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2015年7月

2015年7月29日 (水)

「Sleeping Beauties〜夢をあやつるマブの女王」

今秋の新作が情報公開されました!
オリジナル音楽劇
「Sleeping Beauties〜夢をあやつるマブの女王」
【作・演出】 石丸さち子   
【音  楽】 伊藤 靖浩
【出演】 彩輝なお
     原嶋元久
     美羽あさひ
     サントス・アンナ
     金すんら
     沼尾みゆき
ーーー東京公演ーーーーーーーー
三越劇場 
     10月7日(木)~12日(月・祝)
     7日、8日/18時半、
     9日・13時 
     10日・11日・12日/13時・17時
料金  S席6800円 A席5000円 (全席指定、税込)
チケットの販売は アーティストジャパン、三越劇場、チケットぴあ、ローソンチケット、イープラスで取り扱います。
一般前売りは9月1日(火)10時より開始
アーティストジャパン先行は、8月2日正午より(インターネットのみで受け付けとなります。)
ーーーーー兵庫公演ーーーーーー
兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール 
     10月31日(土)15時半、11月1日(日)12時
料金 A席4500円 B席3000円(全席指定、税込)
チケットの販売は 9月27日(日)より *9月17日(木)より芸術文化センター会員先行予約受付開始
【公演HP】http://j.mp/queen_mab
ーーーーーーーSTORYーーー
両親に死別し心を閉ざした姉妹、エマとユマ。
彼女たちとずっと一緒に暮らしてきた愛犬シェリーは、
その一生の終わりに、姉妹を夢の世界へと誘います。
案内役は、夢をあやつるマブの女王。
世界の過去、現在、未来へと、時空を超えた冒険は、
少女たちに新しい未来と愛、勇気と覚悟を運ぶはず! 
──これはかつて少女だったすべての女性に贈る物語。
女たちを愛してくれるすべての男性に贈る物語。

2015年7月25日 (土)

河童忌。

河童忌。芥川龍之介の命日に、お墓参りに行く。
昨年、三鷹禅林寺鷗外忌に出向いた時は、参拝者の列に並び、鷗外記念会の方々の集まりに参加した。穏やかで深々と、鷗外の愛好者らしいちょっと偏屈な、鷗外を偲ぶ会だった。
今日、芥川の墓には、誰もいなかった。
我々が着いたのは14時くらいだったが、それより先に供花を手向けた人はいないようだった。
かつて瑞々しかった花たちが、萎れたままそこにある、悲哀。
晴れ間の見える空で、雷が鳴っていた。
また、魂について、考えた。
「芥川龍之介の恋」という題名の赤澤ムック氏の台本を上演のために立体化していくと、
恋のもととなった、飽くなき「生」につきあい、自ら選んだ「死」への経路に付き添っていくことになる。
今日は、一日、肩が重かった。
一方、午前中には、次の仕事の企画がぐっと進む出会いがあった。
ときめいた。
偉くもならず、金も儲けず、なあんでもないまま、
ただただ、ひたすら頑張ってここまで生きてきたので、
わたしは、もっともっと、生きたい。

2015年7月24日 (金)

二人の狂人。

7月を迎える前に、夏の始まりは若手俳優とともに、と、わたしはここに書きました。
それは、本当にその通りで、
「魅惑のチェーホフ」で、輝馬、山本一慶、岸本卓也、黒羽麻璃央という、
四人の熱く、魅力的で、可能性溢れる男子たちに出会い、
今は、木ノ本嶺浩君に、全力で向き合っています。
そして、今さらながら、気づいたのです。
7月は、狂人とともに暮らしてもいるのだということに。
チェーホフ作「黒衣の僧」では、狂えるコブリンと暮らしました。
……神経を病み、黒衣の僧という蜃気楼に青春の光を見いだし、悪魔に魂を売りながら、笑みを洩らしつつ死んでいく男。
そして、今は、芥川龍之介と暮らしています。
7月は、ずっと、わたし自身が、少しおかしい。
夜毎、少し、おかしい。
伝染っている、いつも、何か、ずっと、どこか。
でも、一人じゃない。
芥川の、実に複雑な正気と狂気を、木ノ本嶺浩君が、自身の心と身体を全部使って、表現してくれている。
ぶつかり稽古で、狂える夏を、ともに過ごしています。
作曲家の日野悠平君も、る・ひまわりの制作チームも、全力でともに。
わたし自身も、想像しなかった作品に、化けつつあります。
明日は、芥川龍之介の命日、河童忌。
木ノ本君、日野君と一緒に、お墓参りに行ってから、稽古を開始します。

2015年7月21日 (火)

