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2011年12月 6日 (火)

愛についての雑文。

わたしは稽古中に「愛」という言葉をよく使う。
このブログでも、しょっちゅう使う。

若い時は、恥ずかしくて使えなかった。
「愛」というものを、何か美しい概念のように思っていたからだ。
でも、今は、それが概念なんかではなく、
努力や、誠意や、責任や、持続力や、忍耐などに支えられている、
精神の行為、ひいては、生命力を必要とする行動だと思っている。
もちろん、この世に生きる意味と言ってもいい美しき概念「愛」は、在る。
きっと、わたしと、他者の間に。
でも、そんな不可視の頼りない美しさを支えているのは、
行動としての愛なのだ。

O.ワイルドを、このところ読み続けているが、
彼の愛は、ずっとずっと遠いところにある。
こんなに生活に密着した愛は、彼の作品には描かれない。
でも、彼が堪え忍んだ生活、半生を思えば、
彼は、どれだけか、行動する人であったと思う。
行動しないということが、行動に内包されるとすれば。

作家が、書いていない時ほど作家であるように。
俳優が、演じていない時ほど俳優であるように。

愛の行為を、選ばないことが、愛である、という場合もある。

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