昨日、伊藤靖浩SoloLiveにご来場くださいました観客の皆さま。
本当にありがとうございました。
心から感謝しています。
彼にとって、大きな大きなステージでした。
それを見届けてくださる方がいること、
観客席から温かい眼差しで見守られること、
自分の歌う喜びを聴く喜びに広げて受け取ってもらえたこと、
どんなにか大きな力になったと思います。
3回のステージを見届けたわたしは、
3回のステージを観客席側で体験しながら、
それが誰よりわたし自身のの求めていたものだと確信し、
フライヤーに書いたように、
わたしの求めた歌が、観客席に幸せに吸い込まれていくのを感じて、
さらに幸福でした。
もちろん、受け止め方は人それぞれだろうし、
音楽の好みも様々。
演劇の仕事を通じて、音楽の仕事をずいぶんしてきましたから、
その辺りのことはわかっている。
でも、昨日の彼のステージを否定する人なんて誰もいないと思う。
初めてのSoloLiveという企画で
一人の歌い手が表現すること。
そこには、たぶん、それまで生きてきた歴史のすべてが入っている。
お父さんとお母さんが愛し合って、それで彼を此の世に産みだしてくれたことから始まって、
出会った人たち、出会った音楽、出会った喜怒哀楽、いいことも悪いことも、すべて。
努力したことも、遊んだことも、愛したことも、憎んだことも。
どれひとつ欠けても、「今」はきっと、昨日の「今」じゃあなかったわけで。
そして、その偶然の産物でありながら、揺るぎのない「今」に加えて、
さらに、昨日の歌には、
これからへの「夢」が含まれていた。
この、「夢」という成分が、表現している最中にも、
人を少しずつ先へ先へと連れていってくれるわけで。
そんなLiveだったとわたしは感じました。
だから、きっと観客席の方々は、みんな何かを受け取ってくださったのではないかと信じています。
演劇作品を世に問う時より、ずっと楽観的に、わたしは信じます。
歌は届いた、誰の心にも。
いや、それにしても、
伊藤+伊賀の、なんとも素晴らしいコンビネーション。
音楽的には言う間でもなく、あの抜け感のあるMCにしても。
伊賀君には、惚れ惚れと、酔いました。
朝から晩まで、ずっとずっと、素晴らしい気配りのバックアップで支えてくださったblackAのスタッフにも、本当に感謝。
中川君の妹さん、和泉ちゃんには、PA関係を任せっきり。
とても頼りになりました。
高屋プロデューサーには昼ご飯に手作りカレーをご馳走していただいて、男たちは大喜び。
ありがたい。
伊藤君の歌につい聞き入ってしまうわたしの横で、スタッフの森田さんは、記録写真をわたしの代わりに撮ってくださっており。
唐十郎さんの「吸血鬼」っていう戯曲に「お世話の都」って言葉が出てくるんだけど、
久しぶりに思い出したな、その言葉。
わたしは昨日、「お世話の都」にいました。
そして、わたしは伊藤靖浩Liveの第二弾を、きっと企画します。
というか、もう、3月に開催するつもりです。
わたしがやりたい、と言って、動かすんです。
好きなことを実現するためにお膳立ての努力をするのは、本当に苦にならない。
そういうスキルがあってよかったなあと思います。
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そして、今日は19日の「赤鬼」本番第二弾に向けての稽古。
わたしがLiveの仕事をしている間、自主稽古をしてくれていたので、
さあ、その成果を見てみるかと始めてみると、ひどい出来。
強引に、女優を引っ張って、
めったにやらないことだけど、自分も一緒に泣きながら引っ張って、
ようやく何かが動き出した感じ。
女優陽子に、稽古場を出てから、熱燗を飲みながら、蕎麦味噌焼きをつつきながら、
大人のダメだし。
連続二度の通しで火照った体と心には、
きっと浸透率のよいダメ出しだったと思う。
明日の劇場稽古が楽しみになった。
それから。
面白かったのは、
今日、赤鬼役の齋藤穂高の芝居が、「え?」とわたしが驚くほど、よくなっていた。
よくなっていた、というよりは、力が抜けて、思い切りがよくなって、自由になってた。
なかなかそんなに一気に成長したりするものではないのだけれど、
どうもこれは、伊藤君の歌が関係しているらしい。
彼には、昨日、一日中Liveの手伝いをお願いした。
ということは、3回のステージをすべて聴いということで。
どうもどうも、伊藤君の渾身のステージが、俳優の彼にたくさんの気づきを与えたらしい。
トレーナーのわたしには、その突如の成長が微笑ましく、嬉しく。
また、人間ってものの、複雑さと単純さ、その両方に、頭を垂れるような気持ち。
ああ、怒濤の年末。
私生活もドタバタ続きで、
身辺のすべてが揺れているけれど、
仕事をする中で、こうして何とか、
幸福につなぎ止められている。