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2015年8月

2015年8月31日 (月)

母の味。家族のつながり。

今日は私塾恒例、月一回のシェイクスピア群読日。
今月は「ヴェニスの商人」。
改めて読んでみると、アプローチの仕方が難しくって、
さあ、今日はどうなることやら?と稽古の進行のことを考えていたら、
女優Tが突然、

「石丸さん、わたし、今日、はじめて揚げ物したんです!」
と、実ににこやかに。

わたしは……え? え? それ、いきなり何の報告?…… と戸惑うと同時に質問。

「今まで揚げ物したことなかったってこと?」
「そうなんです、いつも母が揚げてくれていたので」
「え〜〜〜〜?」と、驚愕するわたしの前で女優Mが、
「わたしもない〜」とにこやかに。

と、調理師免許を持つ俳優Fが、

「お前らいい加減にしろよ」とわざと呆れてみせ、何を揚げたのか聞くと、

「冷凍の蟹コロッケです。美味しかった〜」
「しかも冷凍かよ!?」

でも、女優Tは、あくまでもにこやか、嬉しそう。

***

彼女は、最近、お母さまを亡くしたばかり。
お母さまがわたしと同い歳だったこともあり、
その早すぎる旅立ちに、胸を痛めた。

でも、彼女はとても元気で前向きで、
お母さまが好きだったレストランに出向いて、
母の好きだった味を制覇したいとFBで報告していたりする。

揚げ物って、今の女の子にとっては、
油がダイエットの敵だったり、
自分でやろうとすると、はねる油が怖かったり、
敬遠されるものかもしれない。

今までお母さまが作ってくれていた揚げ物を、
はじめて自分で揚げてみた、心の華やぎ。
お父さんや兄弟に、母の作っていたものを自分が作って、喜ばれる、
その喜びが自分の歓びになる。
……とってもよくわかる。

***

わたしの母は、2005年に大病して手術して、
それ以来、料理はできなくなった。
親不孝なわたしは東京で離れて暮らし、仕事ばかりしていて、
母のご飯は父が全部作ってくれている。

わたしは、でも、母に育てられたから、母の料理で育ってきたから、
寂しくなると、元気がなくなると、
母の味を自分で作る。
その味で育った自分を再確認する。
この間も、母のサンドイッチを作った。

いつも一緒に行った大衆市場の花田パンの食パン。
(ま、食パンは今は近くで買いますが……)
卵を薄焼きにして、キュウリを薄切りにして、
決めては辛子マヨネーズ。
正方形を、長方形と三角形二つに三等分して、
皿に盛る。
これが母のサンドイッチ。

電話をして、「この間ママのサンドイッチ作って元気出したよ〜」と報告すると、それだけで泣いちゃった、ママ。

***

食べ物は、身体を作る。身体を動かす。

同じものを食べて、その力でみんな動く。

家族って、血と血のつながりだけじゃなくって、
同じものを食べることでつながっていくものだと思う。

初めての揚げ物、万歳。
母のサンドイッチ、万歳。

離れていても、そうしてつながれるはず。 


 

 

 

2015年8月30日 (日)

新しいはじまり。旅する術。

お手製台本から、製本された台本へ。
 
このところ、作・演出で仕事をしてきました。
NYで上演した「Color of Life」で、台本が認められてから、
演劇への立ち向かい方が、少し変わったのです。
でも、実は、このように製本されるのははじめてのこと。
緊張します。
演出家として一本立ちするのも遅かったのに、
さらに遅れて、劇作も始めている自分に驚きます。

こんな時、いつも、香川照之さんのことを考えます。
蜷川演出「桜の園」でご一緒して、俳優として敬愛し続けてきました。
演出家として動き始めた頃、観劇のあと楽屋でお会いしてその話をしたところ、「素晴らしい! 始めるのに遅いなんてこと何もないよ!」と、最高に開いた笑顔で祝福してくれました。
その時、香川さんはすでに、歌舞伎役者として新たな人生を始めることを視野の中にいれてらっしゃったのです。
その勇気、不安、恐怖に較べれば、わたしなど、何ほどのものでしょう。

