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2015年4月19日 (日)

ネクストシアターを観たあとに。

ネクストシアターの「リチャード二世」を観てきた。
舞台の上に、今そこに生きている蜷川さんの姿が見える。
今を生きる俳優たちが、俄然成長した姿も見える。
そして、たくさんの亡霊が見える。
かつて在った魂、かつて在った時間が、寄り集まってきている磁場。
もともと「リチャード二世」は、シェイクスピアの中でも特に好きなものだ。でも、難しい戯曲だと思っていた。
意表をつく、あるいはどこまでも蜷川さんらしい、素晴らしい演出だった。
さらには、俳優として7年、演出助手として17年、
蜷川さんのそばで暮らしたわたしの、
私的な感想、私的な感傷、私的な思い入れがあまりに烈しくて、
楽屋で久しぶりに会った蜷川さんに、
何もうまく伝えられなかった。
でも、目と目をあわせている短い時間で、
もしかしたら、伝えられたかもしれない。
握手をして別れた。
かつて、初日の幕を開けるたびに、そうしたように。
握手して。
わたしが初めて蜷川演出に出演したのは、1986年、
清水邦夫さんの「タンゴ・冬の終わりに」だった。
ラ・クンパルシータが流れると、あの、はじまりの舞台を
思い出さずにはいられない。
こんなシーンがあった。
平幹二朗さん演じる清村盛が、名取裕子さん演じる名和水尾に言う。
盛  「よし、握手しよう。」
水尾 「握手!?」
盛  「そう、握手……別に意味もなく……そうすれば、別にことばなんかなくても、ぼくの青春がうまくきみのなかに流れこみ、しみ通っていくかも知れない……なんの芝居のセリフだろう……いやいやそんなことはどうでもいい、さあ、握手だ。」
握手は、それ以来わたしにとって、ことばがなくても、手から手へ、お互いの青春がしみ通りあうかもしれない、儀式めいたものになった。
蜷川さんに会っていなければ、今のわたしはない。
わたしは、蜷川さんに青春のすべてを捧げてきたし、
蜷川さんの青春を全身にしみ通らせて、ここにいる。
酸素吸入器と車椅子の様子を写真で見るのが辛かったけれど、
舞台を見ると、そこには蜷川さんの青春と生命力が溢れていた。
楽屋でも、いつにもまして朗らかだった。
とても幸せな夜だし、
たくさんの交わした時間を誇りに思って、
次に進もうと思う。
もっと走りたいと思う。

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