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2015年4月23日 (木)

母の愛情。

ペール・ギュント以来わたしを演劇の母と呼ぶ、一色洋平出演の「小林一茶」を観にいく。しっかり仕事をしていて、笑顔で劇場を出てきた。親子で夜の珈琲を飲み、ちょこっと未来を語る。
井上先生の芝居では、必ず、どきっとした後しばらく囚われの身になるような言葉と出会う。今日は、「一座」という言葉だった。
荘田由紀さんも魅力的だったなあ。
ずっと昔、鳳蘭さんとご一緒した時、まだ少女だった彼女に会っている。
素晴らしい成長ぶりに驚き、ツレさんそっくりに見えることがあってドキドキ。
昨日観た「セールスマンの死」で描かれた、親と子の不幸が、どんと心に響いていて、両親のことをすごく考える。
わたしが東京に出て行きたいと両親に告げた時、母は大反対だった。
理由は、寂しくなるから。わたしがそばにいなくなることが考えられないから。
そして、母が手放しで、天井を向いて、大泣きするのを、初めて見た。
あまりの烈しい泣き方に、母が母ではなく、一人の女性だということに、はじめて気がついた。父は途方に暮れて、「いきなりなんや。ママ、びっくりしてもたやろ……」とわたしに困った顔を見せては、母を慰めていた。父が、母と愛し合っている男性なのだと、ようやく気がついた。
今考えてみれば、気づくのがずいぶん遅い。
それだけ、愛情に恵まれたいたのだと思う。
そして、母は、わたしがいなくなることを、ゆっくり時間をかけて納得してくれた。きっと、父とたくさん話をしたのだろう。きっとわたしのことをたくさん考えてくれたのだろう。
東京に出てきてからは、わたしの仕事に反対をしたことは一切ない。
これだけ不安定な世界にいるのに、ずっとわたしを自慢に思ってくれてきた。
先日、病院でシェイクスピアを語る講演会をした時、病気の母のそばにはちっともいてあげずに、人の役に立とうする自分にちょっと疑問を抱いたけれど、
病気と闘う方たちに喜んでいただけた報告をすると、母はまた、「そういう娘を持ったママは本当に幸せ」と、喜んでくれるのだ。
わたしは、今夜は、いろいろあって、とても寂しい夜なのだけれど、
あの時の母の寂しさを思えば、なんてことはないな、と。
偉大な母の愛情に支えられている。こうして離れていても。

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