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2012年12月

2012年12月29日 (土)

命の喜ぶ、お客様の感想。

今年の作品は、わたしより世代が上の方からお褒めの言葉を頂くことが多かった。
7月の「三人姉妹」
10月の「EYES」
12月の「ペール・ギュント」と。

私塾のレッスンを受けてくださっている臺史子さんのご主人、臺毅一郎さんが、「ペール・ギュント」に寄せる文章を、Facebookに書いてくださいました。

わたしの描きたかった向こう岸を、お客様がともに眺めてくださっているのは、何よりの喜びです。

何を、どんな風に手渡すか。
そのことに、命賭けです。
受け取ってもらえると、命が喜びます。

以下、引用させて頂きます。

ステージについて、考えることがある。
 
うちの人が出た芝居もあったし、うちの人に誘われて見に行った舞台もたくさんあった。
都度、いろいろなことを感じ、考えさせられもした。
一度味わったが最後、帰ってこられなくなる、芝居や舞台の世界の醍醐味を、垣間見もした。
 
しかし、石丸さち子さんの「ペール・ギュント」を観て、今までになかった興奮を味わった。
それは、油絵的に、どんどん重ねて作り込んでいく世界だった。
大道具的な意味ではなくて。
 
“語り”というのは、ある意味“墨絵”的な表現手法だと思う。
複雑な要素をどんどん排した、ピュアな表現行為だと思う。
“伝える” ということに特化するなら、ことさら立体的であったり、動きをともなったり、視覚的な効果を加えなくても、目的は達しうる。
“行間を読む”ような、センシティブな表現行為があることは理解できるし、好きな領域だ。
しかし、“語り”というのは、録音だと緊張感を維持するのが難儀だし、あるいは、ライブだとセッションになっていくなら面白がれるのだが。
NHKがやった「詩のボクシング」ならば、それは分かる。
だから、日本独特のものと言えると思う、“墨絵”的な世界なのだと思う。
 
それまでの「ペール・ギュント」は。
あまりにも常識的に受けとめていた「ペール・ギュント」の世界観は、グリーグの組曲を聞いてイメージする、あっさりした感じの冒険活劇だった。
学校で教わった「ペール・ギュント」は、「朝」であり「アラビアの踊り」であり、「ソルヴェイグの歌」だったから。
ペールの人間的な魅力や、ドラマツルギーを語る領域に、届くはずもなかったのだ。
 
翻って、石丸さんの「ペール・ギュント」は。
それまでに読んだ、教わった「ペール・ギュント」のストーリーと、何ら変わりはない。
ディテールをどうこう言うならともかく、ほとんどアレンジなどなく展開された。
なのに、ぐいぐい引き込まれたのだ。
登場人物に感情移入するのではなく、傍観者であることをしっかり意識させられながら、強く臨場させられたのだ。
それは何だったのか。
 
石丸さんの、「“ペール・ギュント”はこれがテーマなのよ」「これを舞台表現の心棒のひとつにしたいの」「“ペール・ギュント”も視点を変えると違って見える」という提案は分かりやすい。
そして、「どうしようもない“ペール・ギュント”だって、母親が産んだのよ、母親は愛していたのよ」「最低の“ペール・ギュント”だって、待つ女がいたのよ」という、切ない愛の世界のアピールは、濃いほどに切なさが増す。
 
石丸さんは、“語り”のように、受けとめる側のイマジネーションのコントロールをしよう、というのではなく、受け手がげっぷが出るくらいにぶつけまくり、満艦飾の世界を見せつける。
そうして、「しっかり受けとめろよ」というメッセージとともに、“ゆるぎない愛”というテーマを、濃く表現したかったのだと思う。
油絵的に、どんどん重ねて作り込んでいって。
 
はっきり言って、石丸さんはオペラを演出した方が、のびのび表現できるだろうし、楽なのだと思う。
でも、楽な方を選ばないのも石丸さんという、自己矛盾なのだろうな。
だから、しっかり応援したいと、つくづく感じた。

つながっている。

「ペール・ギュント」で、わたしと伊藤由華さんは、離れていながら一緒に作品を創るという稀有な体験をした。
”つながる”というのは、ものすごく神秘的なことだと思う。
新しく作った30分のミュージカルの中で、わたしはルノアールを歌にした。6曲の歌詞を集中して書き上げた、二つの夜。その夜の中で、何もないところに、ルノアールが現れた。
なぜルノアールだったのか、今となるとわからない。
恋人たちの「 もがくようにあえぐようにつながりたい」思いを書こうとした時、ルノアールが人生の苦しみ痛みを排除して生涯描き続けた、世界を彩る光や幸福な女性たちのバラ色の頬を思い出したのだろう。
偶然に、思いついた。そして一気に歌詞にした。
由華さんがルノアールを愛し、ルノアールが絵を描き続けるきっかけになったということは、この歌詞が曲になってから、弟の靖浩さんに知らされた。
ああ、「ペール・ギュント」で、わたしと由華さんは、つながったんだなあ、と思った。
とても、神秘的に思った。
すべての日々の、出来事、出会い、わたしを取り巻くすべて、それらが、わたしに書かせてくれるし、演出させてくれるのだ。
そして、彼女が、そのことを彼女の言葉で書いてくれている。
あの「絵を描く時に必要なもの」という歌、あのルノアールの絵の女性たちと竹中友紀子さんが戯れるシーン、最も喜んだのは、由華さんに違いない。
表現し続けること、創り続けることの喜びは、大きい。

