中で、どうぞそれが、一瞬でも、宝物になりえますようにと。

2011年11月 8日 (火)

IN-Project Vol.2「Breath & Beat」終演。

IN-Project Vol.3「Breath & Beat 呼吸と鼓動の120分」
全5回公演、無事終演いたしました。
おいでくださったお客様に、心より、
「ありがとうございました!」

メニューに沿って、少しずつ回想……。

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IN-1 鼓動を感じる音楽たち
・F.クライスラー 「中国の太鼓」
・J. シベリウス 5つの小品より「ワルツ」
・F.ヴェチェイ 「悲しみのワルツ」 

クライスラーは、西谷さんのレパートリー。でも、ワルツは新曲。
このわたしの選曲が、西谷さんは今、とってもお気に入りになっているみたい。
小品ですが、美しい、ふたつのワルツ。
鼓動を感じる幕開けで、わたしは大好きでした。
投影していた二つの映像は、
まるで音楽サロンにかかった絵画のようでしたが、
実は、人間の体内の写真だったのです。
……気づいた人がいたかしら?

IN-2 恋の呼吸
ダンス:酒井亜矢   
・ファリャ バレエ組曲「恋は魔術師」から「パントマイム」「火祭りの踊り」

秩父市民ミュージカルで、レッスンや振付でわたしを支えてくれてきた酒井。
今回、はじめて、彼女は演出される人としてわたしの前にやってきて。
わたしは、誰も見たことのない酒井を演出したかった。
凪いだ呼吸と、「もういいよっ!」って言いたくなるくらい荒れた呼吸の狭間で、いつも表現者たる人の時間を描きたかった。
酒井の中の、女を引き出したかった。
激しいリハーサルの末、酒井が本番中に、どんどんきれいになり、どんどん凛としていくのを目の当たりにして、わたしは嬉しかった。

IN-3 オスカー・ワイルド作「ナイチンゲールとばらの花」
ダンス:広崎うらん 
朗読:若菜大輔 / 高木拓哉・吉木遼・塩見陽子・石丸さち子
・VI. E.エルガー「朝の歌」
・M.ラヴェル「ツィガーヌ」より

うらんの「わたし、空いてるよ!」が、わたしの「え? じゃあ、出る?」を呼び、思いがけない出演に、「さて何をやったものか?」
かねてからやりたかったオスカー・ワイルド。ナイチンゲールにうらんはぴったりだった。
リハーサルで集まると、あっという間に、見たいもの聞きたいものが明らかになっていく面白い体験だった。即興演出は、準備の量で決まる。しっかり何かを蓄えて行けば、神さまが、進むべき方向を教えてくれるのだと実感。
「朝の歌」が、台詞の尺にぴったりはまるなんて、なんだかもう奇跡のように美しかった。
そして、わたしが何気なく用意した映像が、ナイチンゲールの死に際を白と赤と緑に染めてくれた。
何もかもが、必然に向けての偶然だった。
うらんが美しすぎて、美しすぎて。
美しいものを作るってことが、演出家にとって、どれほどか大きい喜びだってことを認識した。
うーちゃん、ありがとう。


IN-4 幼い自分自身とのデュオ
演奏:西谷国登・ゑ川史子
ヴィヴァルディ作曲(1678年―1741年) ヴァイオリン協奏曲ト短調より

客席から、「かわい〜〜!」の声が飛び交いました。
9歳の国彦君(国登さんの本名)と、○○歳の国登君のデュオ。
さて、○○にはどんな数字が入るでしょう?
(わたしが西谷さんを、20代の青年と呼んだら、客席がどよめきました。ふふふっ。)

IN-5 決してやってこない開演を待つ踊り手の、踊らないダンス
(ミヒャエル・エンデ作「鏡のなかの鏡」より)
開演を待つダンサー:柳本雅寛
開演を待つピアニスト:伊藤靖浩
開演を待つヴァイオリニスト:西谷国登
開演を待つ俳優:若菜大輔
・G.エネスコ ヴァイオリンソナタ第3番第2楽章より

今回、わたしが一番最初に、「やりたい!」と目論み、深く深く妄想していた作品です。
「鏡のなかの鏡」も、ずっと長らく形にしたいと思い続けてきて、ようやく叶った。
マサとのリハーサルは、最高にエキサイティング。そして、センシティブ。
彼の体を追いかけ、彼の脳内の泡立ちを感じ、彼の心と体のバランスが寄り添ったり乖離したりするのを眺めるうち、わたしの中には、幾千もの言葉が生まれてくる。
マサの体は、言葉を呼ぶんですよ、本当に。
わたしの中に、果てしない物語が動き出す。
だって、エンデだものね。
わたしが最も幸せを感じたリハーサル、そして、本番。
エネスコの超絶技巧曲をこなしてくれた西谷さん、
B音連打に命を吹き込んでくれた伊藤君にも、感謝。

