« 2012年7月 | トップページ | 2012年10月 »

2012年9月

2012年9月 7日 (金)

わたしを見続けてくださる「目」

わたしの作品を、いつも券売開始と同時に、予約してくださるお客様がいる。ふとしたご縁で、独立して最初に演出した「ACCIDENTS」から、ずっと。
売れている演出家なら、ごく当たり前のことなのだが、わたしにはただ一人、いる。
わたしより少し年配の、ご婦人で、
どんな作品であれ、わたしが作るものをずっと追いかけてくださっている。
秩父の市民ミュージカルでさえ、足を運んでくれた。演出していない、出演作もちゃんと観にきてくださった。
昨日、今回のご予約の感謝とお礼のメールを書いたら、朝、素晴らしい返信が届いていた。
不安と痛みであまり眠れず、それでも早起きしてしまって、今日1日が闘い果せるか心配な時に、本当に本当に力になってくれた。
ちょっとだけ引用しても、怒られないと思う。
Oさん、許してください。
「一人のひとの仕事をずっと見続けていくのは
とても面白いです。
今度はどんな形で驚かせてもらえるのか、と
わくわくします。
年を取ると、いろんなしがらみで
なかなか自由がきかなくなっていきますが、
家の事情が許す限り、
自分の楽しみは何とか確保して
明日への生きる糧にしたいと思っています。」
サリンジャーの、「フラニーとゾーイー」を読んだことのある人なら、ラストシーン、彼らが支えにする存在を覚えていることと思う。(「フラニーとゾーイー」は、あまりメジャーではありませんが、名作です。設定を現代の日本に変えて舞台化したい作品のひとつ。)
わたしにとっては、彼女が、その存在。
客席の暗がりの中に、いつも観てくれている「目」がある。
その目に支えられる。
今回、わたしが作ろうとしている作品は、まさに、そういうものです。
出演者たちを、その目のところに、何とか引き連れていこう。
大変な牽引力が必要だけれど、大丈夫大丈夫、やれる、やれる。
辛さと、救いと、その両方。
ささやかながら、記憶に残る、朝。

2012年9月 6日 (木)

ヘルニアとの闘い、始まる。

「三人姉妹」の本番前に、右足が痛くなって亀戸から帰れず、出演者の陽子と弥生の肩を借りてホテルに泊まってから2ヶ月。
終演後も忙しくて何のケアもしないでいたら、このところまた痛みがぶり返し。
いくつか整体に行ったら、言われることも治療も様々で。
昨日、レントゲンを撮りに行ってみたら、医者はものすごく迷いのない顔で、
「椎間板ヘルニアです。よくここまでほっておきましたね。ここまで進んでいると治りません。対症療法しかないですね」と。
うわーーーーーーーーーーーーっと叫びたいところをぐっとこらえて、問診を続ける中。
「石丸さん、1日に5分でもいいから、こういう体操をやってください」と医者からプリントをもらう。
それを見て、「先生、こういうのはわたし、もう4年くらいずっと毎日やり続けています」と答える。
「ああ、だからですね手」と、医者。
つまり、そんなにひどくなるまで放ってやってこれたのは、ちゃんとストレッチや運動をしていたから紛れていたんだろうって言うわけです。
・我慢強い
・筋力がある
・ストレッチ等続けて体に留意してきた
これらのわたしの、まあ、誉められて然りの美点が、すべて災いの元だったわけで。
(病院嫌いという欠点は否めないが。)
マクベスの魔女どもがわたしのまわりにやってきて、「いいは悪いで、悪いはいい」
とほくそ笑みながら、濁った霧空を飛んでいくようでありました。
でもまあ、はっきりしたので気分はいい、としておこう。
こうして、身にまとう愁訴を増やしていきながらも、笑って生きていけるか、これからがまた、若い時とは違う挑み甲斐のある人生ってことね。
こういうことに見舞われると、わたしはよく「100万回生きた猫」を書いた佐野洋子さんを思い出す。あと、メイ・サートン。
先達がどう頑張ってきたか。
その生き方の潔さ。
ただ強いだけじゃなく、くじけながらも、軽やかな知性で自分を戒めて進む姿に、励まされる。
こうして書いていると、ヘルニアくらいなんだよって気分になってきた。
うん。今日も稽古を楽しもう。

« 2012年7月 | トップページ | 2012年10月 »