13歳から、演劇のことしか考えていなかった。
中高エスカレートの学校だから、中一の時から高校演劇へ入部。
この間、映画の「幕があがる」を見た時には、自分が高校演劇に夢中だった頃のことを強烈に思い出しました。
先輩の代で全国大会まで行き、
わたしの代では近畿大会止まりだったけれど、最優秀俳優賞と最優秀演出賞を頂きました。そして、審査員室に呼ばれ、「東京に出てきて、演劇をやりなさい」と薦められました。
ああ、気恥ずかしいけど、青春。

それから……と考えると、 もう、一人分の演劇時間は、とうに過ごしてしまったような気がします。

あとは自由な余生!ってくらいの考え方でやりなさいよ、と、
自分に言い聞かせています。
わたしはあまりに、無我夢中に進む人なので、肩の力を少し抜くために。
いつも、本質に目が向いているように……。

清水邦夫さんの「血の婚礼」の台詞が、聞こえてきます。
(俳優時代に、この役を頂いたことは、一生の宝物。)

「目的だけをひたすらに追い求めるような視線には、
さすらいの素晴らしい風景や事件は、飛び込んでこない。
そんな視線の前には、森も、川も、ずっと閉ざされたままだ。
旅する者だけが持つ無心の輝きが、憧れの星の前で色褪せないように、
足取りも軽く、
時にはスキップもして、
世界のあらゆる輪舞の中へ入ってゆき、
踊り、ざわめき、歌いながらも、
愛する遠方にはきっちりと目を向けている。
それが旅する術だ。」

Book

断捨離は、記憶の整理。

断捨離、というほどのものでもないが、
長らく手つかずだったデスクの抽斗を整理してみた。
新しい仕事に気持ちよく立ち向かうためには、まず、整理。

断捨離中には、誰でも、もう、誰でも経験することだけれど、
自分の恐るべき過去が、出て来る、出てくる。
なぜこれをとっておいた? 
なぜここに入れておいた?
と、記憶の彼方に追いやられていたものが、
わっさわっさと出てくる。

文房具おたくなので、たくさんの文房具が散乱する中に、
どうしようもないゴミやお宝が散在していた。

そして、誰でも起こるように、
しまいこんだはずの記憶が「モノ」と一緒に蘇って、
泣くこと、二度。
久しぶりに泣いたなあ、泣くのは浄化作用なのだなあと、
泣き止んでしんみり。

ひとつは、父の手紙。
宅急便が送られる度に添えられた手紙を、まとめてとっていたものが出てきたのだ。
その時々、わたしにかけてくれている言葉に、その時代の自分が見える。

ひとつは、誰にも言えない「モノ」
ようやく、捨てる、と決めることができた、「モノ」。
墓場まで、わたしが一人で抱えていく記憶。

しんみりの整理の中で、笑えた懐かしいものがひとつ。

早稲田大学一年性の時、
わたしは体育の授業でトランポリンをとっていて、
体育祭で、トランポリンの部に出場したのだ。
思い切りがいいのと、
ちょっとした美意識があったのが幸いしたか、
なぜか、総合得点で一位になった。

なんとその時の金メダルが出てきたのだ。

何度も引っ越ししているのに、
その度に大事なものをたくさん捨てたり失ったりしてきたのに、
これは抽斗の奥にずっと眠っていたのだ。

その後すぐ、トランポリン部に勧誘されたものの、
わたしには演劇があったので、お断りした。
でも、懐かしいなあ、あの筋肉の感覚。

18歳のわたしがそこにいた。
懐かしくって大笑いしてしまった。

===

10月の新作は、記憶にまつわる作品。
今は、何を見ても、何をしても、
自分の新しい作品につながっていく。

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2015年8月27日 (木)

二列目の人生 隠れた異才たち-池内紀(著)

2003年読了時の文章。当時のわたしが書いているように、
池内紀さんは、一列目にいるのに、二列目の心を持っていらっしゃる。

この本が、本棚に並んでいるだけで、
その背表紙が見えるだけで、わたしはちょっと穏やかな気持ちになれる。

自分の人生を、自分の居場所が何列目かで測ろうとする愚かさに気づかせてくれる。
自分らしく生きることは、自分の人生を生ききることであって、他者との比較ではないことを思い出させてくれる。
いや、そういう類の、人生につきものの嫉妬や痛みから、軽やかに救い出してくれる。
時折手に取りたくなる、素晴らしい本だ。


