Solitude
生きていれば、仕事をしていれば、暮らしていれば、
誰にだってあることなのだろうが。
このところ、孤独や不安や恐怖に苛まれて暮らしていた。
語るに及ばない、あれこれのことで、
語っても詮ない、あれこれのことで。
自分に起因するあれこれのことで。
他者との関係に起因するあれこれのことで。
自分を取り巻く世界の、あれやこれやのことで……。
知らず知らずなのか、
意識して解放される道を探してか、
映画を見続けていた。
舞台にも足を運んだが、
目映い光をともに避ける映画がありがたかった。
長い夜をともに過ごしてくれる映画がありがたかった。
気づけば、ほとどすべて、
”Solitude”という人間の状態が見えたり聞こえたりする映画ばかりだった。
夜から朝にかけて、
映像化されたオペラ座の怪人25周年記念公演を、イヤホンで一気に見終えて、
そのことに気づいた。
ミュージカルの歓びだけではなく、
孤独に痛んでいたからこそ、
感じられるものが溢れんばかりにあった。
言葉と音楽が自分の傷口に飛び込んでくる。
いつもは仕事のために用意していた感情や言葉が、
仕事を邪魔するくらいに溢れてどうしようもない時に、
新しく、見つけ直す、慣れてしまっていた言葉や感情に。
自分がこの仕事をやっている意味を、
改めて思い出したりする。
あまりに疲弊していたので、甘えが出たのか、
日帰りで、姫路で暮らす闘病中の母に会いに帰ろうとして、
父に、帰ってこなくてもいいと言われてしまった。
「おまえ自身が選んでる仕事なんやから、しゃあない、やるしかないやないか。」
うん。正しい。
そして、わたしの”Solitude”は、
ほどなく、次の仕事を見据え始めることだろう。
まだまだ生きて、
まだ植えたことのないような種を蒔き、
見たことのない花を育ててみたい。
いつか。
そう自分に言い聞かせれば。
砂漠に種を蒔くことも経験。
光のないところに蒔いても、きっと学びがある。
ひとつの花壇に異種の種を蒔くことも楽しみだし、
立派な土が用意できなければ、
手をかけ時間をかけ愛情をかけることで、
花は育つ。
最高の種と土壌、水と光に、出会うために。
”Solitude”を、ようやく楽しめそうだ。
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