IN-6 ありふれた母と娘の話
作・出演:石丸さち子  作曲・演奏:伊藤靖浩

自分の作品なので、語りにくいのですが、
何より、伊藤靖浩さんの作ってくれた曲が素晴らしかった。
彼は、最初のリハーサルでわたしの語りを録音し、
まずそれを何度も聞いてイメージを作ってくれた。
語りで使っていたわたしの低い声をそのまま生かしたり、
暗くなりそうなところで敢えて笑ったりしていた部分を生かしたり、
振幅の激しいわたしの感情を、繊細かつ剛胆に、音楽に置き換えてくれた。
曲が生まれていく時間に、わたしは立ち会っていたけれど、それはそれは、魔法の時間だった。
わたしが、それをどこまで歌えたか……。
懸命でしたが、限界はあった、何しろ20年俳優を休み、歌を人前で歌った経験がほぼないわたしですから。
それでも成立していたと言っていただけたのは、今回伊藤さんとわたしで生んだ、歌自体の、心であり底力であると思います。
終演後のお客様の感想を聞いていると、心は伝わっていたようです。
3月にIN-Projectを結成してから、
「生きる喜び」の、伝道者みたいになってたわたしの、ひとまずの「結び」みたいな作品でした。危なっかしく強引な作品でしたが……届いたみたいです、客席に。
ありがとうございました。

IN-7 G.エネスコ ヴァイオリンソナタ第1番第3楽章
演奏:西谷国登・ゑ川史子

今回、わたしが一番聞きたかった曲です。
IN-Project Vol.2は、この曲、ありき、だった。
観客の皆さまは、この曲に何を感じてくれただろう?
わたしは、最初にこの曲に出会った時から、
1回1回の鼓動や呼吸、小さな喜びや哀しみが堆く積もって、
それが一気に流れ出す人生の時間のようなものを感じました。
あらゆる喜びと哀しみのフラッシュバック。
そして、回想するだけではなく、
1回1回の鼓動や呼吸を重ねて、人生は続いていく。

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いつもわたしを助けてくれる、
舞監、山本圭太さん、
照明、山口明子さん、
この二人の仕事も素晴らしかった。

本当に久しぶりに会った、
わたしの大事な友人であるオペラの演出家は、
わたしの作品を具現化するために存在してくれていた、
すべての出演者とスタッフに感動したと、終演後言ってくれた。
「貴女は、貴女の場所を見つけているんだね」と。

感謝。
わたしの聞きたかった音、見たかった風景を、
聞かせてくれた人たち、見せてくれた人たち。
感謝。

そして、劇場を出る時に、
わたしの手を握って、
感動を伝えてくれた、すべての人に。

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で、今回もまた、中川君から花束が。
わたしがちょっと参ってる時に、
本番中だというのに、早くから劇場入りして自主稽古している時に、
やってきてくれた花のメッセンジャー。
泣きました。
本番中は、出前に通るカウンターの前に置いておき、
パワーをもらいました。
今、我が家にやってきて、
小さな塊だったバラのつぼみは誇らしげにふくらみ、
緑色のつぼみだったユリたちは、白く世界に己を開いて、
強い芳香を放っている。

2回目の水切りをしたら、
どんどん勢いよくなっていく切り花たち。
今を生きる限りある命たち。

自分が忙しすぎて、
中川くんの記念コンサートにも行けなかった。
「ゲゲゲのげ」に行ったきりだ。
ああ、彼の歌が聞きたい。

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2011年11月 2日 (水)

わたしが見たかった作品たち、集合する。

IN-Project出演者が、最終稽古で始めて全員揃う。
これまで、バラバラに稽古してきた作品。
各出演者とわたしで創ってきたものを、全部、一挙に稽古する。
ああ、なんと楽しい時間であったことか。

制作の倉重に「石丸さんが一番楽しそう!」って言われたけれど、
そりゃあ、そうだ。
わたしが見たいものを作ってきたのだから。
そして、自分が見たいものを、観客も求めているということを信じられなければ、演出家などやっていられない。
今日は、それぞれの表現者が、それぞれの作品をはじめて見て、わたしが見たいと思っていたものを、それぞれに喜んでくれた。楽しみ、感動してれた。

次は、お客様だ。

ああ、演出家だけなら楽なのに、今回は、自分の出演時間も長い。
明日の仕込み+舞台稽古は、熱くなり過ぎず、穏やかにいこう!

いよいよ、明日、劇場入り。

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初日は完売しましたが、4日、5日は、まだ残席ございます。
どうぞ、どうぞ、劇場にいらしてください。
西谷+ゑ川コンビのヴァイオリン+ピアノ曲。
3本の珠玉のダンス。
そして、伊藤靖浩氏作曲の歌で綴る、石丸の母と娘の話。
今回、是非、是非、聞いていただきたい、エネスコのヴァイオリンソナタ。
こんな120分、なかなかありません。
……お待ちしています。


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