この本には、16人の人生が詰まっている。

もう一人の南方熊楠、もう一人のラフカディオ・ハーン、もう一人の棟方志功、もう一人の宮沢賢治、もう一人の魯山人……。

後書きで著者は語る。 「勝るとも劣らない資質と才能を持ち、同じ時に同じ場で力量を競っていたこともある。それが一方は文化勲章や評伝や全集に飾られ、もう一方は忘れられた。何がそのようにさせたのか」。
偶然知った無名の人生のあったところに、著者は自分の体を運ぶ。記録はほとんどないので、その土地を自らの目で見、関係者をたどって、直接話を聞いていく。

この知の旅のきっかけになった、博物学者、大上宇一。
慶応元年(1865)生まれ。小学校に入ったが、貧困のため二年余りで退学。
「学を好むは天性にいでて、しかも理学を好む。字引によりて独学す」とは、大上本人の書き残したことば。
幼い頃病弱で自ら薬草採取に歩いたことをきっかけに植物研究に目覚め、24歳の時に「本草綱目」五十二巻を有り金はたいて購入し本草学を修めるも、「四百四病より貧ほど辛いものはないとは此のことか。一世の内に希望を成就することを得ず」。
それでも、自らの足をつかって植物の採取研究を進め、29歳の時、手書き手彩色の「そふれぐさ」を編術。植物352種を収め、和名、科名、属名、方言名、産地、採集地、花と実、葉茎、根の形態をことこまかに記す。
日本の植物分類学がようやく黎明期を迎えたばかりのことだ。
大上はそうして、生前千冊以上の冊子を書きためた。
死後、居間と言わず土間と言わず、うず高く積み上げられていた冊子の中に、書き置きが残っていた。
「……だれかが年に一回でもいいから標本や著作など虫干しをかねて展示でもしてくれればありがたい。そうした中で朽ち、反古となることは本望だ」。

大上氏の章を読んで心に残るのは、貧しさに邪魔されながらも、家居し独学し、植物学を貫いた男の時間と、もうひとつ。著者池内さんの、ゆうるりとした感動だ。
その目に焼きついた、現存する大上の手書き著作、その分厚い紙の束。ゆかりの地に滞在する二日間で、もうすでに百年の知己をむすんだ気がするのはどうしてだろう? と自らに問いつつ、また大江ゆかりの地を眺める。その印象を書き留めることばに、静かな感動が宿っている。

この本は、大声で無名の異才を讃えたり、再評価を力説したりはしない。
貧しさゆえに無名で終わった大上をはじめ、名声にまったく興味を示さなかった者、
我が道を行くために時流に背を向けた者、
チャンスに恵まれなかった者。
それぞれの理由で世に隠れた「意中の人たち」と出会っていく旅の記録から立ち上がるのは、与えられた人生を行き通すことへの共感、人生への愛情だ。

確かに、生きていた本人たちは、隠れるために生きたわけではない。
より自分らしく生きようとして、結果的に隠れた。
どの人生も、平穏からは遠く、険しく厳しかった。
でも、それらの人生が、再び池内さんの目にとどめられていくたび、かけがえのない人生行として柔らかに祝福されていく。

今を生きる池内さんのゆるやかな感動を通して。
ドイツ文学の翻訳者として出会った池内さんの著作を、わたしは好んで読んできた。
その学識に依拠する広い視野から、細部に至る細やかな愛情。伝えてくれる言葉はおおらかでのびやか。少年のように自分の興味に一直線。そして、すべての特権的な視線から離れて、在野の心で、庶民の目線で、世の中を眺めていらっしゃる。
この素晴らしい人生の先輩は、言ってみれば、一列目にいるのに、二列目の心を持った人だ。
しみじみと、深々と、一冊を味わった。(2003/6/17)

2015年8月25日 (火)

「日本が見えない」竹内浩三全作品集

もう10年以上前のことだが、心の動いた読書の後に、しっかりメモをとっていた時期があった。
その頃の文章を、一気に見つけたので、 自身の記憶のために、また、読書の情報を探す方のために、少しずつブログにあげておこうかと思う。