26日、Theatre Polyphonic年忘れ公演をみてきました。
三人姉妹、スマットの作品をみたときの感動をまた思い出しながらみていました。また、魅力あふれる俳優の方に出会えて嬉しかったです。
でも、やはり絵をやっているのもあり、ミュージカルを見たときは、あまりの衝撃で嬉しい、すごく嬉しいため息と一緒に涙ぐんでしまいました。画家の役を弟がやり、ルノワールの絵が映し出されところに、美しい女性、竹中さんの姿。さち子さんの作品は愛に溢れていますね。ルノワールを子供の頃に見て、絵を描きたいと強く思うようになりました。
ルノワールは、「悲しみを描いたことのない唯一の画家」と言われています。でも、それは幸せだったからできたことじゃない。決してルノワールが恵まれていたからじゃない。あの時代、他の画家は苦悩に負け壊れていった。ルノワールは、絶対に不愉快なものは作らなかった。世の中は不愉快なものが多すぎるからって。
ルノワールは、友達の葬儀でさえ、不謹慎にも笑い出して悲しみに耐えようとしたくらいの人。
だから、人によく誤解されてちっぽけな画家に思われたこともある。
それでも、死ぬまで、人を愛を大事にした。
思っていても、絶対にできないこと・・。でも、思うことは大切だから。私の永遠のテーマ。
さち子さん…すごすぎます。

2012年12月28日 (金)

仕事おさめ。

年忘れ公演を終え、私塾の最終稽古を終え、今年の仕事をおさめた。
明日は、お世話になった方々へに感謝の気持ちを伝えることに過ごし、あさっては、劇場から持ち帰ったままのあらゆる荷物を整理し、家を片付けることに専念しよう。
わたしは元気だ。
一年を終えようとして、このあまりに激動だった自分の一年を振り返って、よくぞ生きてきたと思う。
誰にも言えないことが、この51年の中で最も多い、一年だった。
すべて胸にしまいこんで、新しく生きるための整理の年末を過ごす。そんな、予定。
こうして、生きていることに感謝。
生かしてくれた、人々との出会いに、感謝。

2012年12月25日 (火)

年忘れ公演に向けて。

新しい、30分のミュージカル「Songs&Words」の稽古。
いい、すごくいい。自分で言うのもなんだけど、すごくいい。
伊藤靖浩の曲、歌唱、竹中友紀子の企みのない透明感、存在感。
あと、わたしの書いた歌詞も、これが、自分で言うのもなんだけど、いいのですよ。
予定より2時間長く稽古して、
チェーホフ短篇小説リーディングの稽古へ。
20分1本の稽古、2時間で足りると思ったら甘かった。
まったく時間が足りず、
堀文明氏と小栗剛と3人、居酒屋でカット作業、読み合わせ。
4本の短篇を読む予定ですが、
わたしがチェーホフに賭けてきた静かな情熱が、零れまくってます。
師走でみんな忙しいのは当然なのだが、見てほしい、見てほしい。
http://www.facebook.com/events/178090418999463/
芝居づくめのクリスマスイブ。
愛する俳優たちをキャスティングするということは、
愛する俳優たちと時をともに過ごすということで、
それは、本当に幸せなこと。
明日の稽古の準備、一段落で、眠ろうと横になったら、
我が息子ペール洋平からの深夜の熱いメール。
なんだかわたしまで興奮してしまって、また眠れなくなり。
演劇は、深く喜ばしい、病。

2012年12月13日 (木)

オーセの目。

Photo_4
自分のことが書いてあるのは気恥ずかしいものですが、あまりに嬉しかったので引用します。
「ペール・ギュント」でシーン毎に投影される絵を描いてくださった、伊藤由華さん。
伊藤靖浩さんのお姉さんで、今回、初めてこうやって、表現者どうし、作品をともにしました。
あたたかさの中に激しさがある、絵を描く時、そう思っていましたが、石丸さち子さん、まさにそうです。
私は、あたたかく、それでいて激しい炎を持った人、大好きです。さち子さんは、どんどん近寄っていくたびに、目に、やられました。だから、ペール・ギュントの舞台でも、頼まれていないさち子さんイメージの、オーセの目の絵を描いちゃいました(笑)
時間がないのに描かずにいられなかった。
でも、結果、使っていただいて最高!!!
私は、さち子さんは、もう家族になってる気持ちですよ。
だって、思わず、初日終わった時、弟より先に、抱きしめてしまったから。思いがこみ上げてきたから。
本当にお疲れ様でした。シャンパン持っていきます!

