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2015年4月 7日 (火)

三津五郎さんを偲ぶ会。

故坂東三津五郎さんが八十助さんだった時代に、「近松心中物語」で、長い長い間、お仕事をご一緒させて頂いた。
たくさんの人を愛した、芸を愛した、大きな大きな魂の行方を思って、胸が詰まる日々が続き、その喪失感はちょうど作っていた「サンタ・エビータ」にも映り込んだ。
3月28日、もと番頭さん山田眞理さんや、出演者太田知子さん、大石継太さんらの尽力で、素晴らしい会が開かれた。
三津五郎さんがずっとやりたいとおっしゃっていた、近松同窓会。
きっと、一緒にそこにいてくれた、と思える、懐かしい懐かしい時間だった。
懐かしい。かつてわたしがいた場所。
蜷川組の演出助手がランニングで舞台についたら、毎回公演をすべて観るのが仕事。
わたしはギネスに載るくらい、「近松心中物語」を観た。
八十助忠兵衛と出会い続けた。
長きにわたって、芸を愛すること、生きることを愛すること、たくさん教えて頂いた。
一度だけ、二人っきりでお食事に連れていってくださったことがある。
美味しい日本料理を頂きながら、真面目であることと不真面目であることの両方の素敵さを話した。わたしの将来に、たくさん力をもらった。八十さんの笑顔は、柔らかくって最高だった。
芯から心から芸に取り組まれる一方、ふざけたことや女の子(おねえちゃん)が大好きだったなあ。
こんなことがあった。
演出助手は、何か問題があると色んな楽屋から呼びだしがかかる。
「八十さんが急用!」と呼び出されて、急いで楽屋に行ったら、
「石丸、この間、風呂上がりに頭にバスタオル巻いて出てきただろ? あれ、どうやって巻いてたの?」と。
……「は?」
「こんど、終演後のイベントで、風呂上がりみたいに巻いて出たいんだよ」
(誤解を招きそうなので言っておくと、八十さんは、打ち上げとか中日祝いとか、みんなが人目と時間を気にせず飲んで騒げるように、よくホテルの一部屋を貸し切ってくださったのだ。その時に、わたしが風呂上がり、ロングヘアーをバスタオルに巻き付けて出てきたというわけだ)
かくして、「近松」のアフターイベントで、八十さんは頭にバスタオルを巻き、バスローブで登場。
わたしは、何の因果か、八十さん至上命令によって、猿の全身着ぐるみを着て、舞台に登場した。しょうがないから、ノリノリで「ウッキー!」って言いながら舞台を横切った記憶がある。
舞台に取り組む真摯な姿勢に加えて、そんな小さな思い出がいっぱいいっぱい、こみあげてくる。
端正で、濁りのない清々しい舞台姿だった。
ご一緒できた縁と、頂いたもの沢山に感謝して、
生きてる限り、同じ舞台の道で精進しようと思う。

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