あえて書き直さず、10年以上前のわたしが書いたことを、そのまま載せていくことにする。

「日本が見えない」   竹内浩三全作品集


溢れることば。詩。そして、それを枯らしたもの。

竹内浩三は、23歳のときに、フィリピン、ルソン島で戦死。
誰も見届ける者のない死であった。
この全作品集には、小学校時代からの様々な彼の書き遺したことばが収録されている。走り書きやいたずら書きのようなもの、詩あるいは小説といった作品の形になったもの。漫画や、日記、手紙の数々。


こんなにもことばに溢れた青春を、わたしは知らない。

ノートに手帖に、原稿用紙に、本の余白に、饅頭の包み紙に、ほとばしるように書き付けられた、ことば、ことば、ことば。
綴られた文字に書き直しはほとんどない。
推敲の跡が見えない。
彼の心に何かが興ると、同時にそれはことばとなり、同時に文字になっている。文字は彼の心の写しだ。そしてその写しが、今を生きるわたしを、ドキドキさせワクワクさせ、驚かせ、感動させる。わたしは「詩」に出会う。


教室で、青空の下で、汚れた下宿で、兵舎の寝床で、書き続けられたことばは、美しかったり、おっかしかったり、痛ましかったり、青春のすべての写しになっている。それら膨大なことばを一つ一つ追いかけているうち、次第に胸がつまってくる。

こんな素晴らしいことばの泉を枯らしてしまったものを改めて恨む。

小学校中学年から漫画回覧雑誌を作り始めるものの、ちょっとした風刺記事がもとで、1年の発行停止。それでも次から次へと発行する。中学時代には謹慎処分をくらうことにもなるが、それは面白おかしい日記になる。

日大専門部映画科に進学しての東京暮らし。酒と煙草と珈琲と。文学と映画と音楽と。そこではいつも金欠に泣き、父母を失ってから献身的に自分を支えてくれる姉に、無心する。年相応にだめな自分と対峙して、またことばが溢れる。恋をしたら人並みに自らの不可解な心の作用に戸惑い、「おれ自身よりも、お前が好きだ」なんて口説き文句を口にする。

出征の日は、チャイコフスキーの「悲愴」を背中を丸めて聴き、外で待つ見送りの人に「最終楽章まで聴かせてくれ」と頼みこむ。

陸軍の筑波飛行場では、軍事演習に明け暮れる中、「筑波日記」を書き続けた。回れ右はワルツでも踊っているようで楽しい気さえしたと書いていたり、演習中にラジオから流れるメンデルスゾーンに聞き惚れ、風呂からあがってカルピスを飲んだように、甘い音が体に心地よくしみこんだと書いていたり……。
これは、「ソノトキ、ソノヨウニ考エ、ソノヨウニ感ジタ」ことを書き留めた日常の記録なのだ。

検閲を逃れるために、この日記は、宮沢賢治の詩集をくり抜いた中に埋め込まれて、姉の元に届けられた。
そのことばの泉が枯れる時にも、誰も読むことは出来ないが、きっと、懐に、鉛筆と文字に溢れた紙があったに違いない。


「骨のうたう」の中で、戻ってきた白い箱の中の白い骨がうたう。

「帰ってはきましたけれど 故国の人のよそよそしさや……骨は骨 骨を愛する人もなし……なれど 骨はききたかった がらがらどんどんと絶大なる愛情のひびきをききたかった……故国は発展にいそがしかった 女は化粧にいそがしかった ああ戦死やあわれ……国のため 大君のため 死んでしまうや その心や」


萩原朔太郎の詩集の目次には、こんな草稿が走り書きされていた。

「戦争は悪の豪華版である 戦争しなくとも、建設はできる」

これは「戦争」「悪」「戦争」「建設」のところを伏せ字にして、自ら発行する文芸誌に載せたものだった。

彼は、見通していた。

この人が生き続けていたら、いったいどんな作品をわたしたちに届けてくれたのだろうと、どうしてもそう考える。
彼はこう書いている。

「生まれてきたから、死ぬまで生きてやるのだ。ただそれだけだ」

彼の時間は、奪われた。


高価な本だが、多くの人に読んでほしい。また、全国の図書館に置かれるようにと願う。(2003/6/13)

 

 

2015年8月24日 (月)

「Sleeping Beauties〜夢をあやつるマブの女王」はこんなお話です。

10月7日初日三越劇場公演
音楽劇「Sleeping Beauties 〜夢をあやつるマブの女王」
ってどんなお話?
作者自ら、書きました、こんなお話です!!

