« わたしは、時を描く。 | トップページ | 執筆中。 »

2016年5月 8日 (日)

母が眠るであろう、ぎりぎりの時間に電話。
父に、「記憶がなあ、もう、あんまりしっかりしてはらへんさかいなあ……」といつも言われており。
今日も「今度はいつ出はるの?」と聞かれて、「わたしは演出やから出えへんよ」と答えるとがっかりしていた。

わたしが俳優だったのは、もう20年以上前のこと。
帝劇でも青劇でも、わたしの楽屋を見舞ってくれた時は、大きな帽子をかぶって、明るくって、人気者だったなあ。
明るく外交的な母に、寡黙で内向的な父。
わたしは、二人の極端な性格を、両方とも受け継いでいる。

俳優でなくても、自分の創った舞台を観客が喜んでくれているところに、一緒にいてほしいなと、胸が痛くなるほど願うけど、
もう、それは叶わない。
もちろん、手術に打ち勝って、幾つもの壁にぶつかりながら、
「パパと一緒で幸せです!」と電話口で泣いたり笑ったりしてくれるだけで、そこにいてくれるだけで、素晴らしい。
そして、いつもいつも思うけど、
わたしが、離れた東京で暮らし、好きな仕事をするのを、ずっと許してくれている。帰ってこいって言われたことなんて一度もない。
どれだけか寂しいだろうに、わたしに、自由という一生の宝物をくれたのだ。
ママ、ありがとう。そして、ママのすべてである、パパ、ありがとう。

電話で、「お花は?」と聞かれて、「あ、ない……」と答える、
親不孝。あああああ。
よし。仕事する。

写真は、オードリー・ヘップバーンみたいだった、
母と、小さなわたし。

20160704_02451

« わたしは、時を描く。 | トップページ | 執筆中。 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« わたしは、時を描く。 | トップページ | 執筆中。 »