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2016年5月14日 (土)

あの頃、蜷川さんと。

一本つくるごとに、スタッフのハードルがあがり続ける現場だった。「グリークス」をやり終えた時には、もうこれ以上のことはあるまいと話したものだが、まだまだその先があった。
それを喜びとして、苦労し、模索し、また、笑い続けていた。
蜷川さんの作品を実現するために闘ったスタッフなら、みな知っている感覚だ。

2005年は、特に記憶に残る。
博多座の「新・近松心中物語」は、蜷川さんが忙し過ぎて、初日はわたしが開けた。照明の吉井先生に助けられながら、新しい箱であの幕開き群衆シーンの熱量をプロセニアムから飛び出させることに必死だった。蜷川演出を変えずに、守って、その場を生かす一手に腐心した。
博多座でランニングしながら、地方を廻っていた「ロミオとジュリエット」の幕を開けるため、大阪、仙台と移動していた。

「キッチン」の稽古は大変だった。そして、素晴らしかった。
一人一人のコックとウェイトレスが生きるための、細かな稽古、調理学校に行っての料理の実習、恵まれた環境での稽古、俳優たちの熱気、すべてが理想的で、記憶に残る公演だ。
この稽古の途中で、わたしの母が倒れた。そして、命を問われる大手術を迎えることになった。
稽古が終わったら、新幹線で姫路に日帰りする、そしてまた稽古に出る、そしてまた新幹線に乗って……という移動を何度も繰り返した。
蜷川さんは、母の身体を心配するだけでなく、
「交通費が大変だろう?」と心配し、わたしに、お金を握らせてくれた。裸で、10万円あった。一生涯忘れない、父の愛だった。
新幹線の中、涙が止まらなかった。

それから、「近代能楽集」の、埼玉、地方公演、NYはローズシアターの旅。これもわたしの担当となり、NY公演を責任をもって開けたのは大きな経験となった。
小町と詩人の過ごす一夜の美しさに、わたしはその後大きな影響を受けている。
そして。壤さん、洋、竜也、マリさんたちの芝居を見続けることは、わたしの心の滋養と強壮になった。

そして、お祭り、「天保12年のシェイクスピア」
井上先生と、台詞の細々とした質問で連絡を取らせて頂いたことが懐かしい。主役級の俳優が集まって、賑やかなはちきれんばかりの稽古、人間のエロとグロが溢れているのに、何やら清潔で明るい芝居。仕掛けは満載で、スタッフワークはやれどもやれども終わらず、
俳優たちは、稽古も本番も息つく暇なく駆けずり回っていて、それはもう大騒ぎだった。
あまりに大変過ぎて、誰もが口々に文句を言いつつ、蜷川さんの想像力に食らいついていくことを、愛し、喜びとしていた。
大衆的な欲望の行き着くところ、その先の先の人間の所業の飽和状態みたいなところを目指して、みんなで闘った。笑いながら。
その笑いの中心には、蜷川さんがいた。
どんなに大変でも、この人のため、この作品のために、カンパニーは動いていた。
妥協を許さない演劇への、深い愛憎、執着。
最も美しいもの、最も醜いものを求める、振り幅の広さ。
天保の本番中に、蜷川さんの70歳を盛大に祝った。

わたしが演出助手でついたのはこれだけだけれど、
蜷川さんは、あと、『幻に心もそぞろ狂おしのわれら将門』『メディア』『NINAGAWA十二夜』を開けた年だった。
疾走は、止まらなかった。
ずっと止まらないと思っていた。
「リュビーモフが90歳で新作の初日を開けたそうですよ!」
と言ったわたしに、
「俺もいっちゃいそうだな」と蜷川さんは答え、
二人で笑ったことがあった。あれはいつだったか。

明日お別れに行くまで、わたしはわたしの仕事を続けている。
でも、回想と後悔が止まらず、こうして書いている。

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最後の8年間を、つきあえなくてごめんなさい。
でも、蜷川さんをがっかりさせない仕事を続けてきたつもりです。
そして、また、これからも。
これから、何を創っても、「蜷川幸雄の現場に四半世紀つきあったわたし」が創るものです。それは一生続く。
一生、担っていきます。

俳優が、時間や体験を背負わずに軽く立っていると、
しょっちゅう、そこらにあるものを担がせて、背負わして、
稽古しましたね……。
あれと同じ。
でも、わたしは、わたしの名前で創っていくんだから、
荷物の重さなんて匂わさないで、
わたしはわたし、と、足取りも軽く、いこうと思います。
清水邦夫さんの、あの台詞のように、
わたしが出会う、あらゆる輪舞の中に入っていきます。
そして行き詰まったら、そっと荷物を開いてみようと思います。
宝物を持ち腐れしないように、
わたしはもっともっと走りつづけます。

きっと、蜷川さんに関わった誰もが、この宝物を持っているのだと思います。

https://www.youtube.com/watch?v=7UeCzPY6ONA

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