==========

「めくるめく、絵本の世界へようこそ。」

“Sleeping Beauty” をご存じですか? 
邦題は「眠れる森の美女。
そして、グリム童話の「いばら姫」も、その類話として知られています。
美しいお姫様が魔女に呪いをかけられ、百年の長き間、いばらにおおわれて人を寄せつけぬお城の中で眠り続ける。
その呪いをといたのは、城を訪れた運命の王子様のキス……。
そして、この音楽劇のタイトルは……そう、複数形。
お姫様は、二人の美しい姉妹です。
天才画家と呼ばれたエマ。天才詩人と呼ばれたユマ。
幼くして両親をなくした少女たち。

マブの女王をご存知ですか? 
シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」で、夢をあやつる妖精の女王として登場するマブですが、
イギリスのロマン派詩人パーシー・シェリーは、「クイーン・マブ」という作品で、彼女を主役に、壮大な夢の物語を書いています。
マブは世にも美しい姿で颯爽と登場し、眠れる少女を妖精の王宮に誘います。
そして、魔法を使い、世界の過去・現在・未来の姿をあまねく見せるのです。
この世の歴史は、めくるめく美しさと、目をおおう悲劇の繰り返し……。
この時間旅行を終えた時、少女は、夢から覚めるだけではなく、生きている意味と歓びに気づくのです。

そして。この眠れる姉妹とマブの女王を出会わせてくれるのが、一匹のシープドッグ。
牧羊犬は、生まれつき、お世話が上手。
美しい孤児たちをずっと見守ってきた優しい存在。
さあ、姉妹の夢に飛び込んだ、シープドッグとマブの女王! 
そこに、マブのお母さんと旦那様まで登場して、姉妹の夢は大騒ぎ!
まるで飛び出す絵本のように、
まるで壮大なミュージカルのように、
二人の時間旅行は始まります。
時にせつなく、時に美しく、時に痛みに満ちて、夢はつづく……。

二人を眠らせた呪いはなんだったんでしょう?
二人の呪いをとき、夢から覚ましてくれるのは誰なんでしょう?

ひとつ、秘密をお教えしましょう。
この夢はぜんぶ、美しい姉妹が書いた絵本の中味なんです。
めくるめく夢をとじこめた絵本の扉を、
さあ、一緒に開いてみませんか?

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そんな看板になりたい。

人は、生きてる限り、日毎に、
より優しく、より強くなっていくはずなのではないだろうか?
生きていくのは大変なので、それが生き抜く知恵だとも思える。
より自分らしい優しさ、より自分らしい強さ。
このところのわたしの日々は、その模索のためにあったような気がする。

わたしは不出来な人間だけれど、
いつも進化へ、いつも生きる方へ、向かう。
一人で生きているわけではないので、
人と一緒に生きているので、
自分にとって進化だった道が、人を傷つける時、喜ばれない時もある。
そうしたら、立ち止まって、回りの風景を見る。
人が喜ばなくても、わたしの道にまちがいないこともあれば、
たくさんの人に喜ばれてこそわたしの道、と、方向修正することもある。

とにかく、迷わず、進化の方に歩を進める、その連なりの時間。
そこに迷いが生じたことは、ほぼない。
きっとわたしは幸せなのだ。


その逆もまた真なりで、
生きていくのは大変なので、さまざまな劣化が起こる。
世の中は胸の痛む出来事でいっぱいだ。

自分を傷つけ、他者を傷つける退化が起こる。
これには、周囲の人間関係や、環境や、あらゆる不公平が影響するだろう。
でも、選ぶのは自分だ。


その分かれ道に、ふっと立っている、柔らかな看板になれないものか。
「こちらに行きなさい」という押しつけではなく、
「こっちの方がいいですよ」と、魅力を伝えて、 思わず、そちらに足が向くような。

そんな仕事がしたい。
急に泣きたくなるような烈しさで、そんな仕事がしたいと願う。

(書斎代わりのカフェにて。)

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こころづくしの美しさ。

昨日、DVDで「オペラ座の怪人」を観ていて、
25周年を記念して祝う姿を届けるスタッフの仕事に、
「こころづくし」というとっても日本的な心を感じた。
誰が、何を求めているか、誰に、何を心をこめて差し出すか。
受け取った者のほころぶ姿を最大限に知って準備するプロたち。

秋の匂いを感じ始める少し前、
夏の盛りの終わるぎりぎりに、
一日だけ、海を見にいった。
いや、海を見にいったと言うよりは、
台本の推敲の場所を探していて、
海のそばの料亭を思いだしたのだ。

友人を通じて、知己となったばかりの渡邉映理子さんが三代目をつとめる、
日立の「三春」というお店。
いつか行ってみたいな、という気持ちが、
朝方突然動いて、思いついてすぐに連絡をとり、
電車に飛び乗った。

前日までに予約をしてくださいとHPに記してあったので、
ちょっとご迷惑かなと懸念しつつも、
思いつきを止められず。

夏の盛りに机にかじりついていたわたしを出迎えてくれたのは、
「こころづくし」だった。
よく来てくださいましたね、と吹き出しが浮かぶような笑顔。
案内してくださったのは、誰でも懐かしい気持ちになるような、
優しい畳の一間。
窓の向こうには……向こうというより、目の前に、海。
波の音が 窓を震わせ、ひっそり閑とした部屋の空気も震わせて、
部屋の中は、時計より波の音で時が刻まれる。
いるだけで、たくさんの記憶が甦ってくるようなお部屋だった。

そこで頂く、おもてなし料理のこころづくし。
朝採れたばかりの野菜を頂く、
丁寧な手仕事の均整とれた美しさを頂く、
選ばれた素材と素材の出会いを頂く。
時間をかけて仕込んだふくふくとした美味しさを頂く。
それらがお膳の上で描いたすっきりした絵を楽しむ。
窓の外の陽光が、部屋の中に作る陰と陽を楽しむ。
五感が、ぜんぶ、幸せになる。

 

自分の仕事でも、
心を尽くすことがどれだけ大事か、そして大変か、よく知っている。
知っているからこそ、
人から「こころづくし」を頂くと、
交わしあう笑顔の裏にある、涙とか忍耐とか食いしばった歯の力まで、
共有できるような気持ちになる。

 

こころづくしの仕事は美しい。


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2015年8月23日 (日)

Solitude

生きていれば、仕事をしていれば、暮らしていれば、
誰にだってあることなのだろうが。
このところ、孤独や不安や恐怖に苛まれて暮らしていた。
語るに及ばない、あれこれのことで、
語っても詮ない、あれこれのことで。
自分に起因するあれこれのことで。
他者との関係に起因するあれこれのことで。
自分を取り巻く世界の、あれやこれやのことで……。

知らず知らずなのか、
意識して解放される道を探してか、
映画を見続けていた。
舞台にも足を運んだが、
目映い光をともに避ける映画がありがたかった。
長い夜をともに過ごしてくれる映画がありがたかった。

気づけば、ほとどすべて、
”Solitude”という人間の状態が見えたり聞こえたりする映画ばかりだった。

夜から朝にかけて、
映像化されたオペラ座の怪人25周年記念公演を、イヤホンで一気に見終えて、
そのことに気づいた。
ミュージカルの歓びだけではなく、
孤独に痛んでいたからこそ、
感じられるものが溢れんばかりにあった。


言葉と音楽が自分の傷口に飛び込んでくる。

いつもは仕事のために用意していた感情や言葉が、
仕事を邪魔するくらいに溢れてどうしようもない時に、
新しく、見つけ直す、慣れてしまっていた言葉や感情に。
自分がこの仕事をやっている意味を、
改めて思い出したりする。


あまりに疲弊していたので、甘えが出たのか、
日帰りで、姫路で暮らす闘病中の母に会いに帰ろうとして、
父に、帰ってこなくてもいいと言われてしまった。
「おまえ自身が選んでる仕事なんやから、しゃあない、やるしかないやないか。」

うん。正しい。
そして、わたしの”Solitude”は、
ほどなく、次の仕事を見据え始めることだろう。

まだまだ生きて、
まだ植えたことのないような種を蒔き、
見たことのない花を育ててみたい。
いつか。

そう自分に言い聞かせれば。

砂漠に種を蒔くことも経験。
光のないところに蒔いても、きっと学びがある。
ひとつの花壇に異種の種を蒔くことも楽しみだし、
立派な土が用意できなければ、
手をかけ時間をかけ愛情をかけることで、
花は育つ。

最高の種と土壌、水と光に、出会うために。

”Solitude”を、ようやく楽しめそうだ。

 

 

2015年8月20日 (木)

寂しい、という気持ち。

ひどく寂しい夜なのである。

台本を書き上げて、ひとつ肩の荷をおろした安堵感か、
それとも、今のわたしを取り巻くあれこれの哀しみが飽和したか。

先日、美術を担当してくれる
同い歳の盟友トクマスヒロミに、

「ねえ、寂しくない?」って、
すごく一般的な質問として発してみたら、
「寂しいよ〜。めちゃくちゃ寂しいよ〜。」
と返ってきて、わたしはほっとした。

そうだ。
誰だって寂しいのだ。
よし。
今夜は「寂しい」気持ちを、
しっかり抱きしめて寝よう。

あと7時間後くらいには、また私塾の稽古場にいる。
そうしたら、「寂しい」なんて、
昼間の月みたいに、陽の光に隠れてしまう。
でも、夜になればまた煌々と存在を主張して……。

その繰り返し。
だから、仲良くなっておけばいいのね、
「寂しい」なんて気持ちとは。 

よし、思いっきり笑ってる写真を貼って寝よう!
元気の出るNYC写真! 

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2015年8月 8日 (土)

脱稿はいつも朝。

「Sleeping Beauties〜夢をあやつるマブの女王」
第二稿を書き上げた。
脱稿は、いつも、朝。
ここから、推敲と調整に入るのだけれど、最終稿はもう視野の中。

キャスティング前にすでに書き上がっていた第一稿を、
俳優にあわせて大幅書きなおしする作業……これは楽しかった。

眠って、目覚めたら、まず印刷から一日の開始。
出来たての台本を持って、どこかに出かけようかな。

2015年8月 7日 (金)

ほめて、ほめられて。

人というのは、幾つになっても、
どれだけ大人になっても、
「ああ、頑張った〜!」という後は、
誰かにほめてほしくてたまらないものらしい。

昨日、1日書き仕事に集中して、
調子が出てきたものだから、朝8時までかけて、
きりのいいところまで書き通した。
いいものが書けた。 

ちょっとハイになってたんだろうけれど、
誰かに「よくやったね〜!」とほめてもらいたくて仕方ない、
自分がいた。
「幾つになったと思ってるの?」
「仕事なんだからやって当たり前でしょ?」
と自分を笑ったものの、
そう思ってしまったのだから仕方ない。

とは言え、ほめてくれる人が思いつかなかったので、 
実家の父と母に電話をしてみた。

母は、3日間の病院お泊まりをすませて帰ってきたところだった。
これは、検査などもあるけれど、
ずっと母に付き添っている父が休む時間でもある。
母はそれをよくわかっている。
最近、近い記憶がとみに弱くなって、
わたしは毎回同じことを報告しなきゃいけないけど、
母は、父のことは、わかっている。 
お泊まりは寂しいけれど、パパのためにはいい、と、
ちゃんとわかっている。

だから、
お泊まり、3日間、頑張ったねえ!
と、ほめてあげた。
きゃらきゃら笑って、「はい!」と返事がかえってきた
ほめてあげて喜ぶ母を感じたら、
自分がほめられることなんて、どうでもよくなって、
で、また今日も頑張って書くぞという、清々しい気持ちになった。

感謝しかない。 

 

2015年8月 5日 (水)

読書でしょ!

泣き出しそう。
だから、ベッドで買い置きしてあった本を読みはじめてみた。

面白すぎて、おそらくこの先夢中になることが容易にわかって、
幸せな気持ちになった。

そうだ。
こんな風にして、いつも、本に救われてきたのだと、
今さらのように思いだした。 

わたしの孤独の総量など、
本の中に蠢いている孤独に較べれば!!
ああ。爽快だ。 

泣き出したい気持ち。

愛情を傾けて創った作品が終わるやいなや、次の作品の準備にかかる。
心がちょっと忙し過ぎる。
そして、状況を整える実務につくわたし自身と、物語や言葉を見つけるわたし自身が、とても遠いところにいて、なかなか共存できない。

そういうことが続くと、
急に泣き出したい気持ちになる。
実際は、感動以外で泣くことはほとんどないくせに、
泣き出したい気持ちは、しばしば、本当にしばしば味わう。

仕事が大好きで、
ということは演劇が大好きで、
今、生きることと演劇を創ることが同義になってしまって、
それ以外の時間の過ごし方が、とっても下手くそだ。
だから、仕事で脳内コンフリクトを起こすと、
なんだか救われる道がほかに見つけがたく、
実際は泣かないのだけれど、
泣き出したい気持ちで、途方もない孤独に陥ったりする。

歳をとるってこういうことかしら?と思ってみたりするが、
恐らく、職業的なものだろう。
書くとか、演出するとか。
それは、 とっても覚めた目で世界を見る仕事であり、
誰より熱い愛情で世界を読み解く作業でもある。
人と色濃く出会い、愛したと思ったら、別れる、そんな繰り返しのプロデュース公演が続く。
要するに自分の職業が孤独から切り離せないもので、
いつも、この、泣き出したい気持ちとつきあっている。

実際泣いてしまえば、もう少し楽なのか?
それとも、結婚とかすべきなのか?
まあ、今は思い当たる人がいないし、
愛して孤独、愛されて孤独も、何度となく繰り返してきた気がする。

演劇以外で幸せになるには、
どうすればいいんだっけ?

こんなことを呟くのは、大体夜から朝になる頃で、
昼には太平楽になっている。
しかしながら、夜から朝になるこの素敵な時間が孤独なのは、
どうも納得がいかない。

欲張りになって、
いつも、いつも、より幸せでありたいと探っている。
 

 

2015年8月 4日 (火)

最近作/次回作

作・演出
「Angel」@イマジンスタジオ(主演:大野幸人)2016/6/24-26

演出
清水邦夫作「楽屋」@梅ヶ丘BOX  2016/3/28-4/1

作・作詞・演出
「Color of Life」@東京芸術劇場シアターイースト
2016/3/25-31 上口耕平×AKANE LIV   鈴木勝吾×はねゆり

上演台本・演出
シュニッツラー作「盲目のジェロニモとその兄」2016/1/9/14
@青山DDDクロスシアター 原嶋元久×水石亜飛夢

作・作詞・演出
「Sleeping Beauties 夢をあやつるマブの女王」@三越劇場
@兵庫県立芸術文化センター 2015/10/7-12

演出
「芥川龍之介の恋」@JZBrats 演出(主演:木ノ本嶺浩)8/1-2
構成・演出
「魅惑のチェーホフ」@クロス青山DDDTheater 7/9-12
 (主演:輝馬、山本一慶、岸本卓也、黒羽麻璃央)
作・演出
「サンタ・エビータ タンゴの調べに蘇る魂」
 @クロス青山DDDTheater 3/25-29 主演:水夏希・今井清隆

「女優~松井須磨子、愛と舞台に生きて」@兵庫芸術劇場   
   主演:名取裕子


”Color of Life”が、MITFアワードで四つの最優秀賞を獲得しました!

Nyaward

最優秀作品賞……Color of Life

最優秀作詞・作曲賞……石丸さち子・伊藤靖浩

最優秀演出賞……石丸さち子

最優秀主演女優賞……Shino Frances

FacebookOfficial Site 受賞を伝えるNYの新聞


これまでの公演記録は、石丸さち子 Official WebSite をご覧下さい。

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