2012年12月12日 (水)

私塾1期生、d-倉庫に集う。

「ペール・ギュント」公演に、奥村佳恵が来てくれた。
蜷川カンパニー時代、最後に担当した「ガラスの仮面」で、オーディション後から本番まで、つきっきりだった佳恵。
以降も、事務所所属まで、俳優私塾POLYPHONICの1期生として稽古場をともにした。
ソールヴェイの佐伯静香も、1期生にダンスを教えながら、演技レッスンではわたしにたたかれまくったのだった。
私塾初期をともにした、
齊藤穂高、間宮あゆみ、谷須美子、奥村佳恵、佐伯静香、そしてわたしがロビーに集合。
懐かしすぎる。
わたしの教え子たち。
そしてわたしは、場当たり時ずっと演出席を離れられず、ぶっつけで本番に出たものだから、暗みで顔面から壁にぶつかり、とんでもなく顔が腫れ上がった。
今でもまだ目の周りと頬が青い。
写真には、ひどい痣がそのまま写ってる。
ひどい顔だけれど、なんて嬉しそうなんだろう、わたし。
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2012年12月10日 (月)

「ペール・ギュント」終演す。

音楽冒険活劇「ペール・ギュント」、無事終演いたしました。
ご来場くださったお客さま、本当にありがとうございました。
怒濤の初日から、千穐楽まで、芝居は進化し続けました。
わたしの演出も、伊藤氏の音楽も、スタッフワークも、そして、一色洋平のペールも。
抜け殻になることも許されず、制作業務に明け暮れる千穐楽翌日ですが、近いうちに、総括します、わたしのこの演劇体験、大イベントを。
40人の仲間ができました。
旅だって寂しい、愛する息子ができました。
母はこれからも、またひとりからスタート。頑張ろう。
観劇後、感じとったものを伝えてくれる人々の目の奥に、生きている熱さを見いだしました。
ありがとうございました。
Photo_3

2012年12月 7日 (金)

母であること。〜「ペール・ギュント」の初日を開けて。

初日を開けて、3日が過ぎた。
ソワレのみの日を迎えて、3週間ぶりくらいに朝寝坊できるはずだったのに、9時に劇場入りできる時間に目覚めてしまう。
困ったものだな。
でも、恐らくは疲れ切っている体を支えているのも、この静かに続く興奮なのだ。
闘いながら切り拓いていかなければならない時は、赤く牙を剝くし、冷静に何が必要なのかと考えている時には、青く静かに燃えている。この火がないと、仕事できない。
「ペール・ギュント」は大好評。
10月から、石丸×一色×伊藤の三人で稽古を始め、11月1ヶ月で、この大作を創り上げた。
時間は足りなかった。
足りなかったからこそ、この勢いで創れたのだという気もする。
だからこそ、まだまだ行ける。
と、本番が入ってからも、修正や稽古に余念がない。
この作品で出会った人たちとは、深い絆で結ばれると思う。
演出家と俳優より、俳優どうしの方が、もしかしたらそれは強いかもしれないな。
40人もいて、演劇経験が全く違うから、まとまるはずもないのに、まとまろうとする力は、巨大。
わたしの仕事は、その偶然うまれたエネルギー源を、舞台上にどう活かせるか? ということ。
演出家脳の時間が多くて、久しぶりに本格的に俳優業復帰しているというのに、なかなか時間がとれなかった。
それでも、自分が育てた一色ペールに、今は救われている。
彼と舞台にあがった途端、わたしは母になる。
舞台上で、どんどん愛おしくなってくる。
なんだか、まさしく、本当の母の気持ちなのだ。
わたし、俳優業を長らく休んでいたし、まだまだですよ。
でもね、今回は、全くもって嘘がない。
母親として、生きてられる。
ペールの母で、この芝居の母だもの。
だから、自信を持って、誇り高く、ちょっと背を伸ばして、
「見てください」って言えますよ。
お金がない、時間がない、そんなことは、我が身のうちの膨大なエネルギーと、集まってくれた40人のおのれ自らのエネルギーで、乗り越えています。みんな、それはそれは初日を開けるまで大変だったと思う。
感謝。
感謝。
終演後、心ある先輩たちに、再演を薦められる。
70代まだ生きられたら、また違う「ペール・ギュント」を創れそうなので、このパッケージは是非近いうちに。
そして、伊藤氏の音楽。
その音楽的な構成力。
戯曲への、深く、正しい理解と解釈。
俳優へのシンパシー。
それらの冷静なエネルギーが、本番で、歌となり演奏となり、燦めく表現に変わる時、わたしはそばにいて、本当に幸せだと思う。
彼の音楽は、生きる喜びを感じさせてくれる。
表現そのものが、人生への賛歌。
彼は、音楽の子。
今回は、姉である由華さんとのコラボレーションであるということもあって、さらにさらに、その向こうにいる「母の力」を感じる。
さあ、わたしは、今日も母で。
実生活では結婚も出来ないわたしだけれど、
いや、どこまでも、今回は、母。
嫌われてなんぼだし、愛してくれたらありがたいし、
進みたい方向を示し続ける。
「ペール・ギュント」増席しましたので、まだご覧頂けます。
今のわたしの、すべて。
本日、19時。
土曜日、13時半と19時
日曜日、12時半と17時半。
ご来場ください。
ご連絡お待ちしております。

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