丁寧に。丁寧に。

丁寧に、丁寧に、稽古している。
そうでなければ、出会っても虚しい。
そうでなければ、痛むのは自分自身だ。
予定されていた俳優塾の稽古を休みにさせてもらって、
(それはそれで、集まってくれる俳優に申し訳なかったが、身体を二つに出来なかった。)
木ノ本嶺浩君の稽古に集中している。
どこまでも丁寧に、分け合って稽古したい。
木ノ本君は、真摯に、懸命に、台本と演出家に向き合ってくれている。
一人芝居向けの手慣れた演出方法なんて、一切なぞるものか。
毎日、新しい向き合い方、伝え方を、わたしも模索している。

2015年7月18日 (土)

「トロイラスとクレシダ」の後に。

このところ男性俳優との密着仕事が多い中、
女性について、いろいろ考える一日になった。
世田谷パブリックにて、鵜山さん演出「トロイラスとクレシダ」。
今年三本目の鵜山作品観劇。
戦争とセックスで読み解く「トロイラスとクレシダ」、ほぼ男性ばかりで語られる世界の中に、投げ出されるように描かれたクレシダ。
(ギリシャ悲劇や他戯曲ではそれぞれが主役となり深々と描かれる、ヘレネ、アンドロマケ、カッサンドラは、わずかにしか登場しない、とても珍しい視点のシェイクスピア作品。)
クレシダを演じるソニン嬢が、瞠目の素晴らしさ。
タイトルロールなのに、登場シーンはさほど多くなく、人間としてあまり書き込まれていない、クレシダという役。
それが、男目線で必要な役にはおさまらず、しっかりと一人の女性として造形されている。
一人の女性の愛情、エゴがちゃんとそこにあって、運命と対峙した時の揺らぎや諦観、活路の選択が、少ない情報なのに、ぐいぐい伝わる。
一を見て、十を知る感じ。
特筆すべきなのは、一人の女性を演じることで、女性全体を思わせ、
一人の女性の運命を演じることで、歴史に翻弄されてきた女性全体を思わせてくれること。
運命の分岐点にあって、クレシダとへクターの選択は対照的。
「おれの運命を青空のように澄みわたらせるものはおれの名誉なのだ。いのちを愛さぬものはいない、が、愛すべき人間はいのち以上に名誉を愛するのだ。」
……これは戦争に赴くへクターの台詞。
「トロイラス、さようなら。片方の目はあなたを見ている、でももう片方の目は心といっしょに別のほうを見ている。
ああ、女って情けないものね、私にもわかったわ、
女の欠点は目の間違いが心を導くってことだわ。間違いが導けば道をあやまるほかない、心が目に従えば悪にあやかるほかない。」
……これは、トロイラスへの思いを秘めたまま、生き抜くために必要なダイアミディーズになびいていく時のクレシダの台詞。
男のエゴと女のエゴが、時と場所を超えて、個性や例外など超えた大胆さで現出。
蜷川組でご一緒した文学座の男優たちも、適材適所で鮮やか。
ソニン嬢は、一切の感傷なく、生きる瞬間をつなげてみせた。
戦争がいかにちっぽけなエゴの生み出すものであるか、あぶり出しさえしてくれた。
本来なら、メネラオス、ヘレネ、パリスの方が描きやすい題材。
それが、トロイラスとクレシダで、こんなに伝わるとは!
といった観劇の後。
6月に執筆のため通い詰めたカフェに寄って、食事。
閉店間際で客はわたしだけ。
店主の女性と、期せずして話し込むことになる。
今まで、店主と常連客の枠を超えて話したことなどなかったのに。
わたしと、全く、全く違う、とっても烈しい波風を超えてきた人生に、
驚いたり、共感したり。
三つ違い。同世代。
みんなみんな、取り返しのつかない、一度きりの人生の中で、
果てのない問いかけを自らに向けながら暮らしていく。
トロイ戦争に翻弄されたクレシダと同じくらい、
彼女の人生がわたしに迫ってきて、
自分の人生を思ったり、明日をまた暮らしていく力をもらったり。
何気ない一日に、精神の旅の神秘がひそんでいる。

駆け抜ける7月。

「魅惑のチェーホフ」は、駆け抜けるように終わり、
今は、「芥川龍之介の恋」の稽古に入っております。
FBをたまに開いて「今、どんな気持ち?」と聞かれても、
「簡単には書けません!」ということの多い、
バタバタと駆けずり回る、心揺れる日々であります。
人生のドタバタ喜劇を、懸命に演じ続ける日々であります。
出会いがあれば、別れがあり、
捨てる神があれば、拾う神もある。
この国に起こることに為す術はなく、
言及することもせず、自分の仕事で何が出来るか黙って考えている。
書き続けていた6月から一転、外で闘う日々の7月。
同居人によると、とある時間になると、愛猫風は、
玄関に居座ってわたしの帰りを待っているらしい。
そんな話を聞くと、わたしが切なくなりますが、
「ごめんよ、家にいる間はずっと一緒にいようね」と、
別れ間近の恋人に言い訳するように、暮らしております。

2015年7月 7日 (火)

チェーホフ稽古。

怒濤の稽古を終えて帰宅。
チェーホフの喜劇性を、ぐいっぐい読み込んでいます。
出演者たち、休憩になって「ごはん食べないの?」って聞いても、
今決めたことの確認と、休憩後やることの予習で、
「それどころじゃないです!」って、目の色を変えています。
ついてくる。食いついてくる。そして、今日も進化。
リーディング台本のカバーを何色にしますか?って聞かれ、
迷わず、赤をお願いした。なるべく渋い赤を。
(チェーホフ全集の色なんですよっ!)
すると、各処探しまわってくださって、
なんとも渋い赤が見つかった!
文学少女は、こういうことで興奮。
だってね、村上春樹氏だって、個人全集を作る時に、
チェーホフ全集と同じサイズ、似た文字組にされています。
同じ中央公論社だったからできたことですが、
あの、赤と黒のチェーホフ全集には、誰しも思い入れがあるのだと思います。
さて。
今日も、本番台本の調整、当日パンフレットの原稿書き、
いろいろ山積みですが、やりましょう、喜んで。

わたしのスタミナとエネルギーは、もうかなりなもので、いつも人を驚かせるくらい底なしなんだけれど、それを今日は稽古で出し尽くし。
ここまでチーム毎に、一人一人に向き合ったきたのが、今日は七人いっぺんに立ち向かう。打ちのめしつつ愛する力が、さて、どんな風に結実してくれるやら。
でも、キャッチするんだ、奴らは。で、もっともっと先に行きたい!って欲望がありありと見えるし、一歩でも先に進むと、大事な試合に勝ったみたいに、一瞬一瞬きらきらして喜ぶ。これがまた、かわいくって。
もう、くったくたになっても、「わたしの経験値、ぜんぶ持っていきなさい!」って気になる。
ただね、学校が楽しいだけではだめ。結果を出せないと。
わたしと、彼ら。両者ともどもに。
稽古場から、一気に家まで辿り着けず、
明日を闘うために、一人で、肉とワイン中。

2015年7月 3日 (金)

スプーン一杯の「のんびり」。

初日に向けて、スポーツリーディングとでも呼びたい稽古。
朝まで台本調整、覚めている間は仕事しかなく、わたしが黒衣の僧を見てしまいそう。
ぎりぎり過ぎて、行き帰りタクシーに乗ってしまう自分を叱れない。
スプーン一杯くらいの「のんびり」がほしいが、今懸案のキャスティングが決まらないと、本当に休まる時はないのだろうな。
手ぶらで、傘だけ持って、雨中の散歩を楽しむような時にスリップしたい。
ジーンケリーみたいに、傘は投げだして、歌い踊るよ。

2015年7月 1日 (水)

「医学は本妻、文学は愛人。」

「医学は本妻、文学は愛人。」
これはチェーホフの言葉。
家族が極貧にあえぐ中、奨学金で医学を学んで、
同時に雑誌に短編小説を書き始めた。
原稿料で家計を支えるために。
それもひねりの効いたユーモア小説。
今回は、そんな20代のチェーホフ像を描きたいの!
「僕の作品は、僕が死んでからせいぜい七年で忘れ去られますよ!」
医者らしい透徹した観察力のチェーホフも、自分の未来は読めなかった。
各国語に翻訳され百年を超えて読まれ、上演され、愛されてきた作品たち。
今回はそんなチェーホフの魅力を、20代の出演者たちと、体当たりで感じたいのです!
ユーモア短篇で作家として認められて、ヴォードヴィルも書き始めた。
やがて、薦められて長篇戯曲も書くのだけど、最初は不評。
短篇だけ書いてりゃいいのにと劇評家にこきおろされ、
「かもめ」が再演でスタニスラフスキー演出になって、ようやく認められた。
今回はそんな迷えるチェーホフも描きたいの!
そんな意気込みで臨むチェーホフ。
しっかり言葉と向き合い上質のリーディングを目指しつつ、
ある時は運動会、ある時は動物鳴き真似演奏会、
ある時は胸をわしづかみする青春の影で泣かせます。
今を生きる俳優たちとヴァイオリンの生演奏で、
四大戯曲では知られにくい、人間チェーホフの魅惑を届けます!
詳細はこちら!
http://j.mp/1IwUrPk
7月9日(木)〜12日(日)
劇場で海外文学 VOL.1 魅惑のチェーホフ
構成・演出:石丸さち子
出演:輝馬、山本一慶、岸本卓也、黒羽麻璃央、一ノ瀬嘉仁、
   水木桜子、信國輝彦 
ヴァイオリン演奏 椛島大樹
会場:DDD AOYAMA CROSS THEATRE

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