2010年3月15日 (月)

焦らずに進めばいい。

中川晃教 MEETS 青山学院という、
学生が学生の手で企画主催したライブにお邪魔した。

稽古場や舞台で一緒になるものの、
中川くんのライブに行く機会の少なかったわたしは、
かなり緊張して、そわそわして、客席に。
学生主催ということで、客入れから開幕から混乱の様子がありありと、で、
これは本番を迎えるまでに相当苦労しただろうなと想像しつつ。

ステージで、
出演者が音楽でコミュニケートする。
ステージから、
出演者が観客とコミュニケートする。
音楽で、問いかける。
音楽で、応える。
音楽で、喜びあう。
その素敵さを、素敵なまま観客に伝えようとする。
……そのすべてを、中川くんが心と体をフル稼働させて、
教えてあげているような、
いや、教えるといった大上段に構えたことではなく、
伝えているような、
そんな時間だった。
音楽家として、アーティストとして、エンタティナーとして、
プロであるということがどういうことなのか、
学生たちは、中川くんからきっと受け取ってくれたに違いない。

表現者が知っておくべき、コミュニケーション能力。
昨日の学生たちがまだ持っていない、最も必要なもの。
中川くんが仕事を重ねて大きくなっていることを実感。

いい仕事をしているなあ。
大変だったろうということは、そりゃあそりゃあ、想像できるけれど。


そんな風に、演劇人として、同業者として、見守りながらも、
わたしは、ピアノ一本の「焦らずに進めばいい」が聞こえて来たとき、
突然、心臓がドキドキして止まらなくなってしまった。

「himself」の冒頭の曲だったから、
歌詞も全部知っているし、
映像キューとかいっぱい出していたから、
曲の構成もコード進行も、すべて記憶に残っている。
それなのに、
初めて聞く曲のように、胸を打たれた。

運命はリボンさ 出会うべきものと結ばれている たとえば キミとボクのように

焦らずに進めばいい
夢も恋もみんな 逃げたりしないから

と、彼は歌う。

まだ20代前半だった彼が、
この歌詞を、
このメロでこのリズムでこのアレンジで歌ったことに、感動。
最近もてはやされる、応援ソングみたいな単純な優しさではなく、
体の中の、生きているからこそのリズムが、
焦るな焦るなと、時を刻んでいく。
一歩一歩を味わいながら、
日だまりの中を進んでいく感じ。
他者に語りかけると同時に、
自分にも語りかけながら。
オケでしか聞いたことのなかった曲が、
彼のピアノ、彼の内臓リズムで、
生まれ変わっていた。

この曲との改めての出会いに、
心が洗われる。
運命のリボンが、五線にのって、わたしに優しく絡みついてくる。
わたしから、運命のリボンがするすると伸びていく。
どこを目指しているやら。
その行く先に、微笑んでみる。
そう。焦らずに進めばいい。

***

自分の体ではちきれそうになっている、
無数の、喜・怒・哀・楽を、
ほとばしらせるように歌うことも。
体が浮き上がりそうに見えて、怖いくらい。
歌声は時に、炎を呼ぶ導火線であったり。
強靱にピンと張った琴線であったり。
頬を撫でる風であったり。

わたしは恥ずかしいので、客席でじっとおとなしく聞いているのだけれど、
ブーツの中で、ずっと足指がリズムを刻んで踊っていた。

演劇やコンサートのよさって、
記録メディアではほぼ伝わらないもので、
その時にいた観客と表現者が作る場所と時間の一回性に美しさがあると思うのだけれど、逆に、いいものを観たり聴いたりしてる時って、わたしは、よくこう思うのだ。
「世界中の人が、今、これを観ればいいのに! 聞けばいいのに!」って。

***

歌の喜びに気をよくして、
今日は、花粉舞い飛ぶ秩父へ。
一緒にいる間、とにかく、体を動かす。
そして、歌う。
ハーモニーの喜びを、分け合う。
わたしもまた、歌の喜びを、伝えていく。
それが、わたしの大事な仕事のひとつ。