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2016年5月28日 (土)

オバマ大統領、広島でのスピーチ。

広島でオバマ大統領が何を語るのか、世間がざわざわしている時に、前田清実さんのダンス公演を観てきた。戦い争い傷つけ合う世界に対する怒号と、平和への希求が、剥き身で語られる時間だった。
帰宅し、広島でのスピーチを読む。
今日という日に、多くのことを考えるが、ここで言葉にはすまい。

政治家が口にすることは、個人の表明ではない。
一国の代表が口にすることは、言葉である限りどう受けとられるかわからないという宿命を持った、表現である。
その宿命を加味して選ばれた、表現である。

わたしは言霊を信じるので、あのスピーチが米国の大統領の口から音声になったことを喜ぶ。
たかが言葉、たかが用意された表現であるから、
現在と未来という歴史が、それで変わらないとしても。

たかが言葉の美しさを信じなければ、生きていけない。
人を愛せない。
そして、言葉は、あらゆるところにある。
耳に聞こえない言葉。目に見える言葉。
あらゆる事物、あらゆる形のないものが内包している言葉。
それを人が感じるからこそ生まれる、言葉。

蜷川さんがここにいなくなってから、
かつてより余計に考えることが多くなってしまって、
眠れなくて困る。

小さな演劇を細々と創っているわたしがこんななんだから、
世界はどれほどの思念でごった返していることか。

そして、朝が来ると、今日の演劇がわたしを待っていて、
目の前のことに夢中になる。
結局それしか出来ないのだが、あらゆる無駄な時間がわたしを支えている。

大きな魂は、細部に宿る。
小さな魂は、大局に挑める。
何を変えずとも、何か良きものを、ここに発すること。
それに気づける仕事を選んでいることを、幸せに思う。

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