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2016年6月19日 (日)

演出の変更にまつわる、柔らかな話。

昨日の通し稽古で、大きな演出の変更の必要を感じ、
朝まで台本に向かう。
初日を5日後にひかえた俳優に求めていいものか?
という逡巡を経ての、
台本の読み取り方の大きな変更。
稽古開始から、休みなく集中して変更稽古。
一度身体に染みこませたものを剥ぎ取って、
新しいものを身体に取り込んでいく。
この、二つの作業。
俳優には大きなプレッシャー。
緊張の通し稽古を終えた時、
変更してよかったという思いと、
よく心身を酷使して実現してくれた、という思いで、
胸がいっぱいになる。

稽古中にこういう心境になることは、あまり、経験がない。
いつもなら「よし、これでいける!」といったクールな受け取り方をするはずなのに。
通し稽古を終えて、突然涙が止まらなくなった自分に驚いた。

それが、この現場なのか。
それが、わたしの現在なのか。

初日を開ける準備は出来た。
あとは、通し稽古を経て、大きなうねりを作ること。
感情の流れを何度も追って、ぶれをなくし、